自分の杖 その2
クウガイはテオの杖作りに取り掛かった。杖に使う木材は故郷の魔蓄樹を用いることになったが、杖作りに欠かせない重要な素材がまだ揃っていなかった。そこでクウガイはテオを伴って、トギノネの市場へと足を運んでいた。
雑然と店が立ち並ぶ中を、クウガイは人混みを縫うようにスイスイと進んでいく。テオはその後を追うのがやっとのことで、どこに行き何を探しているのか質問する暇がなかった。やがてクウガイの足が止まった。そこは一見すると、何を売っているのか分からない店であった。
曲がりくねって絡まった針金のようなものから、腐ってぐずぐずになった木の根、明らかに毒々しい色のキノコなど、一体何に役立つのか分からないものもあれば。美しい輝くを放つ水晶や、濃く鮮やかな色の瑠璃、見事な大きさの翠玉など、同じように並べるには高価過ぎるものまで置いてある。
玉石混交を絵に書いたようなその見せの品揃えは、テオを混乱させるばかりであった。更に混乱を加速させたのは、提示されている値段であった。
宝石よりも、一見がらくたに見えるものの方が遥かに高値がついている。これはとても、地域性による価値観の違いでは説明出来ないほど奇妙なことだった。どういうことかと考え込んで固まるテオを置いて、クウガイは店の主人に話しかけた。
「おうロックス。やってるか」
「見りゃ分かんだろ、やってるよ。クウガイの旦那の顔を見るのはずいぶんと久しぶりだ。てっきりくたばったかと思ってたぜ」
「悪いがくたばる前に、俺が肩代わりしたテメエの借金、耳揃えて返してもらうって決めてんだ。逃げ切れると思うなよ」
「未来ある商人に投資したと言ってくれ。借金の肩代わりじゃ外聞が悪い」
「ぬかすな阿呆が。うちの近所の犬の方がよほど恩義に忠実だぞ」
「だが残念。犬よりオイラの方がよほど役に立つぜ。旦那が来たってことは、オイラの力が必要だってことさ。で、そこで固まってる坊っちゃんはどこのどいつだい?」
ロックスが指さす先にいるテオは、まだ店先で商品とにらめっこを続けていた。クウガイは一瞥しただけで視線を戻す。
「俺の客だ。失礼のないようにな」
「旦那、まーた杖作り引退詐欺をやってのかい?懲りないねえ」
「それは俺が仕事をしねえのを馬鹿にしてる奴らが、勝手にホラ吹いてるだけだろうが。俺は昔からやると決めた仕事以外やらねえだけだ」
「そいつはいいご身分なことで。まあオイラは、旦那が杖作りを辞めるなんてこと、天地がひっくり返ってもありえねえと知ってるがね」
「よく分かってるじゃねえか。じゃあ仕事の話だ。おい小僧!」
クウガイはテオの目の前でパンパンと手を叩き、大きな音を響かせた。そうしてやっと我に返ったテオの肩を掴むと、ぐいっと強引に引き寄せた。
「こいつはロックス、商人だ。取り扱ってるものは杖の芯材となる素材。馬鹿な奴だが目利きはいい。俺が目当ての物を探してる間に、芯材について聞いておけ」
テオがこくこくと頷くと、クウガイはパッと手を離した。
「いやあお客さんも災難だねえ、この頑固オヤジは何をするにしてもいきなりで、詳しい説明とかしないでしょ?」
「そんなことは…。あ、テオと言います」
「オイラはロックス。よろしくなテオさん」
ロックスの言葉をそうですねと肯定する訳にもいかず、テオは自己紹介で話題を無理やり切り替えた。ロックスの方もその意図を汲んで、敢えてテオに乗った。
「さてと、普段はこんなことしないんだが、旦那の頼みとあっちゃ断ることも出来ない。芯材とは何か、テオさんに教えようじゃないか」
「よろしくお願いします」
しっかりと頭を下げて頼み込むテオの姿を見て、ロックスはぴゅうと口笛を吹いた。
「おーおー、真っ直ぐで気持ちのいい人だ。なるほど、旦那が気に入る訳だね、まるでオイラみたい」
クウガイはロックスの物言いに、馬鹿なことを言うな、無駄口を叩くなと言わんばかりに、鬼のような形相で彼を睨みつけた。
「うわっ、くわばらくわばら。まさに地震雷火事クウガイの旦那だね。いやちょっと語呂が悪いか。まあそれは置いておいて、本題に入ろうか」
ロックスの口はとにかくよく回った。商人にはそういった傾向の人が多いと、多少交流があったテオも知っていたが、彼はそれ以上のものだった。
「テオさん、そっちとこっちに並べられたもの、明らかに値段が逆だと思ったんじゃないか?」
そう言ってロックスが交互に指さしたのは、まさにテオが思い悩んでいたがらくたと宝石であった。こくこくと頷くテオに、ロックスがへへっと笑みを浮かべる。
「正直な人だな~、でもその通りだ。杖職人以外なら、それが当たり前の反応だ。これは宝石としてはどれも一級品だが、杖の芯材としては三流品もいいとこだ。ぶっちゃけ棚の賑やかしに置いてあるだけなんだよ」
「その芯材って何なんですか?」
「簡単に言えば文字通り、杖の芯として使う素材だ。側になる木材も重要だが、こっちはもっと重要だ。芯材ってのは魔法の触媒になると同時に、杖に命を宿らせるんだ」
「命?」
どういうことかと首を傾げるテオを見て、ロックスはまたにやりと笑って話を続けた。
「最初はオイラもテオさんと同じ反応だったよ、比喩にしちゃ詩的過ぎるってな。でも不思議なことにこれは比喩じゃなくてな、本当のことなんだ。恐らくそれは完成品を触ると分かるから、後のお楽しみとしておこう。で、こっちのがらくたみたいなものの方、この素材の元は何だったと思う?」
「ううん…これだけでは何とも…」
「ありゃ、あんま実物を見たことがないのかな?そっか、なら分かりやすいのはどれかな?」
そう言うとロックスは、次々に商品を取り出してはテオの目の前に置いていった。そしてその中に、ようやく見覚えのあるものを見つけて声を上げた。
「あっ!これ、もしかしてワーグの毛ですか?」
「おっ、そうそう。何々?お知り合いなの?」
「いやそんな気安い関係じゃないですよ。ワーグは故郷の村によく出る魔物だったんです。でもおかげで分かりました。これらは魔物から採集した素材ってことですね」
「そゆことだね。魔物はマナの影響を強く受けて変異した存在だ、当然マナとの親和性は高い。魔物としては厄介だけど、マナを魔法に変換する触媒としては、これ以上ない物なんだよ。昔の魔法使いたちは、自らの命を脅かす魔物をも力に変えたってこと」
魔物の素材を使って杖を作る。それを知ったテオは感銘を受けるのと同じくらい、恐怖も覚えた。何を利用しても目的を達する意志の強さと、命であっても容赦なく活用する人の業を感じたからだ。
何やら複雑な考えをしているなと、テオの表情から察したロックスは、押し付けがましくなくさらりと言葉にした。
「オイラはそれ、すごいことだと思うぜ。だってよ、これって昔の人たちが今を生きるオイラたちに残してくれた知恵ってことだろ?その時のことだけ考えてたなら、杖職人の技術はとっくに廃れてたはずだ。でも必要だと思った。だから敢えて残してくれたんじゃないかってオイラは思うんだ。そりゃ物事っていいことばかりじゃないだろうけどさ、人の歴史ってのはそういうもんだと思うぜオイラは」
一側面だけを見れば、テオが覚えた恐怖は確かに間違いではなかった。しかしロックスの語る通り、技術を継承してきた意義を考えた時、そこにある人の想いを無視することが出来ないのも事実であった。
魔を以て魔を制する。魔物はどう言い繕うとも、もはや命の営みから外れた歪な存在である。それは歴史が証明してきた。理性を失った魔物と他の生命が共存する道はない。
だがむざむざと魔物にやられる訳にはいかなかった。生きて未来を繋がなければならなかった。その積み重ねが歴史を作るのである。テオはロックスの言葉を聞いて、そのことを忘れてはいけないと思った。
「ロックス、お前にしては中々いいことを言うじゃないか。普段からそれくらい思慮深ければ、俺も言うことはないんだがな」
「冗談言うない旦那。オイラは常に真面目で思慮深いぜ?」
「そうかい。じゃ、これをもらっていくぜ」
そう言ったクウガイが手にしていたのは、血液がそのまま固まったかのようにも見える赤い琥珀だった。それを見て、ロックスは慌てて身を乗り出す。
「あーッ!!そいつはセラドナの血琥珀じゃねえか!!手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってんだジジイ!!もらってくじゃねえよ!!」
「お前の抱えた借金に比べたら安いもんだ。それに俺に対して異議が言える立場だとでも?」
「うぐぐっ…ちきしょー!持ってけドロボー!」
「泥棒ではないが持っていかせてもらう。行くぞ小僧、目的のものは手に入れた」
悔し涙を流すロックスを放置して、クウガイはさっさと歩き出してしまった。テオはそれを見失わないようにしながらも、ロックスに一礼をしてから後を追うのであった。




