次の旅は
賢人会議が閉会した。各々解散して自らの居場所へと帰っていく。真っ先に姿を消したのはジュリウスで、心底不服であることを隠そうとしなかった。
最後まで残ったのはシズナとアルベールの二人だった。アルベールはシズナの頭をぽんぽんと軽く撫でると、ニッと笑ってみせた。
「いやー上手くいった。ジュリウスのクソ野郎をまんまと出し抜いてやったぜ」
上機嫌なアルベールに対して、シズナはすっかり沈んでしまっていた。その理由を察しているからこそ、アルベールは敢えてわざとらしいくらいに上機嫌に振る舞っていた。
『師匠。こうなった経緯を教えてください』
「勿論教えてやるよ。伝言もあることだしな」
そしてアルベールは、賢人会議を開催するまでの経緯についてシズナに語り始めた。
そもそもアルベールはずっと、今回の賢人会議を開催するために水面下で動いていた。議題も目的も、当初のものから変わっていない。変化したのは開催時期である。
当初はシズナが魔法の力を取り戻し、テオの修行が一段落ついたと判断出来たところで、アルベールはこの賢人会議を開催しようとしていた。予定が前倒しになった理由は、クリアリクにシズナの様子を見に行く準備をしていた時、コルヴォ強襲の報せが届いたからだった。
通常、転移魔法でカント・レギウム領内にあるクリアリクへは直接移動することは出来ないため、アルベールはとある協力者に接触しようとしていた。ブライトの孫のピカリアである。彼女は入国の手引きをすることになっていた。
それどころではなくなったのは、ピカリアがコルヴォの動きを掴んだことにある。コルヴォが鴉の立場を利用して調査を行っていることは、他の幹部たちにもそれとなく伝わっていた。しかしリーダーのレイヴァンが黙認することを決めたので、誰もそれを止めることは出来なかった。
そこでピカリアはコルヴォの監視に努めた。通常の業務を行いながらのものであったため詳しい動きの内容までは判明しなかったが、お陰でコルヴォが行動を起こそうとしている前兆を掴むことが出来た。
同僚であるコルヴォの性格をよく知るピカリアは、動くとなったら迅速に、かつ残忍な手段も厭わないということを分かっていた。ピカリアは祖父ブライトを助けるために、この情報を持ってアルベールに助力を求めた。
「驚いたもんだぜ。可愛らしいお嬢さんがデカくて厳つい魔導バイクを駆って爆走してきたと思ったら、俺様の胸ぐらを掴んですぐに動かないと手遅れになるって声を張り上げたんだ。中々パワフルな奴で気に入ったぜ」
ピカリアから大まかな事情を聞いたアルベールは、予定していた賢人会議をシズナの救出に使うことに決めた。
「俺様はまず、元々相談を持ちかけていたフゥリアを尋ねた。これで賛同者は一人、次にフゥリアの伝手を使ってローレンスに話を持っていった。これで二人目。そして俺様とシズナを入れれば、会議開催の条件を達成出来る。どんな状況であれ、無理矢理にでもな」
『ではやはり師匠はあの襲撃に、父が関与していると疑っていたんですね』
「個人的な復讐心に駆られたクソガキに、あいつが主導権を渡すと思うか?思うにジュリウスは、規則とか常識とか、世の中のしがらみを無視して強硬手段に出てくれるあの捨て駒が丁度よかったんだろ。立場上、あいつはそんな派手な動きは出来ないからな」
コルヴォに期待されていたのは、シズナに接触するまでの血路を開くところまでで、その後ジュリウスは、すべての責任を彼に押し付けた上で消してしまうつもりであった。
そして目論見通り、コルヴォは残忍な手段でシズナを焚き付けて引きずり出すことに成功し、ジュリウスは確保にあと一歩というところまで迫った。そこに駆けつけたのがアルベールであった。
「あれだけぐっちゃぐちゃの状況になってれば、俺様が直接転移魔法を使うのは仕方ないってなる」
『なりません』
「…まあ問題はあるが、賢人会議の開催のためには仕方ないだろ?お前を救うって目的もあったんだから」
『…それはそうですけど』
「危ない橋を渡ったことは謝る。だけど他にいい方法がなかったのも分かってくれよ。お前がジュリウスとやり合ったとして、刺し違えられたかどうかも俺様には疑問だ。見ろ」
そう言ってアルベールは自らの義足をシズナに見せた。ジュリウスを空間の裂け目へ押し込んだ際、回し蹴りを当てた足が熱でドロドロに融解していた。壊れずに形を保っているのが奇跡であった。
「おかげでバランスが取りにくくて仕方ないよ。会議中は痩せ我慢出来てよかった。格好がつかないからな」
『師匠、その義足って確か…』
「おう。俺様が直々に開発に携わった一等特別なモンだ。使ってる素材から組み込んだ術式まで俺様のすべてを注ぎ込んだ。そいつを触れただけでここまで壊したんだ。炎神の魔法使い、あいつの魔法に一体どんなからくりがあるんだか」
大勢の人々を巻き込んだ今回の騒動、渦中にいたのはシズナである。自分がそこに居るだけで様々な不幸を呼び寄せたことに、彼女は責任を重く感じていた。
「落ち込むな。って言っても無理だろうな。だけどお前ばかりが責任を感じる必要はない。危険を承知でお前を受け入れて、協力すると決めたのはロゴス羅針宮だ。それを持ちかけたハワード爺さんにだって責任がある。で、前もって言ったように、協力者の一人からお前に伝言がある」
『誰からの?』
「ピカリアって嬢ちゃんだよ。お前がどう思おうとも、あーしのおじいちゃんは賢くて逞しいから余計な心配はするなってさ。実際俺様もそう思うぜ、あの人は道なき道を切り開いてきた偉大な人だ。ロゴス羅針宮だってヤワじゃねえ。今回のことでジュリウスの介入は避けられないが、まあ何とかするだろ」
シズナはそれ以上何かを言うことは出来なかった。最初から危険であったことは明白で、それを覚悟の上で協力してくれたのは、一緒に居たシズナの方がよく理解していた。
自分がいつまでもうじうじとしていては、その覚悟に泥を塗ることになる。ピカリアの励ましの伝言を聞き、シズナは少しだけ心が軽くなった。
「ああ、そういやもう一つあった」
『もう一つ?』
「魔導バイク、気に入ったんだろ?いつかまた後ろに乗せてやるってさ」
それはピカリアの強がりであった。気にしてないから気にするなという痩せ我慢であった。きっと思うところがあるだろうにと、シズナは彼女の心意気に感謝した。
「お師さんっ!!」
魔守りの里でシズナを待っていたのはテオたちだった。そして人目をはばからず、テオはシズナに駆け寄って抱きしめた。大体の事情は、里に戻る途中でハワードから聞かされていた。
「良かったです。無事に帰ってきてくれて」
抱きしめられているので感謝を伝えることが出来ないシズナは、代わりにテオの体を抱き寄せた。その行動は、シズナをとても安心させるものだった。
「おいテオ。俺様には何かねえのか?」
「大師匠様もご無事でなによりです」
「うむ。で、俺様の胸も空いてるけど?ん?」
「ご無事でなによりです」
「何かお前心無しか冷たくない?気のせい?俺様の気のせい?」
文句を言われても、テオはシズナの体を離さなかった。しかしシズナの方から、そろそろと言わんばかりにぐいっとテオを押しのけた。
『テオくん、心配かけてごめんね。でも私は大丈夫だから。魔法もまた使えるようになったよ』
「本当ですか!流石ですお師さん!」
『ありがとう。でもね、これは沢山の人たちの協力があったからだよ。私一人ではどうにもならなかった。それどころか、こうしてまたテオくんに会えたかどうかも怪しいんだ。いや、きっと…』
「お師さん…」
一度は押しのけられたテオだったが、シズナの手を握った。彼女は戸惑い、身じろいでそれを拒もうとしても、テオはもう一度彼女の体を抱き寄せた。
シズナの目から、気付かない内に大粒の涙が溢れて落ちていた。死んでいたかもしれない。その恐怖がようやく心に追いついてきた。テオともう会えなかったかもしれないことを、無事に再会することが出来て、より強く意識してしまったのだ。
「大丈夫。ここに居ますよ。俺もお師さんもここに居ます」
その言葉にシズナは何度も頷いた。テオは彼女を、子どもをあやすようになだめて落ち着けた。その様子を、アルベールは遠い目で見つめていた。
「おい。ああいう役目は本来、あんたがやるもんじゃねえのか?」
メグにそう聞かれたアルベールは、寂しげな表情で答えた。
「逆だよ。俺様じゃああは出来ねえんだ。シズナを魔女にしてやれても、ああやって等身大のままに寄り添って支えてはやれねえ。その点、テオはいい。あいつはシズナと一緒に喜んで悲しんでくれる。隣に立とうとする。メグ、シズナの友達としちゃ複雑か?」
「…いや。あたしもアルベールの言ってること、分かる気がする。全部じゃねえけどな。シズナにはさ、ああいう一緒に夢を見てくれる奴がずっと必要だったんだよ。あたしには、あたしの居るべき場所とやるべきことがある。シズナの友達として、あの子にテオが居てくれて良かったと思うよ」
「まだまだ不安は多いけどな。次の旅の目的も決まっちまった。二人共、ここでいつまでもぬくぬくしていられなくなった」
「あ?それって…」
会話を切り上げると、アルベールは二人に近づいた。そしてシズナには再確認を、テオには旅の再開を告げた。
「シズナ、さっきも話したが、お前はこれから八賢者を代表して、他の八賢者の元へ順に向かい査察を行ってもらう。査察と言うと仰々しいがやることは一緒だ、お前は自分の足でその場に赴き、その目で見て判断して、困っている人を助けてやればいい。今まで勝手にやっていたことに大義名分を持たせて、大手を振ってやりたいことをやれる環境は整えてやった。これをどう生かすか俺様に見せてみろ」
シズナに課された新たな使命は《《八賢者巡り》》の旅。その旅が一筋縄ではいかないことは、旅立つ前から明らかなことであった。




