人と魔を分かつのは その3
魔法が使えなくなったシズナはその原因を探るため、魔守りの里にて厳重に封じられている過去の記録と記憶を辿っていた。里長ハワードから紡がれる言葉は、識の揺籃に溶け込む記録と記憶が相まって、当時の出来事を追体験しているかのような感覚であった。
生まれながらにして魔観を宿した四人の運命の子。互いが引き合わされたことで今まで感じてきた孤独からようやく解放され、運命の子同士で活発に行われた研究は、内環諸国の現在の地位を確立するに至る魔法の基礎を作り上げた。
しかし魔観を完成させるところまでは協力的であった運命の子たちは、次第に四人だけの世界と殻に閉じこもるようになっていった。その理由は不明のままだが、運命の子たちは四人だけで独自に魔法の研究を進め、まったく新しい魔法を開発した。
それは呪文による詠唱や構築式によるマナの制御を必要としない、念ずるがままにマナを操って魔法を行使するものであった。言葉どころか、杖や魔道具などの触媒も必要なく、いうなれば運命の子自身が魔法の化身の如き存在であった。
そして運命の子たちはある日突然、内環諸国の人々に叛いて大勢の死者を出した。それは魔法に希望を見出していた人々にとって非常に衝撃的な出来事であり、甚大な被害と精神的なダメージを与え、癒えぬ深い爪痕を残すことになった。
このことは「魔人の乱」と呼ばれ、魔法学の汚点として封じられることになった。
シズナはハワードに、あることを質問した。
『ハワード様。どうして運命の子たちは突然叛意を示したのでしょうか?そして何故、その理由の一端も記録されていないのですか?』
シズナの疑問はもっともであった。運命の子たちは孤独ではあったものの、非道な扱いは受けなかった。それは子どもの頃から徹底されていた。
内環諸国の人々には魔法が必要であった。運命の子たちはそのことを理解していたし、自分たちの役目も弁えていた。魔観を完成させるまでは、運命の子たちが協力を惜しむことはなかった。
考え方や態度を急変させたのには理由がある。そう考えることは自然なことだった。ただ叛くだけではなく、多くの人々の命を奪ったのであれば、そうさせるだけの思想があって然るべきであった。だがそれを記録することが出来ない理由があった。
「…シズナよ、正直儂もこのことをどうお主に伝えていいのか分からんのじゃ。だから今はただ事実だけを述べるとする。当時の人々が運命の子らとの意思疎通が十分に出来なかったのは、四人全員がお主のように、生まれつき言葉を発せぬ子たちであったからなのじゃ」
それは今まで聞いてきた話の中で、シズナにとっては一番衝撃的な真実であった。運命の子と自分が同じ問題を抱えていた。どう受け止めるべきかシズナは激しく動揺した。
「運命の子たちの主なコミュニケーション方法は筆談じゃった。当時手話は存在しなかったからのう、致し方ない側面もある。しかし、何かを伝えるという行為に多大な苦悩を抱いていたことは想像に難くない」
手話をもってしても、シズナは意思疎通に難を感じている。テオのような理解者はともかく、シズナの抱える問題にすべて寛容である人はそう多くはない。シズナとの関わり合いが少ない人ほど、特にその傾向が強くなるのも自明の理だ。
そもそも言葉が通じていても、円滑に意思疎通が出来るとは限らない。それほど人と人のコミュニケーションというのは難しいものである。そこに自分と同じように高い障壁があったのなら、シズナはそう考えると、運命の子たちが何を考えていたのかという記録が残らなかったのも、自然に当たり前だと思えた。
「これは儂の想像に過ぎんが、魔人の乱は、運命の子らが何かを必至に伝えようとした結果だったのではないかと思うのじゃ。そして致命的なすれ違いが生じ、事態は悲劇に傾いてしまった。いや、これは少々感傷的すぎるかの。ただただ溜め込んできた不平不満が爆発したという可能性だって十分ありうる。いずれにせよ、真相を知ることはもう出来んのじゃ」
ハワードはそこでシズナとの会話を止め、再び本を開いた。
運命の子たちが起こした魔人の乱は凄まじい勢いであった。猛攻を続ける運命の子たちを止めるべく、内環諸国の人々は団結せねばならなかった。知恵を出し合い、議論を尽くし、研究を更に推し進めて対抗策を次々に打ち出していった。
しかしそれでも運命の子たちには遠く及ばず、圧倒的な威力の魔法の前に倒れていく人々が続出した。そして留まることを知らない戦火は内環諸国だけではなく、徐々に外環諸国にも波及し始めた。
魔法の研究が進められていない外環諸国の方が、運命の子に対してなすすべがなく被害は尋常ではなかった。名だたる外環の大国がどんどんと支配地域を追われていき、ついに外環の端にまで追いやられることになった。このことは外環諸国の力を大きく弱めることになる。
魔人の乱はもはや内環と外環の垣根などなく、人類全員が協力して事に当たらなければならない規模であった。しかしすでに怨嗟の根は深く広く張ってしまっており、内環の人間は助けを求める外環の人間を拒絶した。かつての自分たちの仕打ちが、最悪の形で外環に返ってきた。現在に至るまでの外環諸国の凋落はここより始まった。
しかしあくまでも運命の子らの攻撃目標は、内環諸国に向けられていた。外環諸国の人間が殺されたのは、もののついでという他に表現のしようがなかった。
内環諸国の魔法研究は、喫緊の脅威に対抗するため更に加速していった。もはや倫理観などはかなぐり捨て、あらゆる非人道的な実験も行われた。そうでもしなければ運命の子らに滅ぼされる未来しかなかったとはいえ、これらの行為は人道を冒涜せしめるものであった。
だがその甲斐もあり、魔法学は急速に発展を遂げていく。そしてついに、運命の子に対抗する力を持つ四人の魔法使いと魔女が表舞台に立った。この四人は後の世に、カント・レギウム、アウレリア王国、森域連合、ノクディシアの四大国を建国する、偉大な祖と呼ばれる者たちである。
偉大な祖たちは、傑出した魔法の才覚の持ち主なのは勿論のこと、運命の子たちが用いる魔法より、遥かに威力と精度の高い魔法を操ることが出来た。運命の子が用いる魔法を原始的と例えるならば、偉大な祖たちが用いる魔法は先進的なものであった。
偉大な祖たちは研究のすえ、呪文や触媒、構築式などの理論体系を確立させ、マナの操作技術をより洗練させた。これは運命の子たちのような直感的なマナ操作は不可能なものの、精度と安定性を高め、呪文によって他者との連携も可能なものとした。
運命の子たちの魔法は確かに優れたものではあった。しかしこれは、運命の子たちにのみ使用出来るものであった。偉大な祖たちが確立させたものは、特別な素質を必要としない、誰もが運命の子と同等かそれ以上の魔法を操ることの出来る技術であった。
魔の力も上回れ、数の有利もない運命の子たちが討伐されるのは、そう時間のかかるものではなかった。
「その後、偉大な祖を中心とした内環諸国の人々の手によって、運命の子たちはその生涯を終えた。何を思い、何を考え、魔人の乱が起こされたのかは分からぬ。もはやそれは歴史の闇へと葬り去られた」
『それが魔人の乱…そして皮肉にも魔観の完成に尽力した運命の子の動乱が、その後の魔法学の進歩に大きく貢献した…』
「そうじゃ。結果的に魔人の乱が偉大な祖を生み、四大国建国の礎となった。しかしこれはあくまでも結果論。儂らがこの記録を辿った理由は、魔法使いとは、文字通り魔を使うものであり、魔を思うままに操るものではないということを知るためじゃ」
ハワードは宙を手招きすると、更に一冊の本を引き寄せた。それを開く前に、ハワードはシズナの目をじっと見つめた。
「よいかシズナ、今から話すこと、これは決して今のお主の状態を指すものではない。しかし、どう聞いてもそう取れるやもしれぬ。こんな前提を話すこと事態が誤りなのかもしれんが、事実として聞きなさい」
その言葉は重くたどたどしいものであった。そこかしこに戸惑いや迷いが見られ、ハワードが言うべきか否かを直前まで躊躇させていると、シズナにはそう感じられた。
『大丈夫です。聞かせてください』
シズナの意思を確認したハワードは、深く頷いた。そしてゆっくりと本を開いた。
「運命の子らの主義主張を知ることは出来なんだが、何故他の者たちと違う魔法を使うことが出来たのかは解明された。偉大な祖らが主導し、物言わぬ屍となった運命の子らの遺体を解剖し研究材料に用いることで、通常成し得るはずのない魔法を操ることが出来た理由を探ったのじゃ」
その行為の是非について、シズナには多分に思うところがあった。しかし、過去の出来事に学ぶことは出来ても、それを是正することは未来に生きる人間には決して出来ない。シズナは押し黙る他なかった。
「そうして分かったことが二つ。運命の子らの体に、中身にも外身にも変化が見られたということ。その変化の仕方に、魔物化と共通するものが多数見受けられたことじゃ」
『それはつまり、運命の子たちは魔物と化していたと?』
「いいや違う。もしそうであったならおかしな点がある。魔物化に際して必ず起こる現象に、知性の低下と理性の消失が上げられる。運命の子らが魔物と化しておったのであれば、人に反撃の隙など与えず、一気呵成に攻め滅ぼしておったじゃろう。運命の子らは足掻く人々のことをよく知っている。自分たちもその当事者だったのじゃからな」
『…そうか。それに運命の子たちは、外環諸国の人間を外側に逃がす暇を与えている。魔物と化しているなら、その分別をつけるはずがない』
魔物はマナの影響を強く受け、通常の生物よりも強力な力を持つ別種の個体と変化するが、その分思考力は著しく低下する。人を攻撃目標と定めたとしたら、一人残らず殲滅せしめるのが当然であった。
だが魔人の乱で重点的に攻撃を受けたのは内環諸国である。つまりいたずらに外環諸国まで戦火を広めはしたものの、運命の子たちは外環諸国のことを軽視していた。巻き込むことに躊躇はしなかったが、同時にいくら死せども興味はなかったのだ。
「そういうことじゃ。運命の子らには確かにマナの影響による魔物化の兆候が見られた。しかし、それはとても限定的であり、むしろマナの影響による変異を自らの力に変えていたと見られた。それはまさに、人と魔の融合がなされたものと言える。重大な共通項に、魔物の中には魔法を使う個体もいるが、奴らは詠唱を必要とせんものがおる。こうして判明した事実を重ねていくと、ある一点の事実に収束する」
『通常の魔物化とは違う、マナと人の融合がなされた別の存在の可能性ですね?』
「うむ。そしてそれを当時の人間は、魔人と呼称することに定めた。これが魔人の乱の名の由来じゃ。人でも魔物でもない、魔人という前例。これがいかに危険であるか、シズナには分かるじゃろう」
示された魔人という存在に、シズナは驚きを隠せなかった。しかしこれで判明した事実は重大なものであった。
人には詠唱などの縛りを必要とせず、魔法を行使出来る可能性が秘められている。もしも完璧な形で魔人の存在が成し得たなら。それは考えるだけでも空恐ろしいものであった。
同時にシズナは自らのことが恐ろしくなった。仮に今の自分が運命の子と同じように魔人に近づいているのだとしたら、自分は人とも魔物とも呼べない存在に成り果てる。ただでさえ多くの孤独を抱えるシズナは、この上人の道からも逸れるということは考えたくもないことであった。




