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言無しの魔女  作者: ま行


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アルベールの提案

 アルベールを呼びつけたハワードは、そわそわと落ち着きのない様子で到着を待っていた。そして当人が現れると、ほっとしたようなそうでないような表情を見せた。


「うぃーっす。何々、ハワード爺さんがわざわざ俺様を呼ぶなんて珍しいじゃん」

「…主はその軽薄さを少しは改善出来んものかね」

「真面目な俺様は魅力的過ぎるからな、だから魅力を俺様の方で調整してやらねえといけねえのさ」

「はあ、減らず口を。まあよい。本題はそれじゃないからな」

「当ててやるぜ。シズナのことだろ?」


 無駄に勘がいいと、ハワードは呆れながらも頷いた。シズナが里を発ってから、もうずいぶんと時が経過している。季節は繁茂の節を終えようとしていた。


「実は主にシズナの様子を見てきてほしいのじゃ。儂はブライトを信じておるし、シズナだってもうあの頃のような子どもではない。しかし、な、その、な…」

「心配性…って簡単には言えないな。なんたってクリアリクは場所が悪すぎる。カント・レギウムのお膝元っていうか、もう懐みたいなもんだからな」

「そうなんじゃ。ブライトの助力が必要なのは間違いなかったのじゃが、国王がどう動くのか分からん。そもそも何故今になって奴がシズナへの執着を強めた理由が分からん。一度は勝手な都合で捨てた子じゃ。本来奴には、あの子の親を名乗らせる資格すらない」


 同感だというように、アルベールは頷いてみせた。自らの手でシズナを連れ出した後も度々ジュリウスがシズナを連れ戻すための刺客を送ってきたが、それはもっと小規模で、もののついでのように真剣さに欠けていた。


 しかし最近になってから、ジュリウスは本気でシズナを手元に戻そうとしていた。アルベールもその空気感の変化は分かっていた。しかし、心変わりした理由までは分からない。


「確かジュリウスって、正妻との間に第一王子が居たよな?」

「ああ、正統後継者じゃ。それに側室との子ではあるが、第二、第三、第四王子と、まだまだおる。子どものことをこう称することは酷だと分かっておるが、後継者の替えは十分におるということじゃ」

「聞いた話だと、第一王子は魔法使いとしても中々に秀才らしい。カント・レギウム大魔導院の首席だそうだ。こうして考えてみると、王子は国王が必要とする素質を十分に持ち合わせていて、一見盤石に思える。やっぱり今更シズナが必要になる理由が分かんねえな」


 カント・レギウムの王は、代々魔法使いがその座を継ぐこととなっている。それも普通の魔法使いではなく、王族の中から優秀な魔法使いが選ばれる。例え継承権第一位の子であっても、魔法使いとして凡庸であれば容赦なく王座から退かれる。


 その点、現国王ジュリウスは規格外の存在であった。シズナ、アルベールと同じく八賢者に名を連ねる存在であり、魔法に関する才覚は並外れたものを持っている。魔法学だけではなく、医学や薬学、生物学など、あらゆる分野に造詣が深いことも特徴的であった。


「アルベール。主のことだ、何かしら予測はあるのだろう?」

「…無くはないが、自信もない。有力なのは、シズナが八賢者入りしたことで、自らと同列の才覚を持つ実子ってことに価値を見出したのかもって考えだ。だがどうもしっくりこない。それが理由だとしたら、シズナを手元に置くよりも、在野に放っていた方がよほど安全だ」


 シズナは確かにアルベールの実子で認知もされているが、母親の位も継承権の位も最下位であった。もし王宮に戻そうものなら、継承権だけは高い子を持つ他の親から謀殺される可能性が高いのである。


「シズナを普通に相手取ろうとしたら、俺様はまず誰にも負けねえように育てた。だが、陰謀ってのはもっと厄介だからな。殺されない理由を探す方が難しい」

「王宮では何の後ろ盾も持たないシズナでは、糸に絡め取られて終わりという訳か…」

「それこそジュリウスが四六時中見張ってりゃ話は別だろうが、そんなこと出来る訳がない。国王としての責務を果たさない奴は玉座に必要ねえからな。王宮にとっても、国民にとってもだ」


 絶対的な王であるからには、国の政を自由にする権利がある。しかしそれも私欲に走れば非難され、不平不満の温床となりかねない。力でそれらを封殺することも出来るが、その行為は次の国王の座を狙うものたちに利することになる。下の下の愚策だった。


「次に考えたのが、王宮内部の不安解消のために、象徴としてシズナが必要なのかもしれないってもんだ。例えばだが、実は跡継ぎ共が揃いも揃ってボンクラだったとしたら、魔法大国としての基盤が揺らぎかねない」

「なるほどのぅ。であれば例えシズナを要職に就けずとも、手の内に八賢者を抱えておるという事実が他国に対しての牽制になりうる。じゃがこれは…」

「ああ。少なくとも第一王子にその傾向は見られない。奴は表立って首席張ってんだ、それが不正ってのも考えにくい。そもそも四大魔法学校は全部、がっちがちの実力主義だ。不正程度で首席は張れない。つまり少なくとも能無しってことはないみたいだ」


 実力に劣る王を影から支える土台として、八賢者の名が役立つのは間違いないことであった。ジュリウスと、そこにシズナが加われば、カント・レギウムは名実共に、今まで通り魔法大国の名をほしいままに出来るだろう。


 しかし王位継承者に何ら問題がないのであれば、シズナのような、他の実力者の存在は邪魔にしかならない。第一王子は秀才だが、今後八賢者に足る才覚を持つと認められるかは分からない。すでに認められているシズナがいると、彼女が祭り上げられて王宮内の勢力を分断しかねないのである。


「第一王子の思惑は予測出来ねえけど、普通は自分一人に権力を集中させる方向性を示すだろう。自分を差し置いて八賢者になったシズナに、思う所がないって考える方も無理あるしな。シズナは言葉を喋ることが出来ないという、魔法使いにとって特大の不利を抱えながらも、努力と才覚で天辺まで上り詰めた訳だからな」

「であればシズナを連れ戻すことが、逆に国内に混乱をもたらしかねないのう。しかし、アルベールの推測はどちらもそれなりに説得力があった。そのどちらも違うとなると、また別の理由がありそうじゃな」


 ハワードの意見にアルベールも同意した。ジュリウスが抱えている、恐らく自分たちには知り得ない他の事情がある。今ある材料だけで推測するには、ここまでが限界であった。


「とにかくはっきりとしてるのは、バカ親父が捨てた娘のケツを必死こいて追っかけてるって気色悪い事実だ。そして俺様たちは、それをやすやすと見逃すつもりがないってことだ」

「うむ、その通りじゃ。では頼まれてくれるか?」

「それは構わねえんだが、流石の俺様でもカント・レギウム領内に直接乗り込むってのは難しい。出来なくはないが、確実に怪しまれる。となるとシズナが危ない」


 様子を見に行くべきという考えには賛成したが、方法とそれにかかる時間について、アルベールは頭を悩ませた。その気になれば、彼は一瞬でクリアリクに移動して、即座に魔守りの里へ引き返すことも出来る。だが、魔法大国カント・レギウムにおいて、彼であっても一切の痕跡を残さないのは無理があった。


 アルベールが考えているのは、自らが不在の時、テオの修行をどうするかというものであった。今のところテオの修行は順調過ぎるほど上手く事が運んでいて、間を空けてしまうのは非常に惜しいと思っていた。


 しかし、シズナの様子を見に行かないという選択肢もなかった。結局アルベールはテオに一時休息を与えることに決めた。そしてハワードに、ある約束を取り付けた。




「―という訳だ。俺様は暫く里を出てシズナの様子を見てくる。お前は…」

「俺も付いて行きます!!」

「そう言うと思ったよ」


 やれやれと頭を振ったアルベールは、興奮して身を乗り出しているテオの額を指で弾いた。


「お前がシズナの心配をしてるのは分かるが、正直言って足手まといだ。連れて行くのは無理だ」

「でもっ!」

「でもじゃねえ。俺様はもうそう決めた。従えねえってんなら、もう魔法については何一つ教えてやらねえ」


 その宣言はあまりにも卑怯で横暴だと、テオは血が出るほど唇を噛み締めた。アルベールもそのことを自覚していない訳ではない。なので一つ提案を持ちかけた。


「テオ、お前は魔法使いになりてえって言ってるが、決定的に足りねえもんがある。それが何か分かるか?」


 足りないもの。心当たりが多すぎて、テオはどれか一つに絞り込めず首を傾げた。その様子を見て、アルベールはふふんと鼻を鳴らしてから答えた。


「お前は自前の杖を持ってねえ。魔法使いにとって必須の物だが、今は借り物を使ってるだろ?俺様が居ない間に、お前専用の杖を作れ。いいな?」


 その提案は、テオにとって魅力的過ぎるものであった。師であるシズナの心配は当然あるが、それと同等なくらいに、彼の関心を引いた。道具があれば魔法使いになれる訳ではないが、より様になるのは確かであり、夢に大きく近づくことにもなる。


「で、でも、杖なんて俺は…」

「その辺はハワード爺さんに任せてある。俺様が居ない間に、お前は自分だけの杖を手に入れろ。きっとシズナも喜ぶぞ」


 最後の言葉は、テオにとって深く心に刺さるものだった。一瞬でシズナの喜ぶ顔が想像出来ただけに、これを了承せざるをえなかった。


 こうしてテオは少しの間の休息を得て、自分だけの杖探しに取り組むことになった。大師匠の手前そうすることは出来なかったが、今にも踊りだしたくなるほど、心の中は歓喜と期待に湧いていた。

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