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言無しの魔女  作者: ま行


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テオの修行 その3

 テオはアルベールからとある魔法を一つ教わった。それは魔法使いにとって必須の魔法であり、どんなに能力が低かろうが必ず習得させられる魔法であった。


 その魔法が重要であることは言わずもがなであったが、それ以上に特殊な要素を数々と兼ね備えるものでもあった。しかしひとまず、アルベールはその特殊な事情については言及しなかった。


「どうだ、体に馴染みそうか?」

「少し杖を持つ手が重い気がします」

「そうか。まあそれはお前用に調整したものでもないからな、ちゃんとしたものを作れりゃ話は別なんだが、ないものねだりをしたところで今は仕方のない話だ。取り敢えずそれを使っておけ」


 テオはアルベールから杖を貸与されていた。一度の魔法の使用で壊れていては練習にならないからである。


 しかし長さにして30cm前後の杖を、決して非力ではないテオが重く感じるのは、杖の素材の影響などではなかった。むしろアルベールが貸し与えた杖の重さは、通常の杖よりもはるかに軽いものであった。


 何故テオがその杖を重く感じるかと言うと、魔法の属性と同じように、人と杖にも相性というものが存在するからである。杖の素材や、芯材、作業工程で杖の仕上がりが千差万別であり、使い手も杖も人を選ぶのが特徴だった。


 本格的に自前の杖を用意するならば、職人に作業を依頼するか、自らの手で作り上げるかのどちらかが好ましい。しかし、そのどちらの方法も高額で、後者は特に自らの知識と技術も必要とされる高度な方法であった。


 体に馴染まない杖だからと言って、魔法の行使に大きく制限がかかる訳ではない。アルベールはその問題はまた別に考えることにして、今はテオの指導に専念することにした。


「じゃあ教えた通りにやってみな」


 こくりと頷いたテオは集中すると、杖を掲げて詠唱を始めた。


「八属が原質げんしつ。守れ。幾何の方盾!」


 詠唱を終えると同時に、杖との間を少し空けてマナで形成された正六角形の盾が一枚だけ出現した。魔法の発動を喜ぶテオだったが、アルベールの方は淡々と話を進めた。


「よし。一枚程度で頼りないが、そいつが魔法使いにとっての万能の盾、防御魔法の幾何の方盾だ。そいつは魔法だけじゃなく、物理的な攻撃にも鉄壁の防御力を誇る。何かと便利な魔法だ」

「でも大師匠様、俺の適性属性は火ですよね。どうして適性のない無属性で発動させるんですか?」

「適性はあくまでも適性で、他属性の魔法の使用を限定するものじゃあない。むしろ適性にとらわれて、他属性のマナ操作を怠るのは愚かだ。確かに適性や相性ってモンは存在するが、自ら選択肢を狭めるなんて馬鹿げてることだぜ。ただし、幾何の方盾に限って言うなら、属性の組み合わせはほぼ限定される」


 アルベールは試しに火属性で幾何の方盾を唱えてみるように言った。テオが言われた通りにすると、正六角形の縁に火が走る盾が出現した。しかし高熱を帯びた盾はあっという間にマナを使い果たし、魔法の発動は短時間で終わってしまった。


「消えた…」

「今見た通り、火属性のマナは持続力に欠ける。盾として使うには心許ないし、そもそも他属性に比べて盾はあまり強固じゃない。このように自分の適性属性が必ずしも発動させる魔法の最適解とはならない。理解したか?」

「はい。漫然と属性を選択するのではなく、目的に合わせた組み合わせが重要ということですね」

「その通りだ。では次の段階に行くぞ」


 そう言うとアルベールは、テオが集めてきた小石の詰まったバケツを手にし、十分に距離を取って離れた。そしてテオに杖を構えるように告げた。




「いいかテオ。これから俺様は、集めてきたこの小石をお前に投げる。条件として、俺様はここから動かない。お前は俺様の狙いをよく見て、小石を避けるか幾何の方盾で防ぐかを瞬時に選択しろ。投げるタイミングは教えないし、いつ止めるかも言わない。お前はとにかく小石から身を守ることに専念すること。いいな?」

「分かりまし…ッ!!」


 了承の旨を伝えきる前に、テオの顔めがけて小石が飛んできた。咄嗟に避けることは出来たが、いきなりアルベールが狙ったのはテオの目であった。


「確かにタイミングは教えないって言ったけど!いきなりこんなッ!」


 そんな文句も心の中でのみ空虚に響くばかりで、テオは次々と飛んでくる小石の対処に必死であった。魔法の詠唱をするタイミングなどなく、避けることで精一杯であった。


「どうしたどうした。俺様は避けるか防ぐか選択しろって言ったぞ。避けるばっかりで魔法は使わんのか?」


 そう言いながらもアルベールの投石は止まることはない。その上これまではテオの体を狙うものばかりであったが、その狙い方が急に変化した。


「ぐッぅ!!」


 アルベールはテオが避けた方向を狙って小石を投げた。すでに動作が終わったところへ投げ込まれた小石を避けることは出来ず、また咄嗟に幾何の方盾を詠唱するだけの技量もないテオは、脇腹に小石が直撃した。


 怯むテオに更に小石の追撃が飛んでくる。アルベールに容赦はない。小石は額をかすめて切り裂き、小さな傷であったが血がよく出てきて目まで垂れた。片目の視界が塞がれた状態でも投石は止まらない。


「そらそら、その程度の傷じゃあ俺様の手は止まらんぞ。敵がお前の事情を考慮してくれるのか?血が出てるね、可哀そうだねって攻撃をやめてくれるか?」


 その場で答えることは出来なかったが、テオは心の中で「やめる訳がない」と答えた。むしろ負傷につけこんで攻め手を激しくするに決まっている。そのくらいの道理はテオも心得ていた。


 しかし今はそんなことを考えている暇はなかった。とにかく一撃でも幾何の方盾で防ぎたい。テオはその一心で集中力を高めた。




 ボロボロになったテオが疲労で倒れた後、ようやくアルベールは投石を止めた。結局テオは、一度も幾何の方盾を使用することが出来なかった。地面に倒れ伏し、息を荒らげるテオにアルベールが近づいた。


「じゃ、今日はここまでな。飯と酒の用意はしっかりと頼むぞ。ああ、それと風呂を沸かすのも忘れるなよ」


 アルベールはテオの返事を待たないまま、ひらひらと手を振って立ち去っていった。残されたテオは息を整えると、残った力を振り絞って立ち上がる。


 しかし完全には体に力が入らず、疲労からふらふらとして姿勢が定まらない。バランスを崩して後ろへ倒れそうになったところで、何者かがテオの背を支えた。振り返った先にいた人を見て、テオはパッと表情を明るくした。


「お師さんっ!」


 シズナのお陰で転ばずに済んだテオは、体勢を立て直すとシズナに向き直った。


「すみませんお師さん、助かりました。でもどうしてここに?」

『師匠がテオくんの面倒を見るって言ったから、本当は私はあまり口出しするべきじゃないんだけど、どうしても心配になってメグにここのことを教えてもらったの』

「そうか、メグさんが…」


 一度立て直したテオだったが、やはり疲労からまだ足元がふらついた。そこをシズナが支え、十分に休ませるためにもう一度横たえさせ、テオの頭を自らの膝に乗せた。


「何だかこうしてもらうのは久しぶりですね、お師さん」


 テオの言葉にシズナは優しく微笑みかけた。二人の間にとても穏やかな時間が流れる。魔守りの里へ来てから、二人は一緒に過ごす時間が殆どなかった。だから自然と笑みがこぼれた。


 シズナは膝に乗せたテオの頭を撫でた。そして負った傷に眉を顰める。シズナは自らの師のアルベールに絶対の信頼を置いている。なので修行の内容については言及が出来なかった。


『テオくん、痛くない?』

「全然大丈夫…って言うと嘘ですけど、どちらかと言うと疲労の方がキツいです」

『どんなことしてるの?』

「えっと―」


 テオはどんな修行をしているのかをシズナに語った。小石を集める作業、教わった幾何の方盾の魔法、集めてきた小石を投げつけられ、ひたすらそれを避けるか防ぐかの判断を選択させられる。一通りの話を聞いた後、シズナは少し懐かしそうに目を細めた。


『その修業、私もやったよ。でもテオくんはすごいね、私は小石を集める作業に合格するまでに何日もかかったのに』

「お師さんも同じ修行を?…大師匠様はお師さんにも小石を投げつけたんですか?」

『そんな怖い顔しないで、私が望んだことなんだから。怒ってくれるのは嬉しいけど、それだと私も師匠に怒らないといけないでしょ?』


 それでもムスッとした表情をするテオに、シズナは困ったように眉尻を下げた。テオが体を起こすのを手伝うと、二人は膝を突き合わせて対座した。


『師匠には師匠の考えがあるから私は敢えて何も言わない。だけど、意味のないことをする人じゃないから、そこは信頼してほしいな。師匠を信頼出来ない時は、私を信じて』

「それは大丈夫です。大師匠様のご指導は俺に必要なことだって分かっているつもりです。ただ、その、お師さんが同じ目に遭っていたと思うと、何だか…」


 テオは実に素直な性格だ。しかしそれは少々傲慢とも言えた。それでも師を敬愛する心は真のものであった。それが分かっているからシズナも素直に好意を受け取れる。


『家に帰る前に薬をもらいに行こうか。傷によく効く薬を作ってくれる人を知ってるんだ。昔私も、よくお世話になった人だよ』

「…っ!そうか、お師さんも俺と同じ修行をしていたからですね」


 二人はふっと顔をほころばせた。それは互いに張り詰めていた空気が一時でも解けた瞬間だった。

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