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言無しの魔女  作者: ま行


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テオの修行 その1

 シズナとハワードが識の揺籃に籠もり、そこに封じられた記録を追っている時。テオはシズナの師、アルベールの指導を受けることになった。今はアルベールが鳴らす義足のカシャカシャとした独特な足音についていき、テオは里の森にある広場へとやってきた。


「懐かしいな。昔ここでシズナに修行をつけてやったんだ。そん時はまだちびだと思ってたのになあ、少し見ねえ間にいっちょ前のいい女になりやがって」

「ここでお師さんも修行を…」


 そう思うと、テオの感情は否が応でも高揚した。かつて師が修行した場所に自分も立っているのだと、アルベールの指導に前向きな感情を抱けなかったテオも乗り気になってきた。


「大師匠様!早速始めましょう!」

「そうだな。お前さんもやる気みたいだし、やってやるか」


 アルベールはそう言うと、この場所を訪れるにあたり、テオに持たせていたバケツを指さした。何が始まるのだろうとわくわくと胸躍らせるテオは、バケツを体の前で抱えて指示を待った。


「じゃあそのバケツが一杯になるまで、この辺の小石を拾い集めてこい」

「はい!…はい?」


 小石を拾い集める。アルベールの言っていることの意味が分からず、テオは小首を傾げた。正確には言っていることは分かるのだが、それが魔法の修行とどう繋がるのか、まったく見えてこなかった。


「聞こえなかったのか?小石を拾い集めろっつったんだよ。言っとくがデカい石でかさ増しすんなよ。いや別にしてもいいけど、それで後から泣きを見るのはお前だからな。それと、制限時間はこの砂時計が落ちるまで。三分経過するまでにバケツを小石で一杯に出来なかったら、今日の修行はそこで終いな。じゃ、始め」

「あ、ちょっ…!!」


 テオに質問の暇も与えず、アルベールは無慈悲にも砂時計をひっくり返した。流れ落ちる砂を見て、テオは慌てて駆け出した。




 必死になって小石を拾い集めるテオであったが、作業は思っていた以上に難航していた。


 小石を拾い集めること自体は容易なことだった。黙々とした単調な作業が続くが、元よりテオはこの手の作業に慣れていた。しかしそこそこ深さのあるバケツと、三分という時間制限、集めるのは小石ばかりで一向に中身が嵩まないと、状況がテオを心理的に追い詰めていく。


「はい終了。戻ってこいテオ」

「え?も、もうですか!?」


 アルベールの声が聞こえてきた時、バケツの中身の小石は全体の半分にも満たなかった。戻ってきたテオの成果を見て、アルベールはうんうんと頷いた。


「条件達成ならずか。じゃあ今日は修行は無しだな」

「ま、待ってください!もう一度だけ―」

「待たない。俺様は一度決めたことを曲げる気はない」


 そう言うと、アルベールはテオが苦労して拾い集めた小石を転移魔法で再びばら撒いてしまった。折角集めてきたのにと、テオはがっくりと肩を落とした。


「テオ、お前今日はもう暇だろ?後の時間は家の掃除に洗濯、それと飯の準備とか、家事をしっかりやれよ。ああそうだ、備蓄しておいたワインが無くなったから買い足しておくように。それと本棚の整理な、ぐちゃぐちゃで見るに堪えん。じゃあ俺様は別の用事があるからこれでな。言っとくが手を抜いたら叩き出すから覚悟しておけよ」


 備蓄のワインをすべて飲み干したのも、本を読み終えた後ぐちゃぐちゃに仕舞ったのもアルベールだった。全部自分がやったことを押し付け、アルベールは本当にテオを置いてどこかへ行ってしまった。取り残されたテオは呆然となりながら、ふらふらとした足取りでアルベール宅へ戻った。




 散々意図不明の小石拾いをやらされた挙げ句、修行は無しと切り上げられたテオは無心で掃除を行っていた。天井や壁の埃をはたき落とし、床をぴかぴかに磨き上げる。家具にも埃を残さないように、これでもかというほど徹底的に掃除をした。


 書斎にあるバラバラかつ無理やり本が押し込められた本棚も、一度本をすべて取り出してから、書名の頭文字順に並べて整理した。どうしろとまでは言いつけられなかったため、テオにはこれが正解か分からない。


 テオは家事全般が好きだった。世話になる以上、アルベール宅のこともやれと言われずともやるつもりであったし、手を抜くつもりもなかった。しかし初めてテオは家事が嫌いになりそうだった。


 掃除の最中に思い返すのも、小石拾いの修行のことばかりであった。どうしてそんなことをしなくてはならないのか、あの修行に何の意味があったのか、そもそも魔法に関係があるのか、考えても考えても分からなかった。


「ハァ…考えていても仕方ない、か。次は…」


 掃除を終えたテオは次に買い出しを行おうとした。しかし、里のどこで食材やワインが購入できるのか、来たばかりのテオには何も分からなかった。そこでテオは、ある人物を頼ることにした。


「ああ、そういうことならあたしが連れてってやるよ」


 それはメグであった。案内をテオから頼まれ、それを快諾したメグが話を続けた。


「ただこの里にそういうお店とかはないんだ。基本的にここの生活は自給自足だからな」

「そうだったんですか?」

「おう。そもそも商売する意味ないだろ?ここって」

「あ、そっか…。言われてみると確かにそれはそうですね」


 魔守りの里へ入るためには、シズナが持っているような特別な魔道具が必要になる。そうして里への出入りは厳重に管理されていた。それに加えて険しい山道を進まなければならない。苦労に見合う利益は得られない。


「だから必要なものがあったらさ、あたしが一緒について行って里の外に買い出しに出かけるんだよ、それも守り人の務めなのさ。守り人ってのは、隔絶された里と人を繋ぐ役割も担ってるんだ。出るってんなら他の用事もないか聞いてくるからさ、テオは準備して待っててくれよ」

「分かりました。ありがとうございますメグさん」

「いいっていいって。言ったろ?これも守り人の仕事だってな」


 そうしてテオはメグと一緒に里を出ることになった。しかしテオは買い物の準備の際、今更になって疑問が浮かんだ。


「里を出て山を下りるとなると、そう簡単に帰れないんじゃないのか?」


 里を訪れた時の苦労を知るテオの考えは当たっていた。だがそれは、普通の移動手段であればの話であった。




 テオと合流したメグは自分の槍と、シズナが持っていたものと同じペンデュラムを取り出した。


「一体何を?」

「いいから見てなって」


 メグは片手にペンデュラムを握ったまま、もう片手で軽々と槍を振り回す。そして呪文を詠唱してから、石突で地面を叩いた。


「八属が位界いかい虚空こくうまたぎ、此処ここから彼方かなたへと導け」


 位界は空間属性の核となる呪文である。メグが発動させた魔法は空間転移の魔法、詠唱の終わりに石突が地面を打つと、二人の目の前に楕円形の穴が出来上がった。穴の先は見えず、円には玉虫色のシャボン玉の膜が張っているように、ふるふると震えていた。


 その魔法も十分驚きに値するのだが、何よりテオが驚いたのは、メグが魔法を使ったことであった。


「メグさんって魔女だったんですか!?」

「ん?言ってなかったっけ?」


 聞いていないと頭を振ったテオに、そうだったかとメグは頬を掻いた。


「いや悪い悪い。てっきり言ってあったかと思ってた。いい機会だからついでに言っておくけど、里に住む人全員が魔法使いだぜ。まあ、魔法学校で学ぶ訳じゃないから、本職の魔法使いが言うところの野良魔法使いってところだけどな」

「そ、そうだったんですね…」

「色々と特殊なんだよ、あの里はさ。その辺りの事情は爺ちゃんの方が詳しいから、シズナの用事が終わったら聞いてみたらいいよ。それより行くぞ!最初は怖いだろうから、手ぇ繋いでてやるよ」


 メグはそう言ってテオの手を握ると、ぐいっと引っ張って穴の中に飛び込んだ。穴に飛び込む瞬間、テオは思わず目をつむってしまった。しかし視覚という情報を切ったことが、逆により鮮明に自分がいる場所が変化したことを理解させた。


 匂い、風、空気、行き交う人の声、雑踏の音、すべてが大きく変わっていた。目を開くとそこは、見たこともない大都市であった。特に目立つのは、途方もなく背の高い壮麗な建物が立ち並んでいることだった。それはテオにとって、初めて目にした大国の光景であった。


「どうだ?驚いただろ。ここがどこか分かるか?」

「…いえ、まったく」

「ここは聖都アルドラ。世界樹教の聖地であり、四大魔法学校の一つエルシルヴァ樹学校がある国だよ」


 聖都アルドラ。魔法学校がある地を、テオはとうとう初めてその足で踏むことになった。

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