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言無しの魔女  作者: ま行


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理想と業と

 シズナに対する策謀が巡らされている一方。大国に匹敵する力を欲し、それを手に入れようと水面下で動き回っているものたちがいた。相手方があまりにも強力なため、決して迂闊に浮上することはないが、虎視眈々と着実に動いている。


 それが外環諸国で最大の国、アイゼンハルト皇国であった。本来の皇帝ランスリード・フォン・アイゼンハルトは、実弟シルドリオ・フォン・アイゼンハルトにその座を任せ、自らはランスと名乗って内環外環を問わず行脚し、強国に匹敵出来る突破口の原石を探し求めている。その際の身分は、特技を生かした旅の奇術師である。


 その活動が順調かと言うとそうではなく、広がるのはランスの見識ばかりで具体的な成果は乏しい。そもそも優秀な人材ならば内環でがっちりと掴んで離さない体制を敷いており、本来そこに付け入る隙というのは無いに等しい。


 しかしながら、失敗続きということもない。内環諸国内に住む者にも不満は当然あり、現体制の問題点を指摘している者も少ないが居る。だが得てして彼らはマイノリティであり、大抵は不当な憂き目に遭うことになる。


 ランスが拾い集め、つなぎ合わせているのはそういう事情を抱えた者たちであった。ただ闇雲に集めても烏合の衆が出来上がってしまうが、肝要な見極めはランスが直々に行っていることもあって、細々ではあるが成果は上がっていた。


 それでも歩みはどうしようもなく遅かった。マナという一点の要素だけでも内環を有利にして差を大きく広げる。外環はそれに遠く及ばない。長く続く歴史の中で、この事実が覆ったことはない。魔人の乱の記録は識の揺籃に秘匿されており、その時に被った甚大な被害で外環諸国の記録も失われた。


 外環諸国凋落の要因は、他ならぬ外環諸国にもあった。運命の子らの罪深さは論じるまではなくとも、外環諸国の罪も重い。だが自業自得の結果とはいえ、過去の時代の責を未来の時代に生きる者が背負い続けなければならない道理もない。特にそれが不当な扱いであればなおさらのことだ。


 現状ではランスとアイゼンハルト皇国だけが、外環と内環の不均衡の是正に力を尽くしていた。




 ランスが内環諸国から拾い上げた人材の中で、一際成果を上げ続けている者がいた。サンメド村で凶行を働き、旅人や村人を材料に使って生前の人間と変わらないゴーレムを作成していた魔法使いガレムである。


 その行いの外道非道さから、ガレムの登用には反対意見も根強くあった。しかしそれをことごとく説き伏せて、彼専用の工房と研究職を与えたのは皇帝ランスである。最終的に口を出すものは誰もいなくなった。


 ガレムはゴーレム作成を専門とする魔法使いである。通常、外環諸国において魔法使いとはそれほど役立てる存在ではない。これはマナのほぼすべてが内環諸国に占有されていて、外環へ渡るマナの量がごく少量に管理されているためであった。


 マナがなければ魔法使いは役立たず。これは外環諸国の慣用句で、自らの内環諸国への劣等感の表れを如実にした言葉だった。しかし嘘ばかりということもなく、本当の意味で魔法使いは外環諸国で実力を十全に発揮出来るとはいい難い。マナを操る技術が魔法の本質であり、それがなければ何も始められないからだ。


 だが、外環諸国にマナがまったく存在しないということはない。確かに外環には渡すまいと内環は躍起になっているが、世界樹から放出される膨大なマナを管理し切ることは不可能である。総量は内環と比べるまでもなく少量であったが、マナは外環のものにも様々な形で影響を与えている。


 自らに与えられたものが限られているのであれば、ガレムはないものねだりをするのではなく、今あるものを最大限活用することを試みることに決めた。そこで最初に行ったことは、魔物の生息域の調査活動である。


 当初この命令を受けたガレムの部下たちは、意図がまったく分からず詳しい説明を求めた。しかし彼はそれを拒否し「眠たくなる異議を唱える時間があるならば、その無駄な時間を職務に当てろ」と一喝して、部下たちから猛烈な反発を招くことになった。


 ガレムに部下を貶める意図はなく、彼は純粋に心の底から時間の無駄であると信じて疑っていなかった。そもそもガレムは環境に恵まれず、部下をつけられた経験もないので、常に自分の手で自分の考えを遂行してきていた。存外、ガレムは自覚はないが、考えるよりも先に手が動く性格だったのである。


 その証拠に、ガレムは部下たちに下した命令を、自らフィールドワークに赴いて積極的に行った。人にやらせるよりも自分でやった方が早いという、多少高慢な理由ではあったが、この実直な行動が後に功を奏する。


 危険を顧みず黙々と有言実行する背中を部下に見せることで、自然と部下の自らに対する忠誠心を育むことに成功したのだ。これはガレムの意図したことではまったくなかったが、部下たちが密かに計画していた解任を求める嘆願書の提出を思いとどまらせる結果となった。


 このことは、すべてを失い自分の手で何もかもやらなければならないのは当然だと考えていたガレムにとって、意外な資質が意外なところで役に立つものだと考えを改めさせる結果となった。自分が優れた魔法使いであるという、内環諸国特有の選民思想の意識を改めさせることにもなった。


 当初こそ一悶着あったものの、ガレムの工房は徐々に機能し始めた。魔物の生息域を調査した理由は、外環諸国の中でもより活発に魔物化の兆候を示す場所を探るためであった。


 魔物化はマナの影響によって引き起こされる現象である。これは世界樹との距離の関係で内環諸国に多いものだが、外環諸国でも見られるものだ。ガレムはそこに目をつけた。


 外環諸国で魔物化の兆候が多く見られる場所には、内環諸国にも把握しきれていないマナの影響を強く及ぼす地域があるのではないか。ガレムはそう仮説を立てて調査を行い、ついにそれを実証してみせた。


 アイゼンハルト皇国領内に、いくつかマナの濃度が高い場所を見つけた。それは内環諸国にとっては大した量ではないが、外環諸国が用いるには十分なマナの量を誇っていた。それらはマナスポットと命名され、後に外環諸国の各地に存在することが確認された。


 マナスポットの発見は、外環諸国においてもマナの活用の可能性を高めるものであった。報告を受けたランスは早速マナスポットの確保を指示し、ガレムはゴーレム作成の研究に必要なマナを確保することに成功した。


 ガレムはその功績を称える勲章と恩賞が与えられることになった。しかし「活躍したのは部下であって自分ではない、功績に報いるなら部下たちへ」と申し出を断った。特に部下に大して配慮したことではなく、まだ何も成し得ていない内に功績を称えられるなど馬鹿馬鹿しいというガレムの矜持がそうさせたものだった。


 だがこのことが更にガレムの支持を集めた。一人、また一人とガレムの工房へ参加することを希望し始め、いつしか彼の工房は強大な権力を持つに至る。




「よお、上手くやってるか?」


 気さくな様子で工房を訪れたのはランスであった。周りの人々が皇帝陛下に敬礼する中、ガレムだけは研究に夢中で来訪に気が付かなかった。部下の一人が声をかけ、ようやく彼はランスのことに気がつく。


「おや陛下ではありませんか。ご機嫌は麗しゅうございますか?」

「やめろやめろ、薄ら寒い。ったく下らねえ美辞麗句を覚えやがって」

「仕方がないでしょう、社交辞令は人間関係の潤滑油です。地位あるものにへつらうのではなく、対等に相対するためには欠かせぬものです。柄ではありませんが、練習しました」

「そういうことをお前に期待して連れてきた訳じゃなかったんだけどなあ。まあいいや、それより今はどんな感じだ?」

「順調ですよ。近い内に試作が完成する予定です」


 ガレムの目線の先にあるのは、体長2メートル超えのゴーレムであった。金属で作られた外見はいかにも鈍重に見えるが、意外にも動作は軽快で関節部の柔軟性も十分にあった。動きのぎこちなさはあるが、それは自在に動く巨人に見えた。


 そして更に驚くことが起こる。動きを止めたゴーレムの背部の扉がパカっと上に開いた。ゴーレムの中からは人が現れて、地面に下りると少しだけ足をもつれさせたが、健康には何ら問題がなかった。


「本当に完成するのか、人が乗り込んで操縦するゴーレムが」

「まだまだ課題は多いですが、実現可能ではあると思います。発端は陛下のアイデアですが、この理論だけはファイ家の文献で目にしたことがあります。まさか外環諸国で研究することになるとは思いもしませんでしたが」


 恐るべきはガレムの記憶力であった。ファイ家のゴーレム魔法の資料文献はすべて接収され、彼の手元には一つも残っていない。しかし彼は幼少の頃よりその文献で魔法を勉強してきたため、すべてではないがその内容を記憶していた。ファイ家はもう公的には存在しない家だったが、生き残ったガレムがその技術と志を確かに繋いでいた。


「さて、見たいものは見た。俺はそろそろ行くよ。内環の情報はいくらあっても足りないからな」

「皇帝陛下でありながらお忙しいことですね」

「だから誰よりも汗水流して忙しくするんだよ。理想を叶えるためにもな。それとお前の代わりに、サンメド村の墓参りもせにゃならん」

「…お手数おかけいたします」

「俺の責務でもあるから気にすんな。でも絶対に忘れるなよ、お前の背負った贖えない業をな。だからこの研究を完遂させろ。じゃあな」


 ランスはガレムに犯した業を償わせず、自国の利のために彼を引き込んだ自分が大罪人であることを自覚していた。しかしそうだったとしても、外環の問題にガレムが必要であったことは疑いようもないことで、その業を自らの責任で背負い込む覚悟に些かの陰りはなかった。

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