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言無しの魔女  作者: ま行


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シズナの魔法 その3

 カント・レギウム領内、クリアリクにある最重要研究機関ロゴス羅針宮にて、シズナはハワードの知己でロゴス羅針宮名誉学者のブライトと共に、自らの魔法の研究に取り組んでいた。


 それは使えなくなってしまった魔法の力を取り戻すためのもので、原因の究明と解決に必要なことであった。現在は判明した事実を元に、ブライトと状況整理を行っていた。


「さてシズナさん。調べてみて分かったことだが、やはり君が魔法発動に用いていた手印の種類では、魔法発動の代替となる呪文をすべてカバーするには足りないことが判明した。君はこの事実は何を示していると考える?」

『ブライト様が推測なされた通り、私の魔法には手印以外にも、何かしら非言語の要素が含まれていたと考えられます』

「うん、私も同じ考えだ。そこで肝心なことは、この非言語の要素だ。君は今まで、この要素を意識したことがあるかな?」

『ありません。そもそも私の魔法はしっかりと理論体系化されたものを学んだ訳ではなく、私独自の感覚と解釈による部分が大きかった。思案とも言い換えられるでしょうか、少なくとも、既存の魔法とは性質がかけ離れていることは否めません』

「うーん、そこはどうだろうねえ。シズナさんが使える魔法は、あくまでも現在使用可能な魔法に限られている。他の八賢者のように、本人のみが使用可能な魔法を使える訳ではない。私としてはそれは少々違うと思うと、異を唱えたいね」


 ブライトの意見を聞いて、シズナは少し目を伏せて考え込んだ。そこでブライトは慌てて付け足す。


「ただ君は、君が魔法を使えるという事実がかけがえなく特別だからね。他の八賢者に劣るという訳ではないよ。むしろ研究者としては、君が魔法の新たな可能性を広げたことにこそ、真の価値があると考えている」


 励ましの言葉をかけられ、シズナも慌ててペンを走らせた。


『すみません。否定されて落ち込んだとかそういう訳ではなくてですね、ブライト様の意見がもっともだと思ったので、ちょっと考えていたんです。確かに私が使う魔法は既存の魔法だけで、それを私が考え出した手印で呪文を代替し、試行錯誤の上で再構成したものを行使しています。そういう意味では、私の魔法と世にある魔法。実は仕組み自体はそう変わりないものではないかと思いまして』

「なるほどそういうことだったか。ううむ、一理ある意見だが、そうなるとやはり、シズナさんの魔法で、非言語化されているものが何かを突き止めなければならないだろうね。私の本命の予測は君の意思や感情によるものだ、そうだな、思念とも言い換えられるかもしれない。それらはマナの影響を受けも与えもする。しかし感情などの不安定な要素で魔法を操った事例は今まで確認されたことがない。それらはあまりにも、揺らぎ過ぎるからね」


 あらゆるものにマナは宿る。それは営みの中で生じる感情も例外ではない。しかし魔法を確立させた古い賢人たちは、それらの要素を魔法から除外した。


 魔法の本質は、マナを正確に操作することである。人が人である以上、完全に精密な操作を行うことは不可能だが、不確定要素を排して、操作に対する影響を最小限に留める努力は出来る。今ある魔法の完成された術式は、それらに影響を受けないよう徹底されて構築していた。


『そこですよブライト様。私はその揺らぎの中にこそ、私の魔法に組み込まれた非言語化された何かがあると思ったのです。私は生まれつき言葉を喋ることが出来ない。だから別の手段を使って自らの感情、言葉をお借りすると思念を表現してきました。手話しかり、この筆談でもそうです。私はただ無機質にこれらを出力している訳ではありません。例えば言葉にならずとも、手と同時に口も動かしています。感情だって揺れ動きます。これらがまさに、非言語化された私の呪文なのではないでしょうか?』

「…っ!そうか!感覚代償だ!目が見えない人で聴力が発達する人がいるように、何かが失われた時、それを補うために別の何かが発達することがある。シズナさんの場合、言葉が失われていたことで、思念の力が発達していたとしたら。確かにそれが君の魔法に組み込まれていてもおかしくはないはずだ」

『そしてそうであれば、手印を用いずに魔法の使用が出来たことにも説明がつきます。昂った感情が呪文詠唱の代替となり、魔法の発動を促した。だけど私はそのことを今まで意識せず、本来ならば手印と組み合わさることで、私の魔法は成立するはずだった』


 ブライトはそこで、シズナの目を見て深く頷いた。


「しかし意図せず魔法は発動してしまった。その結果シズナさんはマナの操作感覚が失われ、魔法を発動することが出来なくなった。いや、マナの操作が出来なくなったんだ。それは自らで編み出した技術を、自らが強く否定してしまったからだ。我々の想定通り、君に備わった思念の力が発達しているとすればなおさらだ。出来ないという思い込みが影響を与え、その状態を悪化させていくということに繋がるからだ。しかしこれで突破口は見えたね、後は実証するだけだ」


 シズナもブライトの目を見て深く頷いた。言葉を持たぬがゆえに発達したと推測される思念の力。それが本当だと確認出来れば、自身に生じた致命的なズレを修正することが出来る。二人は言葉にせずとも同じ考えをもっていた。




 ロゴス羅針宮は、最先端の技術や設備が揃った魔法専門の研究施設である。そこの名誉学者ブライトは、それらを自由に使うことが許される立場にあった。


 人格者のブライトは他の研究者たちから尊敬されており、非常に顔が広かった。シズナの特殊な事情を考慮するならば、協力することがどれほど危険な行為であるのかは言わずもがなであったが、声をかけられて誰も協力を惜しむものはいなかった。


 それは研究者として、まったく前例のないシズナの思念の力という、本来ならば魔法に影響を与えるはずがないものに興味を引かれたことも否定出来なかった。しかし一番の理由はブライトの人格に心を動かされたことにある。


 シズナの思念がマナに与える影響を調べた結果、通常の魔法使いでは起こり得ない、強く思い描くだけで魔法発動直前の段階まで、マナを変異させられることが判明した。つまりこれは、シズナには呪文を用いることなく、思念でマナを操る力がある証明だった。


 用いる手印は、思い描いたマナの形を現出させるトリガーであり、呪文の代替の役割よりも、魔法発動を補助する手段の方が意味合いとして正しかった。この二つの要素が合わさることで、シズナの魔法は完成する。どちらかが欠けては、不完全なものになってしまうのである。


 シズナは自らの思念の力とそれによって変化するマナを意識し、今一度用いる手印の種類や手順など、手の動かし方の整理と最適化を行った。ブライトの協力もあって、それはとても順調に進んだ。


 結果として、今まで用いていた手印の数を大幅に減らし、手の動作もより直感的なものに変えることに成功した。マナの操作技術が格段に向上して、魔法を失う前よりも、シズナの魔法は強力なものとなった。


 ようやくシズナは、自らの魔法を取り戻すことに成功した。しかしそれを待ち望んでいたのは彼女だけではなかった。この事実は、とある執念深い男を動かす格好の理由になってしまう。


 それはシズナだけではなく、ロゴス羅針宮にとっても多大なる危機を招くこととなる。喜びはつかの間で、鴉の鳴き声は徐々に近づいて大きくなっていた。

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