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言無しの魔女  作者: ま行


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自分の杖 その1

 オルランの許可が下りて、テオは魔蓄樹を手に入れることが出来た。魔蓄樹のマナを貯蔵するという性質は、魔法の触媒としてこれ以上ない適性を持っていた。杖の材料に使うには、申し分ない一級品の素材である。


 しかし、木材だけあっても杖の作成には不十分である。手に入れた材料を持って、メグとテオは一度魔守りの里へ戻った。テオはその足で、ハワードの元に向かった。


「なるほど、これが魔蓄樹か。話に聞いていただけじゃが、確かに豊富なマナを蓄えておる。今まで見たことのない性質じゃな」


 豊富な知識を持つハワードの目にも、魔蓄樹は非常に珍しい性質を備えて見えた。そしてこれ以上ない杖の素材であることも、瞬時に理解出来た。


 だがしかし、少々問題があることも分かってしまった。


「魔守りの里にも杖職人がいるが、恐らくこれを杖に加工するのは難しいじゃろう」

「えっ?で、では、この素材は使えないのですか?」

「待て待て、そう結論を急くでない。気が逸るのは分かるが、焦ってどうにかなるものでもないわ。それに儂は、魔守りの里の職人では無理だと言っただけじゃ」


 杖作りはテオにとって一大行事であった。だからどうしても気が急いてしまう。そのことを理解していたハワードは、それをたしなめて別の提案を持ちかけた。


「儂の古い友人に、クウガイというものがおる。頑固で気難しい奴じゃが、こと杖づくりに関して奴の右に出るものはおらぬ。魔蓄樹の性能を完璧に引き出せるとしたら、奴しかいないじゃろう。だから儂から奴に杖作りを頼んでみることにする。テオも一緒に来なさい」


 そうしてハワードとテオが転移魔法を使って訪れたのは、トギノネという名の街であった。その場所は多くの杖職人が住むところで、魔法使いならば誰にでも門戸が開かれている場所であった。


 杖も魔法にとって基本的には不可欠な要素である。ゆえにそれを作成出来る技術をもった職人を多く有するトギノネは、内環諸国の魔法使いたちが集まる場所となっている。ここでは一切の争いが禁じられていて、トギノネの職人に従えない魔法使いは、重い処罰を受けることに決まっていた。


 トギノネはいわば、魔法使いの生命線とも言える場所だった。だからどんな大国であっても、ここでは勝手な真似は許されない。魔守りの里とは別の意味で、争いからもっとも縁遠い土地である。


「ここでは誰もが杖を手に入れることが出来る。魔法使いであるなら誰でも、じゃ。主のように、魔法学校に所属していなくとも関係はない。ここはそういう場所なのじゃ」


 トギノネは沢山の人で溢れていた。しかし、活気があるとはとてもいいがたい場所だった。街中が常に薄い霧に包まれていて、人々の声はすれど姿はよく見えなかった。不思議な空間だと、テオは魔守りの里を初めて訪れた時よりもそう感じていた。


「ハワード様、この霧には何か意味があるんですか?」

「霧については謎が多い。どういう訳か、ここトギノネは常に薄い霧がかかっておる。木材にとって、湿気は天敵とも言えるほど相性が悪いのじゃが。この霧はどうもそういった類のものではないらしい。そして杖職人は、どうしてかこの霧を好むのじゃ」


 薄い霧なので人や建物、道が見えないことはなかった。それでもやはり、陽の光が十分に届かないというのは、どこか陰鬱だとテオには感じられた。霧でハワードのことを見失わないよう後ろをついて歩いて行くと、街の外れの年季が入ったボロ小屋にたどり着いた。


「おいクウガイ!儂じゃ、ハワードじゃ!生きておるか?」


 どんどんと戸を叩いてハワードは声をかけた。生きているかどうかを確認しなければいけないほどなのかと、テオはそこはかとなく心配になった。返事がまったくないのも、それを増長した。


 やがて引き戸が開かれると、中からいかにも頑固そうに見える老年の男性が現れた。白髪交じりの黒髪の角刈りに太い眉、落ち窪んで影がかかっているが、目には鋭い刃の閃きのような光があった。クウガイは無精ひげを撫でつけながら口を開いた。


「騒々しいぞハワード。俺がお前より先にくたばるものかよ」

「それだけ不健康な見た目をしておいてよく言うわ。主が死んで灰になったら、儂がその辺に撒いて捨ててやるわい」

「ふんっ、ぬかせ。…で、そこの小僧は何だ?」


 ようやく視線を向けられて、テオはぴしっと姿勢を正した。ハワードはそんなテオの背を優しくぽんぽんと叩いて、緊張を和らげた。


「この子はテオ。将来有望な魔法使い見習いじゃ。クウガイ、一つテオのために杖を作ってくれんか?」

「よ、よろしくお願いします!」


 頭を下げたテオに対して、クウガイは何も答えなかった。テオの全身をじっと眺めてから、一言「入れ」と告げた。


「ハワード、お前は帰れ。杖作りの邪魔になる」

「言われんでも分かっておるわ。テオ、杖が出来た頃に迎えをよこす。それまでこのジジイと一緒だが、我慢してくれ」

「え、いや、そのっ」

「ではの」


 気まずさを残してハワードは去ってしまった。途端に心細さに襲われたが、テオは覚悟を決めて小屋へ入った。




 外観と比べて、小屋の中はそこそこ小綺麗に整理されていた。古さは目立つが、意外にも居心地の良さを覚えるほどだった。


「小僧、それを渡せ」


 クウガイは言うやいなやテオから魔蓄樹の木材をひったくった。元から返事など待つ気がない行動だった。


「ふん、魔蓄樹か。ハワードが俺の所に連れてきた理由だな。しかし小僧、お前元は木こりだろう。何を考えて魔法使いの道を選んだ?」

「え?どうしてそのことを?もしかしてハワード様から何か聞いていたんですか?」

「舐めるなよ小僧。お前がどんな人間かなんて、見れば大体のことが分かる。杖作りに携わる人間は、人を見る目が一番重要だ。見て、そいつがどういう人間か大体把握せんといかん。ただし、視覚から得られる情報はそう多くない。だから俺はお前を知る必要がある。お前、どうして魔法使いになるんだ」


 それはつい最近メグにも聞かれたことだが、テオにとっても幾度となく繰り返してきた自問であった。最初は正義を求めた。師であるシズナは、確かに正義の人である。しかし決して自由ではなかった。自らに課した使命に縛られているようにも見えた。


 そしてそれを成すことが簡単ではないことを知った。力が必要であると知った。しかし過剰なまでに強大な力を持つことが果たして正義であるのか、それはまだよく分からなかった。


「おい」

「ひぇっ!?」


 テオの目の前に、クウガイの顔が間近に迫っていた。思わず驚きの声を上げて、小さく飛び跳ねる。


「お前の顔についとるもんは飾りか?」

「へ?」

「百面相をして考え込んでいてどうする。言葉にせんか、言葉に。それとも出来んのか?」

「…いえ、出来ます」

「だろうな。お前さんの親や師と違って、お前は言葉に出来るはずだ」


 どうしてと口から出る前に、そんなことまで分かるのかと息を呑んだ。どうやらこの人の前では隠し事は出来なさそうだと、テオは少しずつ、先程考えていたことを口にしてみた。


「正しさか。こう言っちゃなんだが、魔法使いを目指す理由としては、一番ありきたりだ。いやそれが悪いと言っているんじゃねえ。端から間違ったことをしたい野郎なんざそう居ねえ。居るには居るが、そういうのはろくな死に方はしねえな」

「はあ」

「悪い、話が逸れたな。ともあれ正しくあろうとすることは、とても難しいことだ。何故か分かるか?」

「…貫き通す覚悟が必須、とか?」

「それも間違っちゃいねえが、一番難しいのが自分に勝つことだ」

「自分に?」


 どういうことかと首を傾げるテオに、クウガイは頷きながら言った。


「そうだ自分だ。テメエ自身ほど、移ろいやすく優柔不断なモンはねえ。ただ変化はいいことだ。変化なくして進化はありえん。だが初志を忘れて、テメエの心にあったモンをいつの間にか落っことして、そのことに気が付かねえなんてのはざらにある。お前はそれを、どう思う?」

「…分かりません。正直、想像もつかないです。その答えを出すには、俺の見識はあまりにも狭くて、自分の中の何かと比べることすら出来ない。だけどやっぱり、正しくありたいと願うことと、そうある人を支えたいと願うことが、間違っているとは思えません」

「そうか。では聞くが、そのために魔法は必要か?無数にある選択肢の中で、魔法を選んで正解だと思うか?」

「少なくとも、今の俺は間違いなくそう思っています」


 クウガイは「そうか」と短く言った。そして暫し考え込むと、口を開いた。


「お前の杖を作るのを引き受けよう。俺はクウガイ。杖作りに生涯を捧げた男だ。全身全霊をもって、この仕事に取り掛かると約束する」


 テオには自分の発言の何がクウガイの心を動かしたのか分からなかった。しかし、彼はテオを認めて杖を作ることを約束した。この時のテオは知らないことだが、クウガイは世界一の杖職人と呼ばれている人物であった。

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