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言無しの魔女  作者: ま行


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強襲

 シズナとテオの二人を包囲したのは、シズナを生かして捕縛せよという命令が下った魔導監察庁の執行部特別実働部隊、鴉の一団であった。数は六人。それは鴉の構成員の中でも突出した能力を持つ幹部たちである。


 幹部たちは全員、背に黒い翼を模したマントを羽織っている。それは幹部にだけ用意されている特別な魔道具で、高度な浮遊魔法の発動を助け、自在に空を飛び回ることが出来るものだ。マントは羽ばたきはせずとも優雅に風にはためく。


「気付かれたな」


 通信魔法で他の構成員にそう知らせたのは、執行部と特別実働部隊の長を兼任するレイヴァンであった。背丈が高く、背まである長い黒髪が特徴的で、前髪は殆ど目を覆い隠していた。


「おや、リーダーにもお分かりでしたか。進言するまでもなさそうで安心しました」


 リーダーという立場にあるレイヴァンに対して、無遠慮にも嫌味な物言いをするのはコルヴォだった。その細い目とつり上がった口角は常に笑っているようにも見える。しかしその心の内は冷徹そのもので残虐、優秀であるがゆえに無下にも出来ない厄介な存在でもあった。


「おいコルヴォ!レイヴァン様に向かって何と無礼な物言いか!口を慎め!詫びろ!今すぐにだ!」


 通信魔法に声量の大小は影響しない。しかしその剣幕は明らかに声を大にしていた。荒ぶっているのは鴉の幹部の魔女セリカで、一番にレイヴァンを崇拝している。苛立ちからか、しきりにカチャカチャと自らの眼鏡をかけ直していた。赤くうねるようなくせ毛がその度に揺れた。


「まァまァ喧嘩しない喧嘩しない。相手は言無しの魔女だぜ?こっちのこと気付かれんのは想定済みだろ」


 セリカをたしなめたのはジェイだった。コルヴォに自由に発言させておけば、チームワークの破綻を招きかねないと、即座に判断しての行動だった。逆立たせた髪型や風貌、そして普段の態度が軽薄な印象を与えるが、仕事ぶりは堅実でチームのバランサーを担っている。


「ねー、馬鹿二人が喧嘩すんのはどうでもいいけどさ。向こうにバレてるんだったらさっさと突撃した方がよくない?殺るんならさっさと殺ろうよー」


 構成員の中では一際背が低く、飛んでいなければマントとおさげの三つ編みが地面についてしまいそうなピカリアという魔女だ。幼く愛らしい少女のような見た目をしているが、とびきり物騒で口の悪い物言いをする。


「馬鹿はお前だピカリア。生け捕りにしろと命令を受けたことを忘れたか」


 淡々と冷静な口調ながら、厳しくピカリアを非難したのは構成員の一人カタクだった。険しい顔つきに整えられた口ひげが威圧感を放つ偉丈夫で、空を飛んでいることが冗談のように思える見た目をしていた。


「はぁー!?図体デカいだけの能無しに馬鹿呼ばわりされる筋合いないんですけどー!?殺るってのは言葉の綾だっつーの!!そんなことも分からないなんて、相変わらず頭はデカいくせに詰まってる脳みそは小さそうなことね」

「何だと貴様」

「喧嘩すんなっつってんだろ!!」


 必死に間をとりなそうとするジェイだったが、口喧嘩は止まりそうになかった。コルヴォに対するセリカの怒りも再燃しそうになったところで、全員がビタッと言葉を止めた。


 いまいちまとまりに欠けるところはあるが、鴉は卓越した能力を持つ魔法使いの集団である。一瞬で空気感が変わったのは、標的、つまりはシズナに狙われていると気がついたからだった。


 普通の魔法使いならまず気づくことが出来ないマナのかすかな揺らぎ、それは所謂殺気と呼ばれるものだった。シズナから発せられる明確な敵意と殺意は、まるで喉元にひたりと冷たい刃を当てられているかのようであった。


「コルヴォ、セリカ、ジェイは私に続け。このまま上空で距離を取りつつ、多重詠唱で言無しの魔女の捕縛を試みる。ピカリアとカタクは降下して挟み撃ちにしろ。生け捕りの命令は出ているが、損傷について詳しい言及はなかった。言無しの魔女の抵抗が激しい場合、最悪両手足は必要ない、その程度では死にはしない、切り落としてでも確保しろ」

「了解」


 先程までの諍いは嘘のように消え、鴉たちはレイヴァンの指示に対して揃った返事をした。改まった空気は張り詰めたものになり、全員が獲物を見定め集中力を高めた。


「リーダー。言無しの魔女と共にいる少年の方はどうしますか?」


 カタクがそう聞くとレイヴァンは冷たく言い放った。


「邪魔になるなら殺せ。しかし見たところ、奴は大した脅威になりえん。優先するべきは言無しの魔女捕縛ただ一つのみ。無理に手を出すこともないが、判断は任せる」

「了解。行くぞピカリア」

「言われるまでもないっつーの!」


 ピカリアとカタクの急降下をきっかけにして、鴉の作戦が開始された。




 鴉が動いたことはシズナも察知していた。ピカリアとカタク両名の強襲と、上空の多重詠唱は同時に行われていた。


「重なれ言の葉、連なれ魔力。八属が虚闇。拡散し、捕らえよ。連環の縛鎖!!」


 多重詠唱は複数の魔法使いが同時に同じ呪文を詠唱することで、魔法の威力を高めるものである。息を合わせることに加え、多人数での微細なマナ操作技術も求められる高度な詠唱方法だ。


 重なれ言の葉、連なれ魔力。この一節で詠唱者のマナ操作を同調させる。多重詠唱には必須の呪文だった。


 八属が虚闇。この一節が定めるのは魔法の属性である。虚闇は闇属性の核となる呪文。これによって、使用される魔法のマナが闇属性に決まる。


 次の節は魔法の方向性を定めるためのもの。拡散は魔法の範囲拡大や数の増大を目的とする呪文で、それに続く捕らえよとは、発動させたい魔法の冠詞のようなものである。


 発動させた魔法。連環れんかん縛鎖ばくさは拘束魔法。マナで形成された幾重に連なる鎖が四肢や首などに巻き付くことで、動きを封じることが出来る。


 影の中から突如として現れた黒い無数の鎖が、シズナめがけて襲い来る。多重詠唱でより頑強になった闇の鎖は簡単に破壊できるものではなく、一本でも体に巻き付くことを許せば、瞬く間もなく拘束されてしまう。


 加えてピカリアとカタクの両名が上空から高速で迫ってきている。これらを同時に相手にするのは不可能かに思えた。


 しかしシズナは極めて冷静であった。シズナが素早く手印を結ぶと、シズナとテオの周りをドーム状の漆黒の壁が覆った。連環の縛鎖はその壁の中に溶けるように消えたかと思うと、次の瞬間には、吸い込まれた鎖が一斉に壁から飛び出した。


「はぁ!?嘘でしょ!?」

「これはッ…!!」


 シズナを狙っていたはずの鎖は、飛び込んできたピカリアとカタクの全身に巻き付いて拘束した。空中で姿勢制御が失われたことと、闇属性のマナの性質である、他のマナの侵食と吸収によって魔道具の機能が停止した。勢いそのままに上空から地面に叩きつけられた二人は、防御魔法も間に合わず重傷を負った。


 カタクは体格がよく、体重が相応にあるので墜落の衝撃がより大きかった。頑強な肉体を誇っていても気を失ってしまう。ピカリアはかろうじて意識を保っていたが、それも長くは保たないのは必至だった。


「ンだよありゃ!?」

「ふむ。一見すると発動させた魔法は、相殺の障壁に見えましたが―」

「ああ。それと闇属性を逆手に取られたな。相殺だけではなく、あの一瞬で反撃まで組み込めるのか」


 相殺そうさいの障壁。防壁魔法で、同属性のマナを打ち消すことで防御を行う。広範囲の防御に向いているが、攻撃魔法の防御はその範囲が広がるほど、威力が高まるほど困難になる。ただ防ぐのではなく、魔法は相殺するほかなかった。


 ただし、シズナの相殺の障壁はそれだけにとどまらない。相殺した上で反撃の体制まで整えていた。言葉を話すことが出来ないシズナは当然、詠唱によるマナ操作は使えない。


 レイヴァンは表情に出さずとも戦慄していた。事前の情報で頭に入れていたものの、目にするのは初めてのことだったからだ。八賢者はその名前や二つ名、特徴などは伝わっているが、大部分の情報は謎に包まれていて表沙汰にならない。


「言無しの魔女。これほどとは」


 レイヴァンが心の中で留めたこのシズナへの評価は正しい。しかし、鴉の攻勢に隙もなかった。多重詠唱で魔法が発動するタイミングに、挟み撃ちに動いていたピカリアとカタクも、即座に魔法を発動できるように準備をしていた。


 それを読んでの行動選択。シズナは明らかに戦い慣れていた。決して侮っていた訳ではないが、生かして捕縛することは鴉の構成員を犠牲にする覚悟が必要だった。


「コルヴォ、ジェイ、セリカ、私が言無しの魔女を引き付ける。ピカリアとカタクを回収しろ。そしてそのまま離脱。なるべく距離を取れ」

「レイヴァン様ッ!それでは貴方様が一番危険です!」


 セリカの言い分にレイヴァンが答えた。


「だからこそ私が引き受けるのだ。ここで鴉の翼をもがれる訳にはいかない。二人の救出は急務だ。行け」

「…ですね。生きてりゃまたチャンスはある。セリカはピカリアを、俺とコルヴォでカタクを拾う。行くぞッ!」


 命令に応じ、即座に行動を起こしたのはジェイだった。次いでセリカが、渋々という態度を隠さずコルヴォが動く。それを見届けてから、レイヴァンがシズナに向かって突撃した。

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