片鱗
アルベールから授かったアミュレットの効果で、無詠唱かつ直感的に幾何の方盾が発動出来るようになったテオ。それは彼にとって魔法使いに近づく喜ばしいことであったが、同時に思いもよらない地獄の日々の幕開けにもなった。
「カハッ…!ヒューッ…ヒュー…!」
テオの喉に小石が直撃した。痛みと苦しみから呼吸が乱れる。それでもなお、アルベールの手が休まることはない。咄嗟に横に跳んで小石を避け、受け身を取って立ち上がった。そして顔めがけて更に投げつけられた小石を魔法の盾で防ぐ。
必死の防御を繰り返しながら、テオは考え続けていた。先ほど喉に直撃を食らった時、一度は狙い通りに攻撃を防いだが、盾を解除するタイミングを見計らって二撃目がすでに投擲されていた。油断はなかったが、再度盾を展開する余裕はなかった。
アルベールは宣言した通り、テオが幾何の方盾を無詠唱で行使出来ることを前提とした攻撃を繰り出す修行に切り替えていた。テオは盾を張るタイミングと、維持する時間などを、自らの立ち位置から瞬時に判断することが求められた。
それは魔法を使わせない修行の時よりも、遥かに苛烈なものであった。攻撃の軌道を予測して、盾を効果的に展開しなければならない。一つの判断ミスが次の防御の手を遅らせていき、その後は泥沼化してミスに足を取られていく。
バケツの小石が空になる頃には、テオは今までよりも傷だらけになって倒れることになった。暫くは息も絶え絶えで立ち上がることすら出来ない。傷から流れる血を拭くことすらままならなかった。
倒れ伏すテオを見つめるアルベールが、背後の気配に気がついて振り向いた。
「派手にやってんなアルベール。あんだけテオをボロボロにしたことがシズナにバレたら、あんた怒られるだけじゃ済まないと思うぞ」
「馬鹿言うな。必要だからやってんだよ。…メグさん、お願いだからシズナには黙っててくれる?」
声をかけてきたのはメグであった。急に腰を低くして猫なで声で懇願するアルベールに苦笑いを返す。
「気持ちわりいからやめろ。てか別に言わねーよ。あたしが言うまでもなく、どうせシズナにはバレるだろうし」
「え?何で?」
「テオの性格を考えてもみろよ。シズナからあんたとどんな修行をしてたのって聞かれたら、素直に全部ゲロるに決まってんだろ。しかもそりゃ悪意あってのもんじゃねえ、聞かれたことに正直に答えただけのことだ。どうだ?これはあんたには絶対防げないだろ?」
しまったと言わんばかりに、アルベールは頭を抱えた。テオの口止め方法は彼にはない。シズナの怒りの炎に焼かれる自分を想像して身震いをした。
「冗談はこれくらいにしておいて、あたしはあんたに用事があって来たんだ」
「用事?お前が俺様に?」
「いやあたしじゃなくてじいちゃんが呼んでたんだ。あたしはただの連絡係。待ってるから来いってさ」
「ハワード爺さんが?そりゃまた珍しいな。分かったすぐに行く。悪いがテオのこと頼んでいいか?これで怪我の手当をしてやってくれ」
「分かった。こっちは任せろ」
アルベールからバッグを受け取ると、メグがテオに駆け寄った。テオは傷だらけではあるが意識はあり、今は疲労で動けなくなっているだけであった。
「テオ、だいじょう…ぶではないよな。取り敢えず水飲めよ」
「ありがとうございます。メグさん…」
メグはテオの体を支え、バッグの中に入っていた水筒を渡した。テオは水を飲む時に口の中が切れていて血の味の不快感が広がったが、疲労していて熱を持った体に水のありがたさがしみ渡った。
その後メグはテオの傷を治療するため、バッグに用意してあった薬を塗り、打ち身した箇所を冷やすなどの応急処置を行った。その間に大分体力を回復させたテオは、自分で自分の怪我の処置をメグから引き継いで行った。その手つきはとても慣れたもので、メグは感心してぴゅうと口笛を吹いた。
「手慣れてるな。自分の面倒は自分で見ろってのも修行の内ってことか」
「ええ、まあ。それにこの修行では怪我ばかりしてますからね、言われずとも自然に色々と出来るようになりました。最近では、カミラさんから薬の作り方を教わって自作しているんですよ」
カミラとは、魔守りの里に住む老婆で薬師である。豊富な知識と優れた調合技術を持っていて、彼女の作る薬の効き目は抜群である。
シズナもアルベールの修行で怪我を負うと、いつもカミラから薬をもらっていた。そしてテオと同様に、シズナもその過程で薬の調合法を覚えた。魔法学校で学んでいないシズナが、薬草学にも通じているのはこのためである。
アルベールが狙ってそうしているのか、それとも何か別の考えがあるのか、メグには判断がつかなかった。しかし奇しくもこの修行は、テオとシズナが同じような道を辿るように仕向けられていた。
同じことをやらせるのでは芸がないとメグは思ったが、テオとシズナでは前提条件がまるで違っていて、同じことをやらせても、同じ結果になるとは限らないとも思った。どうしてテオをシズナの時と同じように育てるのか興味を持ったメグは、テオの肩を叩いた。
「なあ、ちょっと気になることがあるんだ。少しだけあたしに付き合ってくれねえか?」
その申し出に、テオはただ小首を傾げ「はい」と答えた。
里の広間、メグが鍛錬でよく使う場所にテオを連れてくると、彼女は向かい合って槍を構えた。
「これからあたしはあんたに槍の打ち込みをする。絶対に当てないようにするからそこは安心しろ」
「はあ、分かりました。では俺は立っているだけでいいってことですか?」
「いいや。あんたはあたしの槍を魔法で防ぐんだ。使えるんだろ?幾何の方盾。それでひたすら防ぐだけでいい。疲れてるだろうから、その場から動かなくていいぞ」
メグのやりたいことがいまいち理解出来ないテオは、曖昧に返事をするだけだった。彼女はただひたすらに繰り返されている小石の修行が、テオのどんな能力を高めているのかが気になった。
もしかすると、テオがとても出来が悪くて、ちっともアルベールが求める水準に達することが出来ないから次の修行に移行しないのかと考えた。ならば自分が少し手を貸すか。メグはそのくらい軽い気持ちでこの場に挑んだ。しかしその考えは、予想だにしなかった出来事で打ち砕かれることになる。
初撃。それは非常に素直な突きであった。単純なものではあるが、技の起こりを悟ることは困難で、速度も優れていて完成度が高い。鍛錬の日々を思い起こさせるような一撃だった。
テオはそれを難なく止めた。幾何の方盾は何枚も連ねて範囲を広げたり、重ねることで強度を高めることが出来るが、展開したのはたった一枚の盾だった。彼は攻撃が来る場所を予測していただけでなく、突きの威力が乗り切る手前で完璧に止めた。
一撃ならまぐれかもしれない。メグは槍を引くと、次は連続で突いた。四方八方から飛び来る高速の突きは驚異的で、息もつかせぬ連続攻撃は、当人から絶対に当てないと約束されていても恐怖を覚えるものである。
だがテオは、やはりそれらすべてを的確に止めた。しかも防御に用いるために展開する盾はたった一枚だけである。いくら防御力に優れた魔法とはいえ、たった一枚では心もとないし、範囲だって限定される。少しでもズレたら防ぎ切ることは出来ず、攻撃を通すことになる。
しかし、メグがどれだけ手を変え品を変え、攻撃方法の種類を増やし、緩急をつけ、時にはフェイントを混ぜ込んでも、テオは完璧にそれらを防ぎきった。当てないという制約こそあるものの、まったく動じることがないテオのその姿は、まるで巨岩を相手にしているようだと、メグを錯覚させるほどだった。
「ハァーッ!ハァハァ…ハァッ!!…ああ、おしまいおしまい!!もういい!!」
最後にはメグの方が先に参ってしまった。体力はまだ残っていたが、一向に当たる気配のない強固な防御に、精神の方が先に削り取られた。この時のテオを相手にして、メグはようやくアルベールの修行の方針が理解出来た。
消耗を極端に減らし、どんな攻撃も最小限の力で効果的に防ぐ。マナを操る技術がまだ乏しいテオに、敢えて極限状態まで追い込むことで、強制的に効率よくマナを扱う術を体で学ばせている。まるで本来そうすることが、当たり前かのように。
これは魔法の前提知識がまるでないテオにしか使えない修行だと、メグは納得した。そして同時に、これから先彼がマナを操る技術を高めた時、その魔法の威力たるやどうなるものかと、空恐ろしいものを感じた。
テオはまだまだ魔法使いとして未熟そのものである。しかし大器の片鱗は、確かに感じ取ることが出来る結果であった。テオがシズナとアルベールに磨き上げられた後、どう成るのか。道半ばとはいえ、メグはそのことに期待せずにはいられなかった。




