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言無しの魔女  作者: ま行


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覚悟

 アルベールの要求を叶えるため、メグの案内で魔守りの里から外に出たテオ。そうして連れられて来たのは、世界樹教の総本山の聖都アルドラであった。


 大国の大都市をその目で見る経験が初めてだったテオは、どこを見ても圧倒されるその景観に目を奪われていた。まるで自分が、まったく異なる世界へといつの間にか渡ってしまったのではないか、そう思わされるほどであった。


「メ、メグさんっ!あれ!あれは何ですか!?」


 大通りを行き交う人々の頭上を、箱状の乗り物が静かに素早く飛んでいった。テオにとって、空を飛ぶ乗り物を見ただけでも大層な驚きであったが、それが何台も絶えず列をなして飛び交っていることにも驚いた。


「ありゃマナライナーって乗り物だ。マナで作られた空にあるラインに沿って進むからマナライナー。案外単純な名前だよな」


 名称は単純でも、マナライナーは都市交通の要であり、一度に多くの人々を安全に素早く国内のあらゆる場所へと運ぶことが出来た。宙に浮いているので道を妨げるものも少なく、運行が止まることも些細な遅れを起こすこともない。人々の生活の足として使うのに、これ以上なく高水準なものであった。


「そんなに気になるなら乗ってみるか?」

「えっ!?いいんですか!?」


 テオは空を見上げながらあからさまに目をキラキラと輝かせていた。そんな様子を見かねて、メグはそう提案した。


「あっ、で、でも、あんなにすごい乗り物なら、乗るのにもお金がかかるんじゃ…」

「それなら心配ねえよ。あれには無料タダで乗れる。国民だろうが旅行者だろうが、誰が利用しても構わねえんだ」

「無料っ!?そんな馬鹿な!!」

「興奮するのは分かるけど、一度落ち着きなテオ。さっきから声が大きすぎて目立ってるぞ」


 メグに促され周りを見渡したテオは、確かに自分が奇異の目で見られていることに気がついた。中には初めての景色に興奮するテオの姿を見て、くすくすと小さく笑うものもいた。そこでようやく、浮かれきっていた自分を自覚したテオは、途端に恥ずかしくなって体を縮こませた。




「うわぁ!すごい!」


 マナライナーに乗り込んだテオは、車窓に張り付いて外の様子を眺めていた。高速で移動するマナライナーの景色はどんどんと移り変わっていった。一瞬でも目を瞑ろうものなら、次に目を開けた時には別の景色に変わっている。こんなに面白いものはいつまでも見ていられるとテオは思った。


「すごいですよメグさんっ!本当に空を飛んで動いてます!」

「ああうん。分かった分かった。分かったからマジで落ち着けってば」


 メグはいよいよテオの行動に羞恥心を抱き始めていた。それは幼き日の自分の姿と重なって見えたからだった。メグも散々マナライナーに乗りたいと駄々をこねて両親を困らせ、テオと同じように車内で人目も憚らずはしゃいでいた。


 その時、メグの両親は他の人もいるから静かにするようにと注意だけして、それ以上は水を差すまいとメグの自由にさせた。しかし微笑ましくメグを見つめる口元は、ひくひくと引きつったものであった。


 両親の心境を今更ながら身をもって理解したメグは、その後も何度かテオを座席に座らせたが、我慢できなくなったテオがもう一度窓に張り付いて外を見るの繰り返しであった。ついには自分が諦めたところまで、メグはまったく自分が両親の行動をなぞっていると苦笑いをした。


 マナライナーを乗り継いで移動し、テオとメグは必要な用事を済ませた。後は空間転移の魔法で帰るだけだったのだが、最後にもう一度マナライナーに乗りたいとテオにせがまれ、二人はもう一度マナライナーに乗り込んでいた。


 しかしとうに興奮から覚めて冷静になったテオは、はしゃぐのを自重して大人しくしていた。それは乗り心地を堪能するだけでも十分な満足が得られたのも理由の一つである。更に言うと、テオにはメグに聞きたいことがあった。


「メグさん、ちょっといいですか?」

「ん?何だ?」

「俺たちって空間転移の魔法でアルドラに入国しましたよね?あれって大丈夫なんですか?」


 テオの質問に、対面に座るメグはニヤッと笑みを浮かべた。


「中々いい質問するじゃあねえかテオ。あたしがさっさと答えてやってもいいんだが、それじゃ芸がない。だから質問を質問で返して悪いが、テオはどう思う?」

「どう考えても駄目だと思います。だってこんなことを許していたら、空間転移魔法が使える人はこの国のどこにでも入り放題じゃないですか。不用心なだけではなく危険ですよ」

「うん、テオの考えは概ね正しい。空間転移魔法での入国は、原則どこの国でも禁止されてるし、その決まりを破ればほぼ即死刑ってことになる。まあ、そもそもこういう大国は、自国内に転移魔法の使用を制限する対策をしているもんだ。普通だったら入ることも出ることも出来ないだろうな」


 メグの説明を聞きながら、テオはうんうんと頷いた。そして話の続きが聞きたいと、目を輝かせている。メグはテオの真摯な姿を見て、少しシズナの気持ちが理解出来た気がした。


「だが魔守りの里と聖都アルドラの間だけは例外なんだ。あたしらと世界樹教は、魔守りの里の守護と存続って目的が一致している。だから里長と守り人に限っては、こうして転移魔法を用いた自由な出入りが認められてるんだ。今回のおつかいみたいに、里にとって必要な物資の調達もしなきゃなんねえしな」

「ううん、でもそれだけだと理由として弱いような…」

「ああ、勿論それが大目的じゃない。もっと大事なことは、もし魔守りの里が何らかの理由で壊滅するような危機に瀕した時、里と住人を丸ごとアルドラに避難させるのが本来の目的なんだ」


 里ごと避難させる。そこまで大規模な想定がなされているとは考えつかなかったテオは目を丸くさせた。


「そんなことを想定するということは、里を狙う何者かがいるってことですか?」

「一口にそうとも言い切れないが、狙う価値があるのも事実だ。だが里が守ってるモンは、どこか一つの勢力に渡す訳にはいかない。だからどんな奴だろうが手出しが出来ねえように、里はあらゆる手段を講じている。それも難しいってなった時の最終手段が里の転移だ。この例外は、あくまでも大目的の副次的なおまけってところだ」


 魔守りの里の守護と存続。里と世界樹教の思惑が一致しているゆえに、里長と守り人のみが空間転移魔法での入国が許されている。理屈はこれで分かったが、テオはある矛盾点が気になった。


「でもメグさん。里が守っているものをどこか一つの勢力に渡すことは出来ないんですよね?それには当然、世界樹教も含まれていないと不公平では?」

「…そうだな。それはテオの言う通りだ。だからあたしら里の人間と守り人はその最終手段を使わないようにしないといけないし、そのための努力も怠っちゃならねえ。世界樹教には世界樹教の思惑もあるだろうけど、四大国の中で一番里が守っているものを悪用しない、いや、出来ないのが世界樹教なんだ。だからあたしらはこの矛盾を無理やり飲み込んで、まだマシな奴らと手を組んでるってわけさ。それが最善じゃないと知りながらな」


 メグのその言葉に、テオは大師匠アルベールのことを思い出していた。アルベールはテオに、状況や立場によって自らの理念や自由な思想が強制的に排除されることを説いた。一度レールの上に乗せられたら最後、外れることは許されない、贖えるとしたら死をもってのみであると教えた。


 それぞれに正しさとそれぞれの事情がある。そのことを考慮せずに、ただ自分が正しいと思うことを相手に押し付けるのであれば、それは形は違えど、今までテオが見てきた魔法使いたちの不正や犯罪のエゴイズムと変わらないとテオは考えた。


 テオは自分には知識が必要だと思った。少なくとも、自らの正しさを照らし合わせて考えられるだけの知識が必要だった。それと力が必要だと思った。自らの信念を正しいと思うのであればこそ、より強大な信念の前に簡単には屈さずにいられる力がないと、ただの無意味な戯言に終わってしまう。更に知恵が必要だと思った。これから先、知識の道具箱を一杯に詰め込んだところで、道具の使い方を知らなければ宝の持ち腐れだと悟った。


「…メグさん」

「どうした?」

「そろそろ降りましょう。里に帰って、やらなきゃならないことがあるんです」

「そうか。でも気に入ったんだろ?帰るのはすぐに出来る。もっと乗っていかなくていいのか?」

「正直言うと名残惜しいです。だけどいつか、自分の足でここまで来られるようになりたい。その時に乗るマナライナーの景色は、きっともっと格別なものになると思うんです」


 メグは小さく優しげな声で「そうかもな」と呟いた。二人は席を立つと、次の駅でマナライナーを降りた。そしてそのまま聖地アルドラを後にするのであった。

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