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言無しの魔女  作者: ま行


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弱者の思惑

 魔導監察庁の精鋭、鴉による強襲に遭ったシズナとテオの二人の旅は、ますます人目を忍ぶ必要に迫られた。暫くは自由に身動きが取れないと見越して行動をする必要があった。


 一方、シズナに返り討ちにあった鴉の幹部たちは、メンバー六人の内三人が重傷を負うという結果に終わった。その内の二人、ピカリアとカタクは治癒師の尽力もあってそう長くかからず回復した。


 だがコルヴォは違った。焼けただれた皮膚はあらゆる回復魔法や薬を受け付けず、回復する見込みがなかった。それは潰された右目も同じで、もはや取り除くしかなかった。


 醜い火傷痕に失った右目。コルヴォは身体だけでなく、プライドも大いに傷ついた。治療中の面会は誰であれ断られた。普段は犬猿の仲であるセリカでさえコルヴォのことを気遣うほど、周りの人からは気の毒な目を向けられた。


 シズナたちは監視の強化を警戒して停滞を余儀なくされ、鴉たちは任務失敗による低下した信頼を取り戻さねばならず、言無しの魔女捕縛作戦においても、計画の再考が求められていた。


 双方が停滞しなければならなくなったこの状況下で、とある国にとある男が帰還を果たしていた。




 コツンコツンと、無機質な空間に複数人の靴の音が鳴り響いた。そこは地下に作られた牢獄の中でも、非常に厳重な警備がなされた場所であった。


 その牢屋にはアイゼンハルト皇国が開発した魔法の発動とマナを抑制する装置、マナジャマーが重点的に設置されていた。つまりこの場所は、捕らえた魔法使いを閉じ込めておく場所であった。


 その牢屋の一つの扉が開いた。中にいた囚人は目を落としていた魔導書から顔を上げ、入ってきた人を見た。そして意外そうに目を見開いた。


「よっ!ここでの生活は快適かな、ガレム君?」

「まさかこんなところでまた会うことになるとはな。サンメド村ではどうも。言無しの魔女の同行者だったのではないのか?」

「あれは一時的なもんだよ。改めて自己紹介するか。俺はランス、旅の奇術師だ」


 ランスは手のひらの上に何もないことを確認させると、それを握り込んだ。次に手を開くと、何もなかったはずの手の中にはコインが一枚、突然現れていた。そのままコインを指の上に乗せて弾くと、落ちてきたものをキャッチする。しかし手を開くと、そこにはもうコインがなくなっていた。


「ほう、見事なものだ。故郷の街を訪れたサーカスを思い出したよ。あの時見た奇術はもっと拙いものだったがな」

「そう言ってもらえると嬉しいねえ。まあしかし、こっちは世を忍ぶ仮の姿なのさ。奇術を真面目にやってねえってことじゃないぞ?」

「別にそんな言い訳を聞く気はないが」


 呆れた様子でガレムがそう言った。目の前にいるランスは、どこか掴みかねる印象を持つ男だと思った。


「それでな、俺の本当の名前はランスリード・フォン・アイゼンハルトってんだ。聞き覚えあるか?」

「…馬鹿なことを。流石に嘘だろう」

「嘘ついてどうすんだよ」

「それが本当ならば、お前はアイゼンハルト皇国の皇帝家の血筋なのか?」

「それどころか俺が本来の皇帝だよ。現皇帝のシルド。ああと、俺の弟のシルドリオ・フォン・アイゼンハルトは代理でその席を守ってくれてるんだ。俺がやりたいことをやりやすいようにな」


 落ち着きある冷静な態度がガルドの特徴だったが、このランスの言葉には流石に開いた口が塞がらなかった。ランスの言っていることがすべて本当ならば、自分に対してここまであけすけに打ち明けてくるのは明らかにおかしいことだった。


「…そうか、ずっとどこに運ばれてきたのか分からなかったが、まさか外環諸国で一番の大国、アイゼンハルト皇国へ運ばれていたとはな」

「驚いたろ?」

「まあな。しかし私が言えた話ではないが、貴様も趣味が悪いな。これから処刑するものに対してペラペラと国の内情を話すとはな。地獄に持っていくには惜しいものだよこれは」


 ランスは腕を組んで首を傾げた。


「は?処刑?誰が?」

「いや私のことに決まっているだろう。何故アイゼンハルト皇国で処刑されなければならないのか分からんが、私の罪が処断される日が来たのではないのか?」


 これから死ぬ相手に対してなら、国が隠したいような事情をペラペラと喋ったところで害はない。ガレムはランスがそのつもりで発言したのだと考えていた。だがしかし、その予想は真っ向から否定されることになる。


「いやいや、んな訳ないだろ。サンメド村は別にうちの国の領地じゃないし、他国で犯した犯罪を裁く法律だってない。それこそ、内環諸国側の犯罪なら特にな。俺がお前をうちの国に連れてきたのは、スカウトするためだ。お前の頭脳と技術、この国のために使う気はないか?」


 その誘いは、ガレムにとって思ってもみなかっただけに留まるものではなかった。一体この男は何を言っているのかと、ランスのことを訝しむ目で見た。




 ガレムと一対一で話をするランスは、本題であるガレムのスカウトについての話題を切り出した。それを受けて、ガレムは困惑を隠さぬまま口を開く。


「…お前は、サンメド村で行っていた私の所業について怒りを示していたではないか。そんな男の力を、何故欲しがる」


 その問いかけに、ランスは呆れたように頭を掻いた。


「あー、あれね。いや、逆に聞くけどさ、あの酷え有り様を見て怒らない奴っているの?試しにお前が俺の立場だったらって考えてみろよ。おぞましいったらないぜ?」

「いや…まあ…それはそうだが…」

「だろ?あの時の怒りは本当だし、今もまだお前のやったことを許せるとは思ってないよ。ただな、それは俺が旅の奇術師ランスの目線で見た時の話だ。これが皇帝ランスリードの目線で見た時は、話が変わってくるんだよ」

「意味が分からん。どちらも同じ人間だろう」


 ガレムは段々と、ランスのことを恐ろしく思いはじめていた。この男は掴みかねるのではない、自分には推し量ることが出来ないのだと、その答えにたどり着き始めていた。


「そうか?俺は単純な話だと思うけどな。俺は俺でお前のことをイカれてると感じるし、許しちゃ駄目な奴だと思ってるよ。だけどお前がサンメド村で作っていたゴーレム、あれの価値はとんでもなく高いモンだ。何せ八賢者のシズナちゃんですら、あれを生きた人間だと見間違えたんだ。その技術を、俺たちが使えたらどうなると思う?今のところ内環諸国と外環諸国は戦争にもならないが、捕虜をゴーレムに変えてスパイとして使うも良し、重要施設の破壊工作に使うも良し、マナに乏しい外環諸国が、盤外戦で出し抜くことが出来るようになるかもしれない。国のトップの目で見ると、お前のゴーレムにはそんな可能性が秘められてるんだよ」


 ランスはガレムのことを感情面で許すことは出来ない。しかし、一時の感情に流されるだけで可能性を潰すことは、国益を大きく損なうことになる。その二つの目線をランスは使い分けていた。


「なあガレムよ。アイゼンハルト皇国は、確かに外環諸国の中では最大規模だ。だけどな、内環の連中から見たらちっぽけで取るに足らねえ国なんだぜ。俺たちが内環諸国の恵みを享受しようと思っても、とんでもなく不利な条件を突きつけられて、それを飲まざるを得ないんだ。それがただ世界樹に近いか遠いかで決まってるんだぜ?不公平だろ、そんなもの。しかも内環の態度を改めさせるような強気な要求もできやしない。俺たちには、魔法ってモンが遠い存在だからな」


 外環諸国は魔法が発明されて以来、ずっと内環諸国から虐げられてきた歴史を持つ。マナの豊富な内環諸国では、マナを操る技術の魔法のおかげで、食糧生産やエネルギーの面など、すべての分野において外環諸国を上回っていた。


 それで外環諸国が力など持てるはずもなく、かろうじて内環諸国より秀でている点は、機械という独自の文明を開発したことにある。銃器に砲、その他様々に開発途中の兵器はあれど、これには数の制限という外すことのできない弱点があった。


 魔法使いは、マナさえあれば魔法をいくらでも使うことができる。しかもその攻撃魔法の威力は、外環諸国がそれぞれで開発している砲撃の威力に勝る。射程距離も遥かに優れていた。


「分かるか?俺たちは現状、土俵にすら上がらせてもらえないんだ。そんな奴らと内環諸国がまともに取引する訳がない。俺たちはさ、相手の要求をほぼ無条件に飲むしかねえんだよ」

「それは…」

「お前にとっちゃ当然かも知れねえよ?ただこれを、健全だと思えるか?」


 ガレムはその問いかけに、初めて外環諸国側の立場になって考えてみた。そして思案の先に出た答えを出す。


「内環諸国が、外環諸国をただの養分としか見てない現状は、とても健全な関係とは言えないな」


 それを聞いてランスはニッと笑みを浮かべた。そして膝をパンと叩く。


「さっ!俺の考えは聞かせたぜ。今度はお前のことを聞かせてくれよ」

「私の?何を聞きたいんだ」

「お前ほどの魔法使いが閑職に飛ばされてた理由だ。ま、お前の方はそれを利用してたみたいだがよ。内環諸国の人材が豊富ってだけじゃねえと俺は思うんだよな」

「…本当によく分からん奴だな。しかしまあ、存外鋭い」

「お世辞は結構だ、お前から言われてもそんなに嬉しくない」


 どのみちガレムに選択肢はなかった。一呼吸置いてから、滅多にしたことがない自分語りを始めた。

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