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言無しの魔女  作者: ま行


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憤怒

 テオを連れて地上に下り立ったコルヴォは、テオを無造作に地面へ投げ捨てた。おかげで拘束を解かれたテオは、すぐに立ち上がって反撃しようとした。コルヴォはため息をついてテオに杖を差し向けた。


「八属が裂空。循環し、捕らえよ。連環の縛鎖」


 裂空は風属性の核となる呪文である。循環はマナの維持を意味するもので、鎖はより強固になり、魔法の発動時間も長くなる。吹き付けてきた風が見えない鎖となってテオの体を縛り上げた。


「が…ッ!ぐ…ぐぐ…ッ!!」


 再び動きを封じられたテオからは苦しみの声が漏れ出た。その理由は痛みなどではなく、上手く呼吸が出来ないことにあった。


「風属性のマナの特徴の一つは空気を操ること。あなたを捉えている鎖を使えば、私はいつでもあなたを窒息死させることが出来ます。…分かりましたかッ!!」


 コルヴォは言葉の終わりに、思い切りテオの腹を蹴り上げた。目を見開き地面を転がされるテオは、苦痛に涙が目に滲んだ。それを見せつけられるシズナは、声には出ていないが必至にテオの名を呼び続けていた。


「私はあなたに、余計なことをしたら殺すと言いました。くだらない抵抗をして、これだけで済ませてもらえることをありがたく思いなさい。そして今も、あなたの生殺与奪は私が握っていることをお忘れなきように」

「コルヴォ、やめろ。事情は分からんが、言無しの魔女に同行している彼は一般人だ。過剰な暴行は私たちに与えられた権利から逸脱している」


 レイヴァンはコルヴォの行動をそう言って咎めた。そのことが更にテオの無力感を煽った。


 自分はシズナに魔法を習い、少しは理解していたつもりだった。魔法はまだ使えないが、それでも夢に近づいたと思っていた。


 一般人と評されたことは、魔法使いの目から見たテオは、そうとしか見えないと宣言されたも同然だった。泣きたくないのに、悔し涙がどんどん込み上げてきた。


「甘いですねえ、リーダーは。この小僧が本当に一般人なら、それこそ私が今ここで殺したところで大した影響はないでしょう?」

「忘れるな、我々は魔法使いの不正や罪を取り締まるための組織に属するもの。他の泡沫魔法使い共と同じように、弱者を虐げることを良しとはせん」

「はいはい。まったく高潔なことで…」


 不正や罪を取り締まる。レイヴァンの言葉は、情緒がぐちゃぐちゃになったテオの反骨心に火をつけてしまった。窒息させられるというのに、テオはもがき続けた。そんなテオのことを静めようとしても、シズナは言葉を届けることも出来ない。


「お前…お前らが…不正を取り締まる組織だって?ば…馬鹿なこと…言う…な…」


 まだ抵抗することをやめないテオの態度に、コルヴォは不快感と侮蔑の目を向けた。いっそ今すぐ殺してしまおうかと考えたが、テオが非魔法使いの一般人であればと思うと、レイヴァンが見ている手前、あまり手荒なことが出来なかった。


 コルヴォはテオの髪を引っ掴むと、ぐいっと引っ張り上げて顔を上げさせた。心底どうでもよさげに蔑み、かつ乱暴な扱いを改めようとしない。


「あなたも元気ですねえ、まだ黙りませんか」

「黙るもんか…ど、どこが不正を取り締まるだ…お師さんを襲っておいて、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるな…」


 テオは村の出身である。魔法使いの不正が放置されている現状を知っている。村人たちはマナという生命線を魔法使いに握られていて、不正に対して不満の声を上げるよりも、我慢して受け入れていることを知っている。だからこそ、それを正そうと行動しているシズナのことを襲ってきたことが許せなかった。


「ほう」


 口答えに対して怒りを見せるかと思われたコルヴォだったが、一転してにこやかな笑みを浮かべた。そして笑顔のままに、テオの顔を思い切り地面に叩きつけるように投げた。地面に打ち付けられたテオの鼻からは血が吹き出した。


「なるほどなるほど、ようやく分かってきましたよ。そうですかそうですか、言無しの魔女が謎の正義の味方でしたか。いやあこんなところで思いがけず答えに遭遇するとは、善行はしておくものですねえ」

「…は?」

「ドラン村、ブロウイム、サンメド村、直近のものを上げればこの辺りでしょうか。まあ、サンメド村は救ったと言えるか怪しいですがねえ」

「な、何を…」


 コルヴォが嬉々として挙げ連ねる地名を聞かされるテオは、一体何を言おうとしているのか分からず動揺していた。地に伏せ、鼻血を垂れ流すテオにコルヴォが言い放つ。


「こちらとしても掴みかねていたのですよ。謎の第三者が我々の真似事をしているのを嗅ぎつけまして、私が情報を追っていたんです。いやあ骨が折れましたよ。過去の記録を辿ると、それらしい痕跡は見つかっても実行者の影は踏めなかった。そうでしたか、偽善の介入者は言無しの魔女でしたか、それはそれは」


 テオの顔色は絶望に染まっていた。テオにすると、シズナの情報をみすみす明け渡してしまっただけではなく、コルヴォが属する謎の組織がシズナを追っていたことが分かった。弟子の自分が、勝手な正義感を振りかざして師匠の立場を不利にしてしまった。


 自分がコルヴォに人質に取られたことがシズナの拘束に繋がった。今も無力に地面に転がるだけだ。悔しさから情緒が更に乱れた。もはや自分の顔が鼻血に濡れているのか涙に濡れているのか、テオには分からなかった。


「さて、ここまで聞けたらもうあなたは用済みですね。消してしまいましょう」

「コルヴォ貴様ッ!!私の話を聞いていなかったのかッ!!」

「はぁ…リーダー、この小僧は立場も忘れてこちらの要求を何度も無視しました。ここまで虚仮にされたら、流石の私も黙っていられもしませんよ。しかもこの小僧は非魔法使い。そもそも私に逆らうことすら烏滸がましいのです。まあリーダーに免じて私にしては温情をかけてあげますよ。苦しまず殺してあげます」


 レイヴァンはジェイほどではなくとも、コルヴォの気質を理解している。だからこうなってはもう止められないということも分かっていた。


 それに魔法使いの中では高潔な性格をしていても、レイヴァンも魔法使いの選民思想に染まっているエリートである。言葉で厳しく言っても、本気でコルヴォのことを止めようとはしていないことがその証左であった。もはや目を閉じて、寝覚めが悪くなるからとテオの死を目にしないようにした。


「ではさようなら」


 本来ここでテオを手に掛ける意味はない。コルヴォがテオを殺したがっているのは、その方がシズナが苦しみそうだと思っていたからだった。おぞましいニヤケ顔で最高潮に顔が歪んだ。


 その瞬間。何かが爆ぜる音が響き渡った。




「ぐぅぅあああぁぁぁッッ!!!!」


 右目を含む顔のほぼ半分が焦げて煙が上がっていた。その苦痛に声を上げたのはコルヴォだった。テオを縛っていたマナの鎖が外れ、自由に身動きが可能になった。


 テオは顔を上げてシズナを見た。表情には如実に怒りの色が現れている。魔法を発動したのはシズナだったが、手はまだレイヴァンに拘束されたままだった。


 レイヴァンは突然の出来事に呆気にとられていた。シズナがいつ魔法を使ったのか、一番近くに居たはずなのに分からなかった。そもそも手を動かせないように今も拘束している。不可解な状況に困惑する他なかった。


 シズナはテオに、口を動かして意図を伝えた。読唇の心得もあるテオは、師匠の言葉を訳してレイヴァンに伝えた。


『今ここでそこの男を殺されるか、私たちを解放するか選べ。私は待たない。すぐに返答しないならば即座にそこの男を殺す』


 普段のシズナしか知らぬテオには、怒りに燃えるシズナが使う言葉は、あまりにも物騒だと思った。それでもテオは、あなたの声になれますと宣言したことを忘れてはおらず、この場ではその役目に徹した。


 レイヴァンはシズナの要求通り拘束を解いた。コルヴォの怪我は見るからに、すぐに救出しなければならなかった。それに「待たない」という言葉も本気だと分かる。今のシズナはテオを介することでしか意図を伝えることができないからだ。交渉の余地がない。


 本来ならば鴉のリーダーとして、命令を遂行するためにシズナの拘束を解くべきではなかった。しかし、シズナが放つただならぬ殺気に気圧された。それほど並々ならぬものがあった。


 加えてシズナが、《《手話を用いない魔法の行使》》が出来る場面を目にしてしまった。こうなれば手の拘束は意味をなさず、また別の策を考えねばならない。ここは取引に応じて、コルヴォを回収し撤退するのが得策だと判断した。


 約束を取り付けたシズナはテオに駆け寄った。その際は恐ろしい怒りの顔から一転して、普段のシズナの雰囲気に戻っていた。


『大丈夫テオくん!?ごめんね、私が不甲斐ないばかりに』

「…いえ。俺のことなんかより、お師さんのことが…」

『それはいいから。今はここを早く離れて、あなたの傷の手当をしないと』

「…すみません」


 二人がそんなやり取りを交わしている時に、悶え苦しみ獣のような唸り声を上げるコルヴォが、杖を向けながら二人に迫ろうとした。


「ふざけるなよ言無しの魔女!!貴様と小僧はここで殺す!ズタズタに引き裂き、ぐちゃぐちゃに踏み潰してやる!この…ゔッ!!」


 コルヴォのみぞおちに打撃が加えられた。気を失ったコルヴォの手から杖が落ちた。レイヴァンが、コルヴォのことを強制的に黙らせた。


「約束通り、こちらは引く。今はお前たちのことは追わない。だからこちらの撤退にも手を出すな。信用はないと思うが、私とこの男以外はすでに撤収済みだ。何の保証もないことだが我々による追撃はない、そう考えていい」


 それだけを伝えると、レイヴァンはコルヴォを担ぎ上げてその場を飛び去った。シズナとテオの二人も、長いは無用だとすぐに荷物をまとめて逃げ出した。

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