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言無しの魔女  作者: ま行


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内環諸国が生んだ闇

 ガレムが生まれた場所は四大魔法学校の一つ、黒曜の尖塔を有するノクディシア領内にある、それなりの規模を誇る大きな都市であった。名をマルクトと言った。


「私の家柄はそこそこの地位を持つ魔法使いだった。ファイ家と言ってな、今はもう痕跡も残さず抹消されているが、所謂名家だった。代々地属性のマナに高い適性を持つ一族で、ノクディシア周辺は特に、地属性のマナに富む国だ。ファイ家は親和性が高かった」


 今はなきファイ家の跡取りとして、期待と寵愛を一身に受けてガレムは育った。マルクトでも一定の地位を確立していたファイ家当主は黒曜の尖塔に所属しており、マルクトを代表して、ノクディシア本国との橋渡し役を担うこともあった。


「簡単に言ってしまえば、私は魔法使いのエリート層の血筋に生まれたのだ。しかし、生まれだけで能力が決まる訳ではない。四大魔法学校に入学するには優れた成績と実力が必要不可欠だ。だから私は幼い頃より出来うる限りの努力を尽くした。幸いなことに努力が実を結び、私は少年期にはファイ家の魔法を覚えることが出来た」


 ファイ家が得意とした魔法が、ゴーレム作成の魔法であった。土塊や岩などに含まれるマナを操作し、人型の魔法生命体に変えて使役する。この分野を研究する魔法使いの家において、ファイ家は非常に優れたものを持っていた。


「私は疑わなかったよ。ゆくゆくはファイ家次期当主として黒曜の尖塔に属し、父からその座を譲り受けるだろうとね。しかし魔法使いの世界は、馬鹿馬鹿しいことに優秀であるだけでも駄目なのだ」


 ガレムの父、当時のファイ家当主は見識高い知識人としての側面が強かった。その優秀さは語るまでもなく、あらゆる分野の知識に精通していた。また自らもそれらに強い感心を持ち、知識の集積に重きをおいた。


 普段は温厚で親切な人柄だが、こと魔法の分野に身を置くと、頭でっかちで高慢な気質が現れる。それは対人間関係においてとても嫌われやすいものであった。そして残念なことに、このような気質を持ち合わせながら、上手く周囲の軋轢を和らげ、すり合わせられるような器用さは持ち合わせていなかった。


「有能であることをただ示すだけでは、周囲の人間をいたずらに刺激するだけだ。父にはそれが分からなかったのだ。優秀であればあるほど人心はついてくると考えていて、妬まれるなんて発想は持ち合わせていなかった。魔法学校は巨大な魔法使い閥の巣窟とも言い換えられる。父は閥に身を置いていい人間ではなかった」


 魔法使いの社会が絶対的な実力主義であることは間違いない。それは八賢者や四大魔法学校の存在が知らしめている。魔法使いの中に過激な優劣を付け、四大魔法学校に所属出来なかった者は雑草と罵られる。


 有能であり続けることは当然のことで、同時に有用であることも示し続けなければならない。豊富な見識を持つガレムの父の言は、正しいだけで人の神経を逆撫ですることが多かった。


「魔法界は実力主義。だがそれはもはや高みを目指すための仕組みではなく、相手は低きに貶めるためのものに成り下がった。それは何故だろうか。答えは簡単だ、外敵がいないからだ。自らの地位を脅かすものは身内の中にしかいない。結果として魔法使いたちは、手に入れたものを守ろうと躍起になる」


 ガレムの父は間違いなく有能であった。しかし対人関係においては無能であった。順調にいけば黒曜の尖塔でも高い地位へと上り詰めただろう。それがいけなかった。


「父はいつの間にか他の魔法使いに謂れのない罪を着せられ、あっという間に追い落とされた。ファイ家はその存在を黒曜の尖塔の手ずから抹消され、家が守り続けてきた魔法の技術は接収された。これは両手両足をもがれたようなものだ。黒曜の尖塔との繋がりを失い、身動きが取れなくなったファイ家をマルクトの人間は哀れみはしなかった。むしろ無能の烙印を押して蔑んだ。私たち家族はバラバラになり、今はもう生きているかどうかさえ分からない」


 記録の抹消と一家離散。ガレムは一瞬の内に孤独の身となった。それまで送ってきた幸せな生活はすべて奪われた。地位も後ろ盾もないガレムは、もはや魔法使いとしての成功を望める立場になかった。




 ランスはガレムの身の上を聞くと、フンと鼻を鳴らしてため息をついた。


「なんつーか、どこも一緒だな」

「一緒だと?」

「権力闘争だよ、権力闘争。外環と内環、事情は違えどやってることは内々の権力闘争だ。悩みのタネが違うってだけでな」

「内環はまだ分からなくもないが、外環もか?私はその辺りの事情に疎いから、あまりしっくりこないのだが…」


 ガレムの質問に、ランスは膝をパンと強く叩いた。


「外環諸国が内環諸国にあらゆる面で劣ってる。それは正直間違いない。だがもっと悪いことがある。それはまとまりに欠けることだ」

「ほう」

「内環諸国は内部のいざこざはあれど、一応は魔法使いという大きな括りでまとまってるだろ?だが外環諸国は違う。技術力の差は国同士で開いているし、国力の差も大きい。内環憎しで攻め入ったところで返り討ちにあうだけだ。よしんば上手くいって勢力図を書き換えられたとしても、それは一瞬で終わるよ。内環は豊富な資源と継戦能力があるのに、外環には弾切れっていう明確なリミットがあるからな」

「ふむ。それは私が聞いたことのある情勢と一致するな」


 外環とは小競り合いにすらならない。それが内環の一貫した見方だった。不平不満が暴発しても、即座に鎮圧されてしまうのが現状だった。


「これを解決するにはな、外環諸国の一斉蜂起以外にない。外環諸国全体が一枚岩となって一気に攻め入る。今の状況でこれが出来てやっと五分に満たないくらいの戦果が上げられるだろう」

「待て。一斉蜂起で五分に満たないのか?地理的に言えば、外環諸国は内環諸国を包囲しているようなものなのだぞ」

「言ったろ?外環諸国でそれぞれ国力差がありすぎるって。そうなりゃ自分たちは参加しないし、出来ないって国も出る。折角の包囲だって一部にほころびがありゃあガタガタに崩れて終わりさ」

「なるほど読めてきたぞ、それで権力闘争の話に繋がるのか」


 ガレムの言葉に頷いたランスは、もう一つ深いため息をついた。


「この夢物語の実現には、外環が一つにまとまる必要がある。だがそんな話し合いの場を設けたところで、始まるのは主導権争いだ。どの国が主体となるか、とかのな。んなことやってっからボロボロになってくって言ってもよ、結局誰も彼も我が国が一番ってことなのさ」

「それには当然、責任の押し付け合いもあるだろうな。勝てば官軍負ければ賊軍。口では勇ましく言っても、後のことを勘定に入れていたら動くにも動けまい」

「そういうことだ。食うだけで精一杯って根性が染み付いた俺たちには、停滞の維持って選択を受け入れる奴らが大勢側なのさ」


 外環諸国が一枚岩となり、内環諸国へ手痛い打撃を与えることが出来れば、現在の不均衡をいくらかでも是正出来る可能性がある。逆を言えば、今のまま弱小国の扱いを受け入れ続ければ、扱いが変わることはない。


 ガレムは黙って少々考え込むと、思い切ったように口を開いた。


「私は先に話した通り、権力闘争に巻き込まれすべてを失った。残されたのはかつて学び見聞きして記憶したファイ家の魔法と、目立たぬようにする努力とその必要性を学んだことだ。私がサンメド村に目を付けたのも、都合が良かったという以上の理由がない。そうして息を潜めることで、かつてのファイ家のゴーレム魔法の研究の継続と発展がしたかった。今でもそのために、どんな外道な手段を取っても構わないと考えている」

「追い詰められた結果とは言え、倫理観が狂ってるなあ」

「私が人として壊れていることは認める。いや、最初から隠すような意図もない。私はそもそも終わった人間だった。だからあの場で終わっても別によかった。しかし何の因果か私は生きながらえ、今は外環のアイゼンハルト皇国に居る。しかも本物の皇帝直々のスカウトを受けているときた。まったく数奇なものだ」


 実際のところ、ガレムは大してゴーレム魔法に執着をしていなかった。ただ理不尽に奪われた家や魔法、失わされたものに対して雪辱を果たしたかっただけだった。


 自分の魔法と技術が、《《内環諸国の現体制への攻撃》》に使われるというのなら、ランスの目的とガレムの目的は合致していた。両者が分かり合う意味も必要もない。利害が一致していることが肝要だった。


「私を上手く使いたいのなら、それ相応の工房を寄こすことだ。倫理観に期待はするな。ただし私の倫理観は、正直なところそこまで逸脱していないぞ。内環諸国の魔法使いからしてみれば、まだお行儀がいい方とも言えるくらいだ」

「マジかよ。やべえな魔法使いって」

「惚けるなよ皇帝。外環の技術だってそう大差ないだろう」

「…ま、そこはおいおいな。じゃ、協力してくれるってことでいいんだな?」


 ランスはガレムに手を差し出した。その手をがっちりと握ると、ガレムはこれからの関係性を切り替えるように言葉遣いを改めた。


「ええ陛下。我がゴーレム魔法のすべてをあなたに捧げましょう」


 内環諸国が生んだ闇が、外環諸国の思惑と手を結んだ。この結託がいかなる未来に進むのか、それはまだ誰にも分からぬことであった。

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