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言無しの魔女  作者: ま行


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シズナの魔法 その1

 魔守りの里を出立したシズナ、それに同行するのはハワードであった。本来里長が里を空けるなど前代未聞の事態だった。しかしシズナのクリアリク来訪は、殊に慎重を要する必要があった。


 カント・レギウム領内に入るのに、空間転移魔法は使用出来ない。使用可能範囲の手前まではハワードの転移魔法で移動出来るが、そこから先の移動手段は限られる。カント・レギウムの支配地域は広大であり、クリアリクに向かうにも苦労する。


 何より気をつけねばならないのが、シズナの存在をジュリウスに察知させないことである。現在シズナは魔法を使えずマナの痕跡を残すこともない。これは隠れて移動するには有利に働いた。


 しかし言葉を発することができないという彼女の個性は強烈な印象を残す。そのことを周りの人々に悟らせず、かつ不自然過ぎない変装をするのが重要だった。シズナはそうでなくとも目を引く美しさをしている。実に難関な条件を達しながらの旅路は、両名を大いに苦しめた。


 気苦労は多かったが、道中は安全であった。カント・レギウム領内はよく統治されており、道や街の整備も完璧に行き届いていた。魔物が発生しても、王国魔導兵団という軍隊の手で即座に討伐されていた。地方に目を瞑ればの話ではあるが、少なくともカント・レギウムに近い領民で王家の政に文句をつけるものは、他国と比べると極端に少ないのである。


 一見すると善政を敷く為政者の父に文句を言うものは少ないだろうと、彼を憎く思うシズナですらそう感じた。父がどんな人間なのかと思いを馳せる行為は、彼女がまだ父と娘という関係性に僅かな希望を抱いている証左であった。




 領内のとある街にて、ハワードとシズナは足を止めた。そこである人物と待ち合わせをしていた。ハワードの代わりにシズナに同行して、安全を確保する案内人を待っている。


「シズナよ、返事はせずともよいから聞け。お主はこれから先は一人で、ここに現れる案内人についていかねばならん。相手方と儂は知己じゃが、使いに寄こすものがそうとは限らん。裏切るような真似はせんと儂は信じておるが、くれぐれも用心深くしておくようにな」


 シズナは小さく頷いた。丁度その時、ドアベルの音が鳴って来訪者を報せた。図ったようなタイミングであり否が応でも緊張感は高まったが、警戒しすぎるのもそれはそれで悪目立ちする要因になる。二人は努めて平静を装った。


「げえっ!マジな話だったのかよ…。クソ、こんなことに関与してるのがバレたらあーしの立場がどうなるのか、おじいちゃんは分かってやってるのか?」


 そこに現れたのは一見すると少女のような見た目をした人物であった。そしてシズナは彼女に見覚えがあった。だから警戒感も最大まで高まったが、どちらかというと驚きが勝った。


 二人の前で気まずそうに表情を歪めているのは、シズナとテオを襲った鴉の幹部の一人、ピカリアだった。シズナにとっても、空から落として大怪我を負わせた相手なので、気まずさを隠せなかった。


「何じゃ主ら知り合いか?」

「あー、ええっと、あんたがハワードさんでいいの?あーしはピカリア。おじいちゃん…じゃなくて、ブライト・ヴォルから迎えを頼まれたんだけど」

「ピカリア?おお、そうかそうか、あの時の赤子か!いや立派になったものだ、一度だけだが儂はお主と会っておるのじゃ。まだ赤子の頃の話じゃがの」

「はあ、それはどうも…」


 見に覚えのない知り合いへの対応ほど苦慮するものはない。一方的に友好的なハワードに対し、苦笑いを浮かべるピカリアを見て、シズナは密かにうんうんと頷いて同意した。


「すみません。あまり話し込むのも危険なんで、さっさとここを離れましょう。それと話の通り、ここからはあーしが案内を引き受けますよ。ちゃんとおじいちゃんの所までシズナさんを送り届けるんで」

「うむ、よろしく頼むぞ。シズナは儂の娘も同然の大切な存在じゃ、くれぐれも無事にブライトの元へ送り届けておくれ」

「…分かってます。そういう約束ですからね」


 そうしてシズナはハワードと別れ、代わりの案内人のピカリアと合流した。二人きりになると、シズナはより気まずさが増して居心地が悪くなった。身を守るためとはいえ、一度殺す気で戦って叩き落とした相手である。無理もないことだった。


 しかしどうしてかシズナには、ピカリアがこのまま自分を拘束するような真似はしないと思えた。彼女も同様の気まずさを覚えていそうではあったが、敵意は感じられなかったからだ。


「取り敢えず移動しよ。さっきも言ったけど、留まり続けんの危ないし。執念深い奴がいるから」


 ピカリアの提案にシズナは頷いた。




「はいこれ被って」


 シズナがピカリアから手渡されたのは、頭を保護するヘルメットだった。そして彼女がまたがっているのは、小柄な体躯に釣り合わないように感じる大型の魔導バイクだった。中々どうして、その堂々たる姿はとても様になっていた。


「何?もしかして被り方分かんないの?」


 呆気にとられていたシズナを急かすようにピカリアが言った。そのことに彼女がわたわたと慌てる様子を見て、ピカリアは「ああ」と合点がいったように呟いた。


「喋れないんでしょ?あーしは手話分かんないから、別の方法で言葉にしてくれない?ゆっくりでいいよ」


 その言葉にぱあっと表情を明るくして、紙とペンを取り出すシズナ。その姿を見てピカリアは考えていた。このちょっと間が抜けているように見えるぽわぽわとした雰囲気の女が、本当にあの時戦った言無しの魔女と同一人物だとは信じられなかった。


『こんなに大きな魔導バイク初めて見ました。とってもかっこいいです』


 シズナの書いた文字を読むと、ピカリアは得意げに鼻を鳴らした。


「そうでしょそうでしょ!この大型魔導バイク、シルフィードは同系モデルと比べて生産台数が少ない希少品で、型は古いけどスピードと走行の安定性のバランスが絶妙なのよ!パーツもマナ動力部もあーしが手を加えて現行機と謙遜ない性能まで引き上げてるし、デザインだって全然古くさくな…」


 嬉々として魔導バイクについて語ってしまっていたことを、途中で急激に恥ずかしくなったピカリアはそれを誤魔化すように咳払いをした。もっと解説を聞きたそうにしているシズナに「いいからヘルメット被って後ろに乗れ」としか言えなかった。


 シズナは魔導バイクに乗るのは初めてで、走り出した途端、まるで風と体が一体化したような錯覚に陥る心地よいスピード感と、力強く前に進む高揚感に胸を躍らせた。これは乗ったものにしか味わうことが出来ない体験だと彼女は思った。


 そして小さな体で大型の魔導バイクを手足のように操るピカリアの操縦技術も、シズナにはとても新鮮で羨望を覚えさせるものだった。いつかテオにも同じ体験をさせてあげたいと、シズナはそんなことを考えていた。


 魔導バイクはマナをエネルギーにして進む乗り物で、マナの供給があればずっと動き続けることが出来た。無論、損傷やパーツの劣化などもあって無限に走行することは出来ないが、馬車などとは比べ物にならない速さと移動距離を持っている。走行音も静かで悪路も軽々と走破出来た。


 内環諸国の四大国には、このようにマナを用いた最先端の技術の乗り物や道具が、ごく自然に日常生活に使われていて、企業間の開発力競争も活発に行われている。しかしこれらのものを使うことが出来るのは、内環四大国と周辺の一部地域に限られていて、地方の庶民には到底手の届かないものであった。


 マナの研究。その利活用。様々な技術的なノウハウ。すべて内環の主要な国々でがっちりと囲い込まれていて手放されない。それらを享受出来るのは、金も能力も地位もある、選ばれた者たちだけだった。


 都市部と地方では文明水準に天と地ほどの差がある。閑職へ追いやられる魔法使いたちが自己の利益保身で暴走しがちなのは、こういった理由もあった。これは内環諸国の過剰な集権が改まることがなければ、改善される余地はない。しかし今あるものを手放す理由も無いに等しいのだった。




 ピカリアの魔導バイクに乗せられたシズナは、あっさりとクリアリクに入ることが出来た。途中で何度か身なりを変えて目立たなくするなどの手段も取ったが、そんな小細工よりもっと効果的だったのはピカリアの存在だった。


 魔導監察庁執行部、それも幹部の肩書があれば、面倒な手続きを殆ど無視することが出来たのだ。多少怪しまれて手間取ることがあっても、勝ち気な性格のピカリアが強引に黙らせた。移動に関して言えば、ハワードと一緒の時よりもよほど早く事が進んだ。


 クリアリクは魔法研究の最先端都市。その中でも一際巨大で目を引く建物が、カント・レギウムのみならず、世界中のあらゆる魔法学の根幹を支える研究施設「ロゴス羅針宮らしんきゅう」である。


 シズナはピカリアに連れられて、ロゴス羅針宮の一室に連れてこられた。そこにいたのは白髪頭と柔和な笑顔が似合う老齢の男性で、若草のような黄緑の瞳と、大きな眼鏡が特徴的だった。


「おじいちゃん。頼まれてた人、ちゃんと連れてきたよ」

「ありがとうねピカリアちゃん。そうか、君がシズナさんか、はじめましてお会いできて光栄だ。私はブライト・ヴォル。しがない魔法研究家の一人さ」


 握手を交わしたシズナは、心の中でブライトの言う「しがない魔法研究家」などとんでもないと思っていた。ブライトはロゴス羅針宮の名誉学者で、一番の権威を持つ人物である。シズナは握手を交わす自分の手が、緊張で震えているのを感じていた。

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