魔守りの里へ
テオは自ら木を削り出して作った不格好な杖の先端をじーっと見つめた。そしてごくりと唾を飲み込むと、集中して言葉を紡ぐ。
「八属が焦熱。照らせ灯火」
詠唱の完了と同時に、杖の先端に小さな火が灯った。とても小さい火だがとても光量が多く、普通の火とは明らかに違った。これは魔法の発動に成功したといってよい出来であった。
「お、お、お、おし、お師さん、み、み、見てくださいっ!」
『うん。上出来だね』
テオは思わずガッツポーズをした。しかし、そう喜んでもいられなかった。杖の先端に灯った火はどんどん燃えていき、ついにはテオの手元まで迫った。
「あっづぁッ!!」
テオが自作した杖は出来が悪く、シズナから作り方を何度も教わって作ってみるものの、一度魔法を使用すると耐えきれず壊れてしまう。今回は灯りを点ける魔法であり、火を灯す魔法ではなかったのだが、熱に耐えられず燃えてしまった。
『やけど!やけどする!』
「は、はいっ!」
慌てるシズナを落ち着けるためにも、テオはバケツに貯めた水に手をつけて冷やした。大したことではなかったのだが、テオが人質にされて以来、シズナはテオの怪我などに敏感に反応するようになった。
「ふーっ、これで大丈夫ですお師さん。だけど、また杖を駄目にしちゃいました」
『うーん。材料があまり良くないからだとは思うけど…』
シズナは根本的に、魔法使いにとって必須である杖などの触媒を必要としない。だから作り方の知識はあっても、それを実践する機会は一切無かった。経験のないことをそう簡単に教えることは出来なかった。
「でもお師さん!俺の魔法も安定してきたと思いませんか!?」
『そうだね。まだ調整が甘いけど、発動に失敗することはなくなってきた。それは正しくマナの操作が出来てるってことだから、すごく進歩してるよ』
「ありがとうございます!これもお師さんのご指導の賜物です!」
テオの輝くような眩しい笑顔にシズナは目が眩むようだった。そして今の自分は魔法を使えないという事実に、ますます師匠としての威厳と自信がなくなってきていた。
「あっ!そうだ!お師さん、頼まれていたものようやく手に入りました」
『本当!?』
思わず身を乗り出したシズナの前に、テオは大きめの紙を差し出した。受け取ったシズナはそれをまじまじと見つめる。
テオが手に入れてきたのは、周辺の地図であった。精度の高いものや正確なものは大国が握っていて放出されることはないが、近隣の地域住人たちが協力して作成したものが出回ることはあった。住人たちにとって、地域の地形情報を把握しておくことはとても重要だった。
街や村など、人の集落の情報は勿論のこと。有事の際に使える経路に、逃げ込める場所。魔物が営巣した場合には、営巣した場所を知って避けなければならない。地図を作らない理由がなかった。
「思ってたより値が張ってしまいましたが、行商人と協力して作ったものなので精度の高さには自信があるそうです」
行商人は特に道の情報を知ることが生命線である。安全に通れる道という条件の他、野盗や魔物などに襲われることなく、商品である積み荷の無事を優先しなければならない。整備された街道ばかりを走れる訳ではないので、地域住人との協力で地図を作るのは一般的に行われていることだった。
ただし、大国が地方に住む庶民の絶対的な安全を守る訳でもないのに、あまり完成度が高い地図を作ると、取り締まりの対象になりかねない。だから上手く抜け道を見つける必要があった。その辺りの事情は、規模の小さい集落の方が大国よりよほど逞しいものである。
『あれ?この地形って…』
地図を見ていたシズナは心の中でそう呟いた。どこかで見たことがあると、頭の底に眠る記憶の箱を懸命に掘り進める。そしてようやく箱の蓋に触れて思い至った。
『テオくん』
「はい」
『そろそろここを離れよう。名残惜しいけど、いつまでもこうしてはいられないから』
「…旅立ちですか」
『不安?』
ここを発つと言われた時、テオの表情が一瞬暗く、声は小さく不安げな色を帯びた。シズナの問いかけに、頭を振ってテオは答える。
「不安がないと言えば嘘になります。だけど追手の気配はないし、お師さんのおっしゃる通り、いつまでもこうしていられないというのも本当だと思います。だから行きましょう」
テオの力強い言葉と頷きを受け、シズナも同様に頷いた。旅の再開を決意した二人であったが、テオにはまだ疑問があった。
「だけどお師さん。これからまた情報収集に向かうんですか?」
『ううん、それは大丈夫。実は目的地の目処がたったの』
「目的地?」
『うん。テオくんが地図を手に入れてくれたお陰で分かったことなんだけど、恐らくここは―』
森域連合。四大魔法学校の内の一つ、エルシルヴァ樹学校を有する大国。しかしその実態は国というよりも共同体と呼ぶ方が正しかった。連合に参加する国々を、一つにまとめ上げているのは信仰である。
その名も世界樹教。世界樹に神性を見出し、それを崇め奉る世界宗教である。その宗教が誕生した地が聖都アルドラ。森域連合の総本山にして核となる国だ。
シズナとテオはその森域連合の領内にいた。聖都アルドラからは遠く離れた土地であったため、テオの訪れていた街や村はさほど発展した様子を見せてはいなかった。それでも宗教大国の森域連合の一部地域に逃げ込んでいたことになる。
二人はとにかく鴉から逃げることに終始していた。なので逃げ込んだ場所の把握は二の次であり、シズナが街へ出られなかったことも現状把握の遅れに繋がっていた。シズナが世界樹教の存在を知る機会があれば、もっと早くに動き出せていたかもしれない。
本来、魔法が使えない今のシズナが動くのは危険性が高い。戦力となるのはテオしかおらず、武器は扱えても魔法の扱いは未熟で、力量以上の敵が現れた時の対処に苦慮することになる。
しかしこの場所ならば事情が違った。シズナは森域連合領内のとある場所に深く関わりを持っている。そしてそこは、魔法使いとも切り離せない深い縁があった。シズナが自分に起こっている異変の解決に望みを託すのも、それが理由である。
「魔法使い発祥の地。ですか?」
『そう。昔は違う名前だったらしいけど、今は魔守りの里って呼ばれてる所だよ。魔を、守る、で魔守りの里』
「魔を守る…?一体何から守っているんですか?」
テオの問いかけに、シズナは暫し考え込むように首を捻った。そして手話で続ける。
『私から説明してもいいんだけど、もっと適した人がいるんだ。私はぜひテオくんにその人に会ってもらいたい。私よりずっと物知りですごい人だから』
「お師さんよりも?一体どんな人なんですか?」
『私の魔法の師匠だよ。私はその人から魔法を教わって魔女になったんだ』
「…お師さんの師匠。ということは、俺にとっての大師匠ってことですね!」
そう聞いたテオは目を爛々とさせた。シズナの教えを受けているテオにとって、その大師匠は間接的に自らに知恵を授けてくれていることになる。
師であるシズナを尊敬するテオは、そのシズナを育てた大師匠に対して強い期待を寄せていた。そして同時に、失礼があってはいけないと気を引き締めた。
「まさか大師匠にお会い出来るなんて、緊張するなあ…。でもお師さん」
『なあに?』
「本当に道は合っているのですか?というよりも、ここはもう道と呼べるのかどうかさえ分からないのですが…」
二人は隠れ住んでいた山の奥よりも、更に山の奥深くを歩いていた。最初こそ獣道もあったが、今はそれすらなく。テオが藪を切り払いながら、何とか道を確保していた。
とても人が住んでいるような場所には思えない。基本的にシズナの言葉を疑わないテオだったが、流石にここまで道なき道を歩かされると、疲労と不安から疑念が生じた。
道すがら、シズナはずっと手にペンデュラムを持って下げていた。鎖の先には美しい宝石のような透明度をもつ青い石が取り付けられている。
しかしそれはどちらとも振れることはなく、ただただ手からぶら下がっていただけだった。振れたとしても、シズナが歩く際の体の揺れや、手話に合うくらいのもので、テオにはとても、それで道を探っているようには見えなかった。
しかしシズナは、にっこりと笑顔を浮かべて自信満々に『大丈夫』とテオに告げた。そして『そろそろだよ』とも手話で伝える。
高まる期待とは裏腹に不安が募ったが、シズナの言っていたことは正しかった。山の中で少々開けた場所に出ると、シズナは足を止めた。
するとシズナの持つペンデュラムの石が、突然強い光を発した。目を開けていられないほど眩い光の中に包まれ、テオは腕で目を覆った。そして光が止む頃に目を開けると、目の前の世界が一変していた。
くり抜かれた巨岩の家々。大木の樹洞に伸びる螺旋階段。池に浮かぶ水草からは絶えず泡が吐き出され、弾ける度にキラキラと輝く飛沫が注いだ。この空間にあるどれもこれもが、不思議の一言では片付けられないほど神秘的な光景であった。
「ここが…魔守りの里…」
誰に言われずともそうであるとテオには分かった。その呟き声は、心の奥底から漏れ出たものであった。




