大師匠アルベール
シズナがハワードから魔法の歴史の話を聞かされている時。テオは一足先に、メグの案内でシズナの魔法の師匠であるアルベール邸に上がっていた。
家主のアルベールの意向をまったく気にする様子がないメグが、この部屋を使うといいなど好き勝手に室内を存分に案内をした後、まったく悪びれる素振りもせず「じゃあ、あたしはこれで」と立ち去ろうとした。
「メグ、お前奔放さに磨きがかかってないか?駄目な方向に」
流石にそうアルベールに苦言を呈されたメグであったが、やはり態度は毛ほども変わらなかった。
「戻ってすぐ挨拶に来ないアルベールが悪い。大体その程度のこと、あんたなら簡単なことだろ。じゃあまたなテオ!そのうちシズナも戻ってくるだろうから、自分の家だと思ってくつろいでくれよ」
メグはわざとらしく、テオにだけ手を振ってその場を後にした。アルベールと残されたテオは、今まで感じたことのない気まずさを味わっていた。
「メグの奴、めちゃくちゃ怒ってるな。俺様も大分長い間家を空けてたし、里にも戻らなかったから仕方ないけど、もうちょっと手心ってモンがあるだろう…」
ぶつぶつとそう呟くアルベールに、何と答えるべきか迷うテオ。むしろ何も言わない方がいいのではと、実に対応に苦慮していた。
「なあテオ、お前もそう思うよなあ?」
「えっ?お、俺ですか?」
「何だ?ここにはお前以外のテオが居るのか?」
そういう意味ではない。その言葉をテオはぐっと飲み込んだ。アルベールは言い表しにくい威圧感と、どこか飄々とした物言いの割りに、一分の隙もない振る舞いをしている。テオにはそれがなんとも不気味に思えた。
「同意を求められましても、その…」
「ああ?大師匠の言うことがきけねえってのか?」
「き、きけるものと、きけないものがありますよそれは!」
そう声を荒らげた後、テオはハッと我に返って口に手を当てた。つい本心を口から滑らせてしまった。失礼な態度を取ってしまわなかったと慌てたのだ。
しかしアルベールの反応は、テオが想像していたものとは大分異なるものであった。アルベールはあごひげを手でなぞりながら、ふむと息をついた。
「お前、どうして魔法使いになりたいんだ?」
それはあまりに突拍子もない質問だった。何故今ここで、と疑問に思ったテオだったが、ここで答えないのも不自然だと考えを口にした。
「魔法を正しいことに使いたいんです」
「正しいことだあ?」
「はい。俺の故郷の村では、派遣されてきた魔法使いが立場を悪用して、村に過剰な要求を行っていました。これまでお師さんと巡ってきた場所でも、魔法が使えるという優位性を用いて悪辣なことをしていた奴がいました。そしてそれは、決して珍しいことではないとも聞きました。魔法って、本来そんなことに使うためにあるんじゃないと、俺はそう思ってます」
アルベールは遠慮もせず大きなため息をついた。それは明らかに呆れを示唆するものであった。
「なるほどね、まったくシズナが気に入りそうな性格してるぜ。あれに弟子なぞまだまだ早いと思ったが、ったく案の定じゃねえか」
「…お師さんのことは悪く言わないでください。無理を言って付いてきたのは俺です」
「いいや言うね。あいつの師匠である俺様には言う権利があるからな。悪いがテオ、お前の主張はてんで話にならねえよ。仮に首尾よく魔法使いになれたとして、お前はどうせ今言った正しくない奴と同じ道を辿るさ」
普段温厚なテオも、流石にこの言い分には苛立ちを覚えた。自分の夢を真っ向から否定されたのだから当然の話でもある。アルベールはそれを察して更に煽るように言葉を続けた。
「あのな。どいつもこいつも、端から悪党になる訳じゃあない。今の魔法界が腐りきってるのは事実だが、魔法使いを志す奴は大抵お前のように正義感の強い奴だよ。理由が分かるか?」
「…いえ」
「それぞれで大切なものを抱えてるのは同じだからだよ。各々理由は別だが、ただ何となく魔法使いを志そうなんて奴は一人もいない。それとな、どいつもこいつもいざとなりゃ戦争の駒になることに決まっている。攻めるにしても守るにしても、魔法使いは内環諸国側の暴力装置だ。命令されりゃ戦いに行かなきゃならん。シズナやお前のように、魔法学校に属していない野良以外はな」
それはつまり、魔法を使って人を殺すということである。どんな大層な言葉で飾って取り繕おうとも、誤魔化しきれないものである。
そもそも、どんなに辺鄙な場所にある村にも魔法使いが派遣される意味は、マナ操作によって住人の生活の保障するためだけではない。いざという時には、戦えない市井の人々に代わって戦い、場合によっては守りながら逃がすという役割を果たすことが義務付けられているのである。
「お前の正しさに、そういう事情は当てはまらないのか?なるほど確かにクソみたいにケチな小遣い稼ぎや狼藉を働く馬鹿もいる。しかしそいつらだっていざって時には逃げることは許されない。どんな事情でも敵前逃亡は重罪だ。雀の涙とはいえ、正規の魔法使いたちは国から金もらって生活してんだ。死にたくねえから義務は果たすさ。それともお前は、そういう事情は考慮に値しないって言うのか?」
アルベールの問いかけに、テオが答えられるはずもなかった。志はあれど、テオはまだ若く、思慮は甘い。そもそも正しさを論ずるには無知がすぎた。
テオは焦りに滲む汗を無力感と一緒にギュッと握りしめていた。未熟であることは何度も痛感してきたが、こうも見事に言葉にして非難されたことは初めてのことだった。そんな時、アルベール邸の扉が開く音が聞こえてきた。テオが顔を上げると、いつの間にか外は暗く、夜の帳が下りていた。
結局テオはアルベールに何も言い返せないまま、共にシズナを出迎えに行った。テオは情けなさでシズナの顔を見るのが怖かった。
『師匠。お久しぶりです。戻っていらしたんですね』
「ああ、たまには戻るかと思ったら、まさかお前らとかち合うとは思わなかったぜ」
『今度はどちらに足を運ばれたのですか?』
「アウレリア王国から要請を受けて、暫くはそこに滞在していた。だけど最近は特に場所を定めることもせずフラフラとしていたよ。ま、とにかく上がれ」
『はい。改めまして、再会できて嬉しいです師匠』
師匠との再会を喜び、シズナは顔をほころばせた。それはテオの今の心境とは真逆のものであった。暗く沈み込むテオを見て、シズナは心配そうに顔を近づけた。
『どうしたのテオくん?何かあった?』
「あ、いえ、その。なんでもないです」
テオは言葉を濁すしかなかった。楽しみにしていた大師匠との邂逅が、こんなことになるとは思いもしなかったからである。それをまさか師であるシズナに言うことも出来なかった。
「おいテオ!」
「え?あっ、は、はいっ!」
玄関でまごつく二人の内、アルベールは廊下の奥からテオに声をかけた。そしてひょっこりと顔をのぞかせた。
「あー、そのだな。お前、料理は得意か?」
「へ?え、ええ、まあ…」
テオの返事を聞いたアルベールは、来い来いと手招きをした。シズナとテオは「何だろう」と同じ感想を抱きつつ、顔を見合わせて首を傾げた。
大量に積み上げられた空の皿を、テオはせっせと片していた。ワインを空けて上機嫌に笑うアルベールは、酔いで自然と声が大きくなる。
「いやー、シズナは良い弟子を持ったなあ!どの料理を食っても美味いこと美味いこと。まったく感心するぜ!なあシズナ?」
『はい。テオくんの腕前は料理人並ですよ』
「これで元は木こりをだったんだろ?才能ってのはどこに眠ってるかわかんねえモンだな。それを見出したシズナもすごいが、もっとすごいのはシズナを見出して育てた俺様だ!ガッハッハッハ!!」
当然のことながら、今まで留守にしていた家に食材などなかった。だからテオは、里長のハワードを頼って食材を分けてもらった。里に住む他の人々も、アルベールが帰って来ているならと次々に協力を申し出た。
そうして集めた食材で、テオは思う存分料理の腕を振るった。ひたすら上機嫌に笑うアルベールには反感を覚えたものの、豊富な食材と調味料を使って料理を楽しむことで帳尻を合わせた。
「美味いもん食って満足した。シズナじゃこうはいかないからな」
『酷い言い草ですね。認めますけど』
「お前にはこういう感性が欠けてるんだよ。その点、テオには見どころがある。ガッハッハ!!」
先程の散々な言いようが嘘みたいに、アルベールはテオのことを褒め始めた。それを聞き、またしても苛立つテオだったが、直後の言葉で皿を落として割りそうになった。
「よし!こんだけ見どころがあるんだ、里に滞在する間はこの俺様が直々に鍛えてやろう!いいよなシズナ?」
流石のシズナも、師匠の言葉に困惑した。
『しかし師匠、それは…』
「どうせお前は今魔法が使えないんだ。だったらそっちの問題の解決に重点的に取り組めよ。お前の弟子は俺様が面倒を見る。それに見合う能力だって俺様は持ってるんだ。なんたって俺様は八賢者が一人、無辺の魔法使いアルベール様なんだからな!」
一通り驚いたと思ったテオだったが、最後にアルベールのとんでもない発言を聞き、ついに皿を床に落とした。ガシャンと割れる音は、どうしてか自分の心の中からも聞こえてきた気がしたと、テオはそう思った。




