テオの修行 その4
一時的にシズナと離れ、その代わりに大師匠アルベールの指導を受けているテオは、その修業で苦戦していた。小石を避けることは上達しているが、幾何の方盾で防ぐことには一度も成功していなかった。
毎回バケツが空になるまで小石を投げつけられ、ボロボロになって終わる。その繰り返しから離れられずにいた。テオが詠唱をしようとすると、アルベールが投擲のペースを早めて阻止する。避けることに専念していると、魔法は使わないのかと咎められる。これが魔法の修行である以上、テオがアルベールの言い分を批判することは出来なかった。
そして毎回ボロボロに傷つきクタクタに疲れ切った後、すべての家事をこなさなければならない。テオはそのことに文句は言わなかったが、何故かシズナが居た時よりも、作る料理の量が増えたことには若干の不満を覚えた。そうした小さなストレスの積み重ねが、修行の成果の足を引っ張っていることも理解していた。
いい加減、何か対策が必要だ。そうテオは考えた。そこで彼が相談を持ちかけた相手は、とても意外な人選であった。
「というわけで、知恵をお借りしたく思います。よろしくお願いします。大師匠様」
テオが教えを請うたのは、修行をつけているアルベール本人であった。それを受けて、彼は少々呆れたように言った。
「あのなあテオ。俺様はそれを考えることも含めて修行としてるんだ。分かってんのか?」
「分かってます。でも、俺の小手先の策はことごとく通用しませんでした。だから何か少しでもヒントがいただけないかと思ったんです」
「ヒント?修行を切り抜ける方法のってことか?」
「はい」
「じゃあ教えようがないな。明確な答えなんてねえから」
アルベールはこの言葉を、テオの心をへし折るつもりで言った。助けを求めてきたことはいい。しかし、彼が修行の本質を理解しないのなら、やる意味がなかった。安易に答えを求めたのなら、大した器ではないと切り捨てるつもりだった。
しかしテオが見せた反応は、アルベールには想定外のものだった。テオは「やはりそうですか」と言った。彼は端から答えを期待していなかった。そこでアルベールは眉を顰めた。
「テオ、俺様が答えねえって分かってて何で聞いたんだ?」
「確認のためです」
「何の?」
「大師匠様が俺に求めているのが何なのか知りたかったんです。あの修行で大師匠様が俺に出した課題は、投げつけられる小石を避けるか、幾何の方盾で防ぐかを判断すること。だけどその方法までは指定しなかった。そして明確な答えはないという言葉、つまり小石拾いの時と同じ、いや、それ以上の工夫が必要だということです。しかも並の工夫じゃ駄目だ。もっと何か根本的な、そう、使う魔法そのものを見直すような工夫が―」
「ああいい!いい!もうそこまでにしろ。クソッ、端から教えて大師匠様って感じじゃねえなとは思ってたけど、何か変だって気づいたんだな」
アルベールがそう言うと、テオは頭を振って否定した。
「気づきというよりは、揺さぶりです。修行の内容そのものがおかしいのか、俺の工夫の仕方がおかしいのかは分からなかったので、大師匠様の反応でそれを見極めようと思ってました。俺に出来る工夫がまだあるなら、大師匠様は問答無用で俺のことを追い返したはずですから」
「まったく、いい度胸してやがる。…しかたねえ、俺様が直々に魔法の授業をしてやるよ。座れテオ」
観念したように頭をガシガシと掻くと、アルベールは大きなため息をついた。
テオと対座したアルベールは、さてと話を切り出した。
「察してるかどうかは知らんが、俺様はあの修行で、そもそもお前に防御魔法を使わせる気がなかった。使えたらまあ立派なモンだが、まず使わせないようにしていた」
「やっぱりそうなんですね」
「何がお前にそう感じさせた?」
「大師匠様が念入りに俺の詠唱を潰していたことです。あれは単純な妨害より、やらせたくないという意思めいたものがあったと思います」
アルベールはこの修行の前にテオに教えた幾何の方盾を、そもそも使わせないよう専念していた。テオが小石を防げなかったのではなく、小石は元から防げるものではなかったのである。そしてそれこそがこの修行の本質、狙いであった。
「それを確認するために俺様を揺さぶりに来たってんだから、やっぱり大した度胸だよ」
「駄目でしたか?」
「いや、駄目ではねえ。ただ俺様の予想と違っただけだ。最初はメグ辺りにアドバイスを求めに行くとかな」
「それも勿論考えましたけど、お師さんが居ない今、俺の師匠は大師匠様です。真っ直ぐに聞けば答えはもらえなくても、手がかりは掴めるかもと思ったんです」
テオはアルベールのことを、まだシズナの代わりとしては完全に認められていなかった。大師匠のことを信頼してはいるが。やはりテオの師はシズナであり、扱いの悪さも相まって、まだまだ良い関係性は築けていない。
「まあそれはそうだな。じゃ、授業の続きだ。やってみて分かったと思うが、基本的には幾何の方盾は鉄壁の防御魔法だが、ある致命的な欠陥を抱えている。それが何か分かったか?」
「詠唱のひと手間です」
「その通りだ。魔法を使うには詠唱が必要だが、その最中の魔法使いは基本的に無防備だ。だから強固な守りが必須ってんでこの魔法が作られたが、今度は詠唱の方が足を引っ張った訳だ。そこでテオに聞く、お前ならこの問題をどう解決する?」
アルベールからそう問いかけられたテオは暫し考え込んだ後、ずっと考えていたことを口にした。
「お師さんから何度か聞いたことがあるんです。魔法にはどれも詠唱が欠かせないけれど、例外もあるって。その例外が何なのかをずっと考えてました。そしてあの修行で思ったんです。《《無詠唱で発動出来る魔法》》ほど、魔法使いにとって有益で特別で例外なものはないと」
そしてそれこそがシズナの特異性、優位性を際立たせているともテオは考えていた。厳密に言えばシズナの魔法は無詠唱とは性質が異なるが、手印を結ぶ動作の速さと、魔法の発動速度という点は非常に似たものがあった。
「よし、シズナのヒントがあったとはいえ、いい発想だ。無詠唱で発動出来る魔法ってのは、本来ならありえないものだ。その理由は色々とあるが一番大きな理由は、詠唱は魔法を発動させる手段でもあるが、同時に自衛手段でもあるからだ。取り敢えずその話はいずれするとして、安全策を無視してでも《《ありえない》》という前提をどうしてもひっくり返したかった魔法が?」
「幾何の方盾、ですね」
そうだと答える代わりにアルベールは深く頷いた。魔法を詠唱する際に無防備になる魔法使いを補助するためには防御魔法が必須であり、その防御魔法を効果的に使うためには、より直感的に魔法が発動出来なければならなかった。
アルベールは唐突に立ち上がると、自室に戻って一つの小箱を持ってきた。それをテオの目の前に置くと、彼はあごをしゃくって開けてみるよう促した。テオが意図を汲んで箱を開けると、中には八つのきらびやかな宝石があしらわれた美しく光り輝く銀色の腕輪、アミュレットが入っていた。
「お前が自力でこの疑問にたどり着くか、俺様にボロボロにされてもなお食いついてくる根性があれば、くれてやるつもりで作らせてものだ。素材に使われてる聖銀は軽くて丈夫でマナを効率よく循環させる。そして聖銀に刻み込まれた幾何の方盾の術式が、より直感的な魔法発動を可能にする。八つの宝石はそれぞれの属性のマナを自然と取り込み、それを身につけたものに還元してマナ切れを起こしにくくする。着けてみな」
言われた通りに、テオは箱に収められていたアミュレットを手に取った。それを左手に装着すると、一瞬ドクンと大きく心臓が跳ねた。その苦しさにギュッと胸を手で押さえたが、苦しみはすぐになくなった。
すると今度は、どんどんと体に生気が戻ってきた。腕輪を着けた後と前では体調に歴然とした差があり、腹の底から活力がみなぎり、不思議なことに腕輪が元々自分の手の一部であったかのように馴染んだ。
「すごい…上手く説明出来ないですけど、何かすごいですよこれ!」
「はしゃぐなはしゃぐな。まだ身に着けただけだろうが。それで幾何の方盾を発動させてみろ。詠唱は必要ない。念じるだけで、思った場所、思ったタイミングで盾が現れるはずだ」
「発動させてみろと言われても、やり方が…」
「習うより慣れろだ。思った通りにやればいい」
アルベールは敢えて具体的な方法を示さなかった。他者がやり方を限定させてしまうのは、その方法でしか発動出来ないと、印象を強めてしまう可能性があった。自由に思うがまま、これここそが魔法には肝要であった。
テオは戸惑いながらも、目を閉じて集中してみることにした。目の前に幾何の方盾を出現させると、強く念じてみた。パチンパチンとアルベールが指を鳴らす音が聞こえてきて目を開けると、彼の目の前には、今までで一番大きな幾何の方盾が発動していた。
「本当に出来たっ!」
「及第点だな。発動は遅いし、サイズは無駄にデカい。まだまだこっから削ぎ落としてかなきゃならんが、取り敢えず今のところはこんなもんだろ。ともかくおめでとさん。次からの修行はこれが使えることが前提だからな、覚悟しておけよ」
魔法を発動させることが出来た喜びもつかの間に、アルベールは修行の激化を予告した。そのことにテオは戦々恐々としたが、今はどちらかというと、自らが着実に魔法使いへの道を進んでいることを嬉しく思う気持ちが強かった。




