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言無しの魔女  作者: ま行


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その名が意味するもの

 三人で夕食を取った後、突然シズナが机をトントンと叩いた。テオとアルベールの意識を彼女に向けさせるための行動である。


 アルベールはベロベロに酔っ払っていたが、シズナの真剣な目を見たことで態度を改める。彼は酔っていても感情のコントロールだけは失わないようにしていた。


『師匠、テオくん、少しいいですか』

「そんだけ改まるってことは、あんまいい話じゃあなさそうだな」


 事実、アルベールの読みは当たっていた。そこはシズナと彼の付き合いの長さと理解度の高さに関係性の深みを伺わせる。テオはそれだけに彼女の言わんとすることに不安を覚えた。


『ハワード様と相談したのですが、私は一時的に里を離れ、クリアリクを尋ねることに決めました』


 その名を聞いて、アルベールがぴくりと反応した。クリアリクとは都市の名で、カント・レギウム領内に存在している。その決断がシズナにどんな意味をもたらすのか、彼はその点が気になった。


「それはお前一人でか?」

『はい』


 シズナの返答にアルベールは深い溜息をついた。


「シズナ。お前なら分かっているだろうが敢えて聞く。それはもう戻れなくなっても構わないという意思表明か?」

「は?」


 まだ事情を知らないテオにとって、アルベールの言葉はまさに寝耳に水だった。彼にはシズナの伝えてきたことが、戻れなくてもいいなどという意味には取れるはずもないからである。


「大師匠様、それはどういう意味ですか?クリアリクとは、それほど危険な場所ということですか?」

「いや、あそこはこの世界でも屈指の安全な場所だよ。だがシズナに限って言えば、そうも言えねえ事情がある。なあ?シズナよお」


 アルベールは敢えてシズナを咎めるような口調で言った。先程のテオの反応を見て、まだ詳しい事情を彼女が打ち明けていないことを知ったからだった。


 シズナはカント・レギウム国王の血を引いており、かつ現在その国の王から追われる身である。彼女がカント・レギウム領内へ足を運ぶことは危険極まりない行為で、その場所がクリアリクとなると、アルベールは更に穏やかではいられなかった。


『師匠、それは…』

「お前がテオに黙っていたい理由は何となくだが理解出来る。だがお前はこいつを魔法使いにするっていって師匠になることを決めたんだろ。ならいつまでも説明せずにいるのは不義が過ぎるぞ」


 二人の間に流れる剣呑な空気に、テオはただうろたえる他なかった。アルベールは明らかに怒りの色を隠す気がない。シズナは引け目を感じながら、なお明かすことをためらう。しかし、やがて観念したように彼女は手を動かし始めた。




 テオは改めてシズナから自己紹介をされることになった。今度は身分を包み隠さないものである。


『テオくん。私の正式な名前は、シズナ・ルノ・ヴェール。私は現カント・レギウム国王オーディス12世ジュリウス・ルノ・ヴェールの実の娘なの』


 それはテオにとって、衝撃的な告白であった。カント・レギウムが内環諸国で一番の大国であることは周知の事実で、彼も例外ではない。


「つ、つまりお師さんは、お、お姫様ということですか?」

「いいや違う。シズナは認知こそされてるが、母親の身分が他の側室に比べて低い。姫君扱いはされねえよ」

『師匠の言う通りで、母も私もそんな大層な身分じゃないの。私たちはほぼ軟禁されて生活していたし、父に会う機会なんて殆どなかった。他に沢山いるはずの兄弟姉妹の顔も名前も知らない。私たちは、本来切り捨てられたようなものだったから』


 シズナがジュリウスの実子であることに間違いはない。しかしその扱いは平民以下で、王家の表舞台とは無縁の生活を送らされていた。それには彼女の位の低さが当然関係していたが、それ以上に重大な理由があった。


『私はこの通り、生まれつき声を発することが出来なかった。魔法の力が国力に直結する内環諸国にとって、それは致命的な欠陥だったの、国王の血筋の子なら特にそう。前にも教えたよねテオくん、魔法は本来―』

「呪文の詠唱がなければ使えない…」


 手話に続く言葉をテオは呟くように口からこぼした。頷くシズナに代わって、今度はアルベールが話を主導する。


「魔法を使える可能性がない子が王族にいるってのは、カント・レギウムからすると醜聞もいいところだ。シズナは本来、認知されるどころか秘密裏に処理されてもおかしくなかった。だが理由は分からんが、国王様であらせられる親父が強権を使ってそれを止めた。それで与えたのが不自由極まりない生活ってのは、まったく笑えない話だけどな」


 処理とはシズナのことを殺して、そもそも生まれなかったことにしてしまうことを指している。カント・レギウム国王は統治者である以上に、優れた魔法の才を持ち合わせたものでなければならなかった。


 シズナの抱えている障害はその才を根本から否定するものであり、将来の展望などそのことが発覚した時点で望めない。魔法を使えない子を身内に抱えることは、国王にとって決して良いとはいい難い。


『私はその後師匠と出会って、魔守りの里で育って、魔法を教わった。私たちは魔法を使えないというだけで、不当な誹りを受けていた。カント・レギウムの魔法使いたちからは、特にその傾向が強かった』

「国王の血統なのに平気で迫害されるんだ。内環の人間にとって魔法ってのがどれだけ盲信、狂信されてるかよく分かるだろ。俺様がシズナを連れ出した時、国と国民は何も言わなかったよ。売れ残りが捌けて清々するくらいにしか思ってなかったんだろうな」


 酷いと、テオは憤りを感じた。しかしこの場で自らの感情を喚き立てる意味がないことは分かっていた。湧き上がる怒りを向ける相手はシズナやアルベールではなく、国王や国民であるべきだった。


 だが例え国民にそう訴えかけたとしても、一笑に付されて終わるのも目に見えていることだった。価値観がまったく違うのだ。根底から意識改革がされなければ受け入れられるはずもない。そしてそれが成されるとしたらどれほど時間がかかるのか、テオには想像もつかなかった。


「しかし奴らにとって無価値の存在だったはずのシズナを、国王はこれまたどういう訳か知らんが今になって必死に追い回している。ジュリウスの思惑はさておいて、それが事実だ。お前たちを襲った奴らも、シズナの捕縛が目的だったんだろ。常に狙われてるんだよ、シズナは」

「あれもそういうことだったのか…」

「で、魔法が使えない今のお前が、カント・レギウムのお膝元にあるクリアリクに行くだって?そんなの抵抗も出来ずに捕まるぞ。テオ、俺様の言いたいことは分かったな?」


 リスクを十分承知したテオがアルベールの言葉に頷いた。どんな理由でシズナがそこに赴くと決めたにしても、彼女が捕縛されてテオが一人取り残される可能性があるということを知っておく必要があった。これがアルベールが不義だと怒った理由である。




 シズナの秘密を打ち明けた上で、アルベールはやっと話を元に戻した。


「クリアリクに行くのは、魔法を再び使えるようにするためだな?」

『そうです』

「すみません大師匠様。どうしてそんな話になるのか、俺にも教えてもらえませんか?」


 事情を知らぬテオにとって、二人の会話はさっぱり意味が分からなかった。アルベールは何も意地悪をしていた訳ではなく、突拍子もなく知らされたシズナの行動方針に、うっかり説明することを失念していただけである。


「ああ悪い悪い、つい話を先に先に進めちまったな。クリアリクはカント・レギウムで最大規模の魔法研究施設があるんだ。要するに魔法学の最先端を研究している場所ってことだ」

「ではそこにお師さんの魔法を取り戻す何かがあるということですか?」

「どうなんだシズナ?」


 聞かれてシズナは頷いた。そして手話で続ける。


『この提案と相手方に交渉をしてくださったのはハワード様です。そこで相手方が出した条件が、私一人で護衛などもつけないというものだったんです』

「ハワード爺さんの伝手ならそう悪くねえ話だとは思うが、一人でってのが気になるな」

『でもこのままここに居ても魔法を取り戻すことは出来そうにないんです』

「危険を承知で行くしかねえってことか…」


 アルベールは苛立ちを隠さず、ガシガシと頭を掻いた。そしてテオに視線を向けた。


「テオ、お前はどう思う?」


 テオにシズナの行動を決める権利はない。ましてそれが魔法の力を取り戻すためであるならなおさらだった。それでもアルベールが彼の意図を汲もうと仕向けたのは、二人の間に芽生えている絆に対する礼儀である。


「俺は…正直なんとも言えません。だけどお師さん、これだけは守ってほしいことがあります。絶対に、絶対に無事に戻ってくると約束してください」


 その約束は何の効力もない無意味になものだった。しかし、シズナの覚悟と決意を後押しするには十分な効力はあった。


『うん。私は必ずテオくんの元に帰ってくるよ。まだまだ教えたいことが沢山あるからね』

「なら俺も安心出来ます。気をつけて行ってきてください、お師さん」


 こうして不安を残しながらも、シズナのクリアリク行きが決まった。二人が結んだ小指が中々離れないのを見て、アルベールは呆れ顔でため息をついた。

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