奇縁
メグに連れられて里を歩くテオ。しかしその道中で、突然メグが立ち止まった。当然後をついていたテオもそれに倣って止まる。メグはテオの方へ向き直ると、バッと頭を下げた。
「あー、その、えっと。さっきは悪かったな。シズナの言う通り、槍を突き立てたのはちょっとやり過ぎだった。ごめん」
「いえ、そんな。気にしてないので頭を上げてください」
「そうか?なら良かった。ああ、安心した。器がデカいな少年、あっはっは!」
気にしていないことは本当であったが、すぐに態度を変えられるのは、それはそれで少々腹立たしいとテオは思った。少しだけ、テオはシズナの気持ちが分かった気がした。
「じゃあ改めて自己紹介な。あたしはメグ。と言っても、こっちは愛称なんだ。本名はマーガレット。だけどメグって呼ばれる方が好きだからさ、あんたもそう呼んでくれよ」
「はい。よろしくお願いしますメグさん」
メグから差し伸べられた手を取ると、二人は握手を交わした。
「何だかさん付けで呼ばれるとこそばゆいな。あんたはテオだったね、私は呼び捨てにするけど構わないよね?」
「ええ勿論です」
「何だったらテオもあたしをメグって呼び捨て呼んでいいんだぜ?」
「いやいや、流石にそれは出来ませんよ。お師さんのご友人にそんな態度はとても」
「お師さん?ああ、シズナのことか。取り敢えずあたしは気にしねえから、好きに呼べよな」
メグは時に一瞬にして鋭すぎる刃のような威勢を見せるものの、一度融和の意思を示すと、距離を詰めて友好を築くのも早かった。これはメグの根が陽気で社交的な性格であることに由来する。
テオはテオで、気質としてはメグに近いものがあった。故に二人の馬が合うのは自然な流れだった。道中の会話は弾み、里に訪れた当初の剣呑な様子は夢か幻かのようであった。
「しかしテオも物好きだな。そんだけ魔法使いの嫌な部分を見てきても、まだ魔法使いになろうってんだろ?ふつー幻滅しないモンかねえ」
メグの意見はもっともに思えた。だがテオは、明確にそれを否定した。
「確かに今まで見てきた所業は酷いものが多かったです。だけどそれは、お師さんの旅の目的もあって仕方ないことです。それに見てきたものも、まだまだ魔法使いの一側面に過ぎないと思います。そして俺は、絶対にそんなことをしないと信じられる魔法使いを二人も知ってます」
「当ててやる。一人はシズナだろ?」
「勿論です。お師さんは信じるに値する人です。以前お師さんが言ってました。自分は利己的で、助ける人を選んでいる偽善者だって。俺はその時、お師さんの言葉を否定することが出来なかった。だけど今ならはっきりと言えます。お師さんは間違ってないって」
テオの力強い言葉に、メグは一度ふむと手を顎にやり考え込んだ。そして意地が悪いと思いつつも口を開いた。
「あたしはまだ正しさを論じられるほど、シズナの行いを肯定的に見られないけどね。テオには悪いが、シズナの自己分析は正しいものだよ。あいつが助けるのは、あくまでも魔法絡みで被害を被ってる奴だけだ。しかもそんなこと、珍しいことでも何でも無い。じゃあ助けなかった奴らが困ってないと言えばそうじゃねえだろ。それにな、大げさに言えばテオから聞いたガレムみたいな魔法使いが他にもいて、あんたらが一人助けてる間に、そいつが百人を殺しているかもしれない。その助けられた人と助けられなかった人。この差は何だ?」
メグの言葉は、すでに分かりきっていることを敢えて悪辣に強調したに過ぎないものだった。しかし無視することは出来ない事実でもあった。
それでもテオは、メグの言葉に頭を振った。否定出来ない事実を自覚しながらも、迷いなく断言できるものもあった。
「メグさんの言っていることは正しいことです。だけどそれが、お師さんの行いを否定することにはならないと思うんです。だってお師さんが助けてあげなければ、先程例に上げた一人だって助からなかったかもしれませんよね?ガレムほど酷くなくても、苦しんだままだったかもしれない」
「それは…まあ、確かにそうだな」
「大切なことは、誰かのために行動することが出来る勇気だと思うんです。どれだけ誹りを受けようとも、助けることを諦めない勇気は正しいと俺は思います。だから胸を張って人助けをしていいんです。少なくとも、命を軽んじて人を虐げることよりは、遥かに正しいことだと思います」
メグは内心驚いていた。テオはただシズナのことを盲信している訳ではなく、ちゃんと自分の経験したこととすり合わせて考えをまとめ、自らの意思として昇華していた。
万事師匠の言いなりになるのでは先がない。だが師匠の言葉を信じられなければ、これまた信念というものがない。ぶれた心で真っ直ぐ歩くことなど叶わないことで、テオは弟子でありながら、シズナの隣に立って一緒に歩もうと努力していると、メグは思った。
「…そうだな。悪いことして怒られるのは馬鹿馬鹿しいけど、良いことして怒られるってのは筋違いだよな。ただな、テオ。それが誰にとって良いことなのかを忘れるなよ。まるっと全部が綺麗に解決する訳じゃないんだ。独善的にはならないように、そうだな、お前がシズナのことをよく見ていてくれよ。あいつあれで頑固者で、目の前のことしか見えなくなりがちだからな」
「俺で力になれることなら、何でもやるつもりです」
メグはテオの肩を優しくぽんぽんと叩いた。巡り合いとは奇縁なものだと、しみじみとそう感じていた。言葉を喋ることが出来ないハンデを抱えるシズナに、手話を解する良き理解者が現れて、師事するだけでなく、偏執とも言える目的を支持する者が現れるなど、メグは思いもしなかった。
「それにしてもメグさん。俺たちが向かってる所ってアルベールさん?っていう方のお家なんですよね。いきなりお邪魔してもいいんでしょうか?」
「ん?ああ、それなら大丈夫だ。アルベールの奴は里に家はあってもほぼ住んでねえし、滅多に帰ってこねえ。勝手に使っていいって言質も取ってあるし問題ねえよ」
「そ、それ本当にいいんですかね…」
「大丈夫だって!それにテオはシズナの連れだろ。だったら遠慮する必要もねえんだ」
メグの言うことの意味が分からないテオは首を傾げた。しかしそれ以上の言及をする前に、メグは「ここだ」と足を止めた。
様々に不思議な形をした家々が立ち並ぶ魔守りの里だが、そこは殊更に風変わりだった。テオは思わずたじろいだ。
その外観は、壁や窓、扉から何から何まで歪んでいるように見えて、つねに波のようにうねっている。形が常に移り変わり、一度として定まった形にならないのだ。見ているだけで頭が混乱しそうであった。
「いつ見ても気持ちわりいなあ。ただ中身は至って普通だから大丈夫だ。定期的に掃除もしてるし綺麗だぞ」
「…流石に中までこうだったら、例えご厚意でも上がるのは遠慮したいです」
「あっはっは!あたしも同意見だ!」
テオの意見を豪快に笑い飛ばしたメグが扉を開けた。言われた通り内装は至って普通で、逆に拍子抜けしてしまうほどだった。しかしお陰で安心感が勝った。
「良かった。本当に中は普通ですね。ちょっと面白みに欠けるくらいです」
そんな軽口まで叩けるほどテオは安心しきっていた。しかしそれも、留守のはずの家の中から何故か聞こえてきた声で掻き消えてしまう。
「悪かったな面白みのない家でよ。で、俺様の家に文句をつける奴はどこのどいつだ?」
テオの心臓がどきんとはね飛んだ。あまりの驚きにへたり込んだテオの前に、奥から背の高い壮年の男性が姿を現した。
短く切り揃えられた赤茶色の髪と髭、たれ目で精悍な顔立ち、鍛えられた厚みのある逞しい上半身、固く結ばれた唇は、その人の意志の強さを印象付けた。しかし何よりもその男性には強烈に目立つ点があった。
男性の両足は大腿義足であった。その男性は、両足の太ももから先がなかった。立ち振舞は凛としていて隙がないが、その一点が強烈な印象を放っている。
「よおアルベール。何で居るんだ?」
「何でって随分な言い草だな。ここ俺様の家だよね?」
「滅多に帰ってきやしねえだろ。管理してもらってるだけありがたく思えよ」
「あれ?ここ本当に俺様の家?ホームなのにこのアウェイ感は何だ?」
「あんたのことはどうでもいいけどよ、上がらせてもらうぜ。それとな、あたしはともかくこいつには上がる権利があるぜ。なんたってシズナの弟子だからな。あんたにとっても弟子みたいなモンだろ」
「はあ!?シズナに弟子だぁ!?んなこと聞いてねえぞ!師匠の俺様に黙ってたってのか!?」
「アホか、シズナがどうやってあんたに連絡を取るってんだ?どこに居るのかも分からねえのに」
メグから事実を聞かされたアルベールは驚きのあまり固まってしまった。メグはさっさと家に上がると、その横を颯爽と通り過ぎていった。アルベールがシズナの師匠で、つまりは自分の大師匠だとさらっと聞かされたテオも、アルベール同様、何とか立ち上がった後も玄関で固まったまま立ち往生した。
暫くして我に返ったアルベールは、テオを上から下までジロリと一瞥した。そして「入れ」と短く告げると、踵を返して戻っていった。その足音は、カシャカシャと独特なものであった。




