自分の杖 その3
クウガイ宅に戻ると、テオはクウガイにロックスから手に入れた「セラドナの血琥珀」という素材について説明を受けた。
「魔物の中に、ドラゴンという種類の奴がいる。魔物ってのは元になったもんがマナによって変異するんだが、ドラゴンってのは特殊でな、元になるもんがいない」
「へ?じゃあどうやって生じるんですか?」
「知らん」
「ちょっ!」
「仕方ないだろう。俺は別に魔物の専門家じゃない。ただ聞いた話だと、マナが変異して魔物になるとドラゴンになるそうだ。その中でもセラドナって名前のドラゴンは体が樹木で出来ていて、死ぬとこの樹液、いや体液か、まあどちらでもいいがそれが結晶化して血琥珀になる。ちなみに寿命で死なねえと手に入らねえから、こいつはとんでもなく希少だ」
「そんなもの、あんなに簡単にもらってきてよかったんですか?」
「いい。俺にそれだけの借りがあいつにはあるからな」
一体どれだけの借りがあるのだと、テオは身震いした。ただ商人としては、そこまでの借りを作ってしまったことは手落ちだと感じた。その辺りは、自らも薪を売って稼ぎを得ていたので、テオはシビアな感覚を持っている。
それゆえにならば仕方ないかと、テオも簡単に考えを切り替えた。それよりも気になったことは、セラドナの血琥珀の方である。
「それで、どうしてセラドナの血琥珀を杖の芯材に選んだんですか?」
「俺は魔物についちゃあ門外漢だが、杖に使う木材なら別だ、こっちは俺の専門だ。それで今回杖作りに使うこの魔蓄樹のことだが、小僧、お前の故郷の村に特別な伝承とかはあるか?」
「ええっと…魔蓄樹は大切にされてきたようですが、そういったことは聞いたことがありませんね」
「じゃあ語り継がれもしない遥か昔のことかもしれんな。だが俺はこれを見て確信した。間違いなくお前の村がある場所は、ドラゴンの死骸の上だ。この魔蓄樹からは、血琥珀に似たマナを感じる。恐らくそれが村に魔蓄樹が生育している理由だろう。ドラン村という名前も、もしかしたらドラゴンから取られたものかもしれんな」
思いがけない場所で故郷の事実を知ったテオは、驚きもあったがどこか納得もしていた。それは師であるシズナの言葉を思い出していたからだった。
シズナはテオがドラン村から旅立つ時、魔蓄樹の本来の姿を見せた。そして父を含めた村の木こりたちが、その魔蓄樹を守り続けてきたと教えてもらった。
自覚はなくとも、人々は住んでいる土地の大切なものが何なのかをきっと分かっていたのだと、テオはそう思った。ドラン村は交通の便も悪く、土地も豊かとはいいがたかった。しかし、故郷に嫌気が差して離れようとした村人はいなかった。
クウガイの話の正誤は分からない。しかしテオは、それが事実だと考えると村のことがとても誇らしく思えた。自分は村と一緒に生きてきた宝を守る手伝いが出来たのだ。それが今、自分の杖の素材になってくれようとしている。不思議なめぐり合わせの縁を感じずにはいられない。
「こいつはいい木材だ。性質の特殊さを言ってるんじゃねえ、大切に受け継がれてきたってことが分かるからそう言ってるんだ。こいつを杖にするってんなら、芯材もドラゴン由来のものがいい。俺じゃねえ、こいつがそうしろって俺に語りかけてきてんだ」
「語りかける…」
「変だと思うか?」
「いえ、烏滸がましいかもしれませんが、分かる気がします。時には別の何かが、雄弁に語りかけてくれることを俺はよく知ってますから」
意思を伝える手段は言葉だけではない。テオはそのことを身をもって知っている。だからこそクウガイに共感が出来た。そして説得力があった。なのでクウガイは「そうか」と納得したように呟いて会話を終えた。
クウガイの杖作りは実に静かなものであった。特に何かを語る訳でもなく、テオはただ側で居るだけでよかった。しかしそのことを我慢出来るテオではなく、杖作りに没頭していて、日常生活に無頓着なクウガイの世話を焼いていた。
掃除に洗濯に炊事と、やることは元々得意なことであり苦労もなかったが、クウガイの態度もそれを助けた。というのもテオはこれまで、アルベールのわがままに散々我慢をしてきた。クウガイは言葉少なで、感謝も必要最低限だったが、あれをしろこれをしろと要求をしない。それがテオには十分過ぎるほどであった。
もし自分に祖父でもいれば、このような生活を送っていたのだろうかと、テオはそんなことを考えていた。とにかく無口で杖作りに関すること以外に口を開くことは殆どなかったが、その距離感にどこか懐かしさを感じていた。
「ああ、そうか。この状況が、あの時に似てるんだ」
そうテオが思い至ったのは杖作りが始まって三日目のことだった。思い出していたのは、幼い頃村に突然現れて、テオの命の危機を救った魔法使いのことである。村から近すぎず遠すぎずの場所に一時的な居を構えたその魔法使いの元に、テオは通い詰めて様々なことを教わった。
クウガイとは違い、その魔法使いはまだおしゃべりな方ではあった。だが淡々としてぶっきらぼうなようで、時折気を使って労りの言葉をかけてくるところがそっくりだった。狭く簡素な小屋という共通点も、そのことを思い出させるきっかけとなった。
テオが魔法使いを目指すきっかけとなった人で、その人もシズナと同じく旅をしていると話していた。同じく旅をしていればどこかで出会えはしないかと、奇跡のような偶然に少し期待をしていた。魔法使いがその後どうなったのかなどまったく知りもしないのに、呑気だなとテオは自嘲した。
「見つかったのかな、真に世界の役に立つ魔法」
一体それが何を指すものなのか、テオには検討もつかなかった。しかしそんなものがあるならば、自分も見てみたいと思った。そしてもしそんな魔法が見つかったなら、世界はもっと良くなるはずだと思った。
きっとその人は今もどこかで、誰かのことを救いながら旅を続けているはずだ。テオはそう信じて疑わなかった。
「出来たぞ」
それはテオがトギノネを訪れてから一週間後の朝のこと、朝食を食べ終えて片付けも済んだところで、クウガイが唐突に発した言葉だった。そして机の上に、ことりと一本の杖が置かれた。
長さのほどは30cmで、柄のデザインはシンプルで機能的なもの、全体的に赤銅色をした素朴ながらも美しい杖であった。
「持ってみろ」
テオはクウガイに言われるがまま、その杖を手に取った。しっかりと柄を握りしめた瞬間、全身にバチリと雷が走ったかのように感じた。ドクン、ドクン、と強く脈打つ自分の心臓の音だけが聞こえてきて、テオは自分がこの杖に圧倒されているのだと気が付かされた。
「ふむ。想像以上のじゃじゃ馬のようだが、お前を所有者と認めたな。気分はどうだ?」
「わ、分かりません…良いのか悪いのか…でも、不思議な感覚です」
「どんな感じだ?言葉にしてみろ」
「杖を握っていると、まるで誰かもう一人の人間と手を繋いでいるようです。俺はこの人のことを知っているような、知らないような、他人でも身内でもないようなそんな感覚です。ロックスさんが杖に命が宿ると言っていた意味が分かった気がします。すみません、俺、変なことを言っていますよね」
「いや、それでいい。杖は所有者を映す鏡でもあり、独立した一つの世界そのものでもある。今まさに、杖の意思と命を感じ取っていたんだ。そうして情報をやり取りしている内に、この杖はテオの杖として完成する。俺がしてやれるのはここまでだ」
クウガイはそう言った後、テオがにやにやと嬉しそうに笑っていることに気がついた。最初は自分の杖を手に入れたことに対する喜びかと思ったが、視線は杖ではなくクウガイに向けられていた。
「な、何だよ?」
「初めて俺のこと小僧じゃなくて、名前で呼んでくれましたね」
まったくの予想外の言葉に驚くと同時に、そんなことに喜ぶテオにクウガイは困ったように眉尻を下げた。しかし雰囲気は柔和なもので、満更でもないという思いが伝わるようだった。
「何に喜んどるんだが、阿呆め。…しかしまあそうだな、中々悪くない仕事が出来た。感謝するぞ、テオ。身の回りの世話を焼かすつもりはなかったんだがな」
「すみません。勝手にやっちゃいました」
「まったく、この責任は重いぞ。もうテオの飯が食えなくなるかと思うと、俺は気が重くて仕方ない。こっちも色々と世話になったな」
「そんな滅相もありません。杖を作っていただき、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるテオに、クウガイは「おう」と短く答えた。それは不器用な照れ隠しであった。
そんな時、クウガイ宅の戸がドンドンドンと乱暴に叩かれた。そして返事を待たず、戸が開かれる。外に居たのは、明らかに慌てた様子のハワードだった。
「おお!クウガイ居たか!それにテオも」
「騒がしいなハワード、何をそんなに慌てている」
「すまんが杖作りは中断じゃ!テオ、一刻も早く里に戻るぞ!」
並々ならぬ様子のハワードに、テオは嫌な予感を覚えた。思わず足が竦むが、その背中をクウガイが叩いて押した。
「杖はもう出来た。もう俺はテオに用はない。連れていくならさっさと連れてけ」
「そうか!仕事が早いなクウガイ」
「当然だ。早く行けテオ」
小屋から追い出されたテオは、戸を閉められる前にクウガイに向き直った。手にはしっかりと、テオの自分だけの杖が握られていた。
「本当にありがとうございました!好きだからって、あまり塩辛いものばかり食べていては駄目ですよ!」
「うるせえ、俺が何食おうと関係あるか。だがまあ、覚えておいてはやる」
去り際に、決して笑うことがなかったクウガイが、ふっと口元を緩めた。テオはそれを見て満足し、ハワードに連れられてトギノネを後にした。




