襲来
話はシズナが魔法を取り戻したところまで遡る。最新鋭の研究施設ロゴス羅針宮とそこの名誉学者ブライトの力を借りて、力を失う前よりも強力な魔法を手に入れたシズナ。しかしそのことは、とある人物を動かす格好の呼び水となってしまう。
無論、その事実を想定していなかった訳ではない。シズナもブライトも、すぐに動きがあることは分かっていた。しかしそれが予想以上に早かった。
「おじいちゃんヤバい!コルヴォの陰険ヤローがぞろぞろと手下を引き連れてそっちに行った!」
ピカリアからブライトにこの情報がもたらされてからすぐに、ロゴス羅針宮に要人追跡部隊が足を踏み入れた。隊を率いるコルヴォは、ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら告げる。
「ここに居ますよねえ?言無しの魔女様が。カント・レギウム国王オーディス12世ジュリウス様の王命です。言無しの魔女の身柄を引き渡してもらいます」
何の前触れもない突然の出来事に、対応した職員は言葉を失ってしまった。しかしこの場で沈黙を貫くことは、コルヴォには格好の口実になってしまう。
「ふうむだんまりですか、それは困りましたね。私共も何の情報もなくこうした強硬策に出た訳ではありません。すぐに否定成されないのであれば、これは疑いを更に強めざるをえませんね。では現場判断で強制調査を実行しま―」
「どうしましたか?ずいぶんと物々しいですね」
そう言って現れた人物を見ると、コルヴォは一層不気味な表情に力を込めた。
「おやおやおや、魔法学の権威であらせられるブライト様にお会い出来るとは、光栄の至りでございます」
「お世辞が上手だね。それで君は?」
「これは申し遅れました。私はジュリウス国王陛下が直々に組織なされた要人追跡部隊の隊長を任されましたコルヴォと申します。ああしかし、ブライト様にはこちらの名前の方が聞き馴染みがおありでしょう。鴉では、同じ幹部のピカリア様のお世話になっております」
表情こそ崩さなかったものの、ブライトの心中は穏やかではなかった。コルヴォがピカリアの名を口にしたのは、内通の事実を知っていると印象付けるためであった。
魔導監察庁はどこの国にも属さない独立した組織であり、鴉はシズナ追跡の件から完全に手を引いていたため、コルヴォに情報共有する必要性はない。ピカリアがどんな事実を知っていたにせよ、それを提供する義務はなかった。
しかしコルヴォは王命を代行する立場にある。その強権を振るって、後々難癖をつけて処罰の対象にすることも不可能ではない。ブライトは現状、どこまでジュリウスがコルヴォに権限を委任しているか分からない。下手を打てば孫娘の身も危険に晒すことになってしまう。
「そうですか、こちらこそ孫娘がお世話になっております。しかし魔導監察庁の仕事ならまだしも、あなたは今回、陛下直属の組織の立場でロゴス羅針宮に立ち入っているとおっしゃいましたね。陛下はそれについて何とおっしゃられているのですか?」
王命の代行者ということは、コルヴォの発言はそのまま王の言葉にも等しいものにもなりかねない。ブライトは敢えてコルヴォにジュリウスの考えを敢えて問いただすことで、彼の下卑た勘繰りは王の品位を貶めると釘を刺した。
だがその程度の引っ掛けにかかるほど、コルヴォは愚かではなかった。こちらもまた表情を変えず、話題を元に戻した。
「陛下は言無しの魔女をお探しになっております。そして彼女には、これに応じて出頭する義務がある。その理由をここで語ってお聞かせしましょうか?」
「…いえ、それには及びません。しかしどうしてあなたは言無しの魔女がここに居るとお思いになっているのですかな」
「あの魔女のマナの反応があった。それが理由です。分かるんですよ、私にはね」
コルヴォは癒えることのない顔の傷跡にトントンと指を当てた。そして笑みはより一層、不気味で化物じみたものに変わっていた。
「私は陛下の命令で、言無しの魔女の居所をずっと探っていました。が、しかし。ある時を境に、彼女は一切マナの痕跡を残すことがなくなった。最初は追跡から逃れるための策かと想いましたが、そうだったとしても痕跡が綺麗さっぱりとなくなりすぎていた。私たち魔法使いは、マナの操作に慣れすぎている。意識の有無問わず、一切マナ操作を行わないなんてありえない。それは私よりも、魔法を研究しているブライト様の方がよくご存知のはずですよ」
その言葉に、ブライトは沈黙で肯定の意を示した。それを汲んでコルヴォは続ける。
「そこで私が考えた理由は大きく分けて二つ。一つは、逃亡の最中に言無しの魔女が死亡している場合です。そうなれば当然、痕跡を追うことなど不可能です。しかしこれはありえないとすぐに否定しました」
「根拠はあるのかね?」
「動かない死体を探す方がよほど楽だからですよ。幸いにも私は、追跡から逃れるために無茶をして死亡した魔法使いを多く知っています。職業柄ね」
魔導監察庁執行部の経験が、死亡説はないと否定した。コルヴォは特に、相手を徹底的に痛めつけて逃げる様を楽しむ癖がある。それが行き過ぎて事故を起こすことは珍しいことではなかった。最低な経験則だが、彼ほどその結論に説得力をもたせられるものもいなかった。
そのことを当たり前のように言ってのける様を見て、ブライトは背筋がぞっとした。コルヴォの底しれぬ悪意を抱えた本性が、恐怖を覚えさせ足をすくませた。
「そしてもう一つ、こちらが私の本命でした。言無しの魔女は、何らかの理由で魔法が一切使えなくなっていたとしたらという説です。魔法が使えなくなれば、マナの痕跡を残しようがない。この説なら、追手をまき続けたことにも信ぴょう性がある。我々は魔法使いを捜索する術には長けていますが、魔法使い以外はそこまで得意ではない。門外漢ですからね」
シズナが魔法の力を失ったことを、コルヴォは推測だけで見事に的中させていた。潜伏期間が長く、シズナが一切表に出てこなかったことも、この説の裏付けを助けてしまった。魔守りの里へ入ったことが、結果的にコルヴォに次の行動を起こすまでの、念入りな準備期間を与えることになった。
「私は言無しの魔女が魔法の力を失ったのなら、必ずそれを取り戻すために動くだろうと考えました。行動を起こすのが何年、いや、何十年先だったとしても、私はそれを待ち続けるつもりでした。念入りに網を張り巡らせ、言無しの魔女のマナの反応があるその時までね」
追跡から身を守るためにシズナは隠伏することに決めたが、コルヴォもまた同じように雌伏して時が過ぎることを待つと決めた。追跡部隊を離れて鴉に戻ったのも、その方が各地の様子を探るには都合がよかったからである。
そうして自分は古巣の鴉へ戻り情報収集に徹し、部下にはシズナのマナの反応を捉えるための準備をさせた。その中でも、魔法に関する研究を行う場所は徹底的に見張りを強化した。
「しかしよもやカント・レギウムのお膝元のクリアリク、しかも国の最重要研究機関ロゴス羅針宮に潜伏するとは、私でも想定外でしたよ。流石は八賢者、大胆な発想をなさる。しかし失った力を取り戻すとしたら、ここ以上に適した場所もないでしょう。危険を冒してでもカント・レギウム領内に入国することは予想していました。だからこうしていち早く動くことが出来た。納得してもらえましたか?では身柄を引き渡してもらいますよ」
コルヴォはすべての時間をシズナを捕らえるために費やしていた。その恐ろしき執念深さが、今回の迅速な行動につながった。シズナのマナを観測された以上、もはや隠し通せる道理はない。しかしブライトは、はっきりと宣言した。
「お断りします。そもそもここに言無しの魔女はいません。お引き取りください」
「そんな言い分が通るとでも?」
「通る通らないの話ではない。私が《《いない》》と言っているんだ。それでもまだあなたが主張を変えないのなら、私が直接、ロゴス羅針宮の責任者として陛下にご説明させていただく。謁見が叶うまでは、誰一人としてここの出入りを禁じます」
ブライトは約束通り、自らの持つ全権限をもってシズナを守ることに決めていた。コルヴォをどこまで足止めできるかは賭けではあったが、ジュリウスの名を出されては、即座に強硬手段を取る訳にはいかなくなった。稼いだ時間をどう使うか、コルヴォへの対処も含めて、ロゴス羅針宮に試練の時が訪れていた。




