皇国の影
とある場所に自分が御する馬車を停めたランスは、目印を頼りにして地面に隠された特殊な形状の鍵穴を見つけた。ランスは懐からその鍵穴に合う鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回した。
ガチャリと重い音がした後、ランスは取手を掴んで重い蓋を踏ん張りながら上に持ち上げた。そして中から大型の箱を取り出す。その箱には、収められていた地下の空間から無数に伸びた線が繋がっていた。
ポチポチと慣れた手つきで箱のボタンを押すと、今度は備え付けられている頭を挟む耳当てを装着した。手元には小型の箱を持ち、それを口元に置いている。暫く箱の前で待っていたランスの耳に、やがてノイズ混じりの声が聞こえてきた。声は段々と明瞭になっていく。
「お待たせいたしました。ランス様」
「よおシックル!俺が送ったモンの首尾はどうだ?」
そこにあるのは箱だけ、しかし会話は成立していた。ランスが操作しているものは、外環諸国では一般的に使用されている通信機器である。ランスはそれを使ってある国と連絡を取っていた。
「荷は届きました。それと魔法使いの方も」
「その魔法使いの方、名前はガレムってんだ。とんでもねえ外道だが、今のところは無力化されてるから無害だぜ。でも念には念を入れてジャマーのレベルは最大限にしておけよ。それに手足の拘束と、厳重に口を塞いでおくようにな」
「ハッ、心得ております。して、今回の外遊はいかがでしたか?」
シックルと呼ばれた男性は、落ち着いた声色でそう聞いた。するとランスは、にやりと口角を上げた。
「いやあすごい大物に出会っちゃって驚いたよ。誰だか分かるか?いやあ分かんないだろうなあ。いいか?ヒントは…」
「そうですね、ランス様がそれほど驚きになる人物となると、八賢者でしょうか」
「…臣下が賢くて頼もしい限りだよ。ウキウキで問題を出した方としては面白くないけどな」
「おや、当たるはずがないと踏んでの回答でしたが当たりましたか。して、八賢者のうち、誰と遭遇されたので?」
「言無しだ。言無しの魔女。情報通り、本当に一言も声を発することが出来なかった。だと言うのにも関わらず、高度な魔法が使えることを確認した。それと―」
「それと?」
「目が飛び出るほどの美人だ」
通信機から送られてくる言葉が止まった。暫く間をおいてから、シックルがまた話し始めた。
「陛下の戯言は聞き流すとして。事実と確認されたのに、本当に信じられませんね」
「俺は臣下の物言いが信じられないよ。他の誰かが聞いてたら不敬だぞ、首が飛ぶぞ、俺の心は繊細だぞ」
「はいはい、不敬不敬。お忘れになられていたら困りますので申し上げますが、表向き現皇帝陛下はランス様ではなく、陛下の弟君であらせられるシルドリオ様です。弟君に重責を押し付けていることをどうかお忘れなきように」
「あっはっは!…シルドは元気か?怒ってる?一応、お土産も一緒に送っといたんだけど、あれじゃあ機嫌取りにならないかな?」
途端に不安にかられたランスの物言いに、シックルの返事はため息であった。
「して、送られてきたこの奇妙な人形は何なのですか?恐ろしいほど人間の姿と瓜二つですが」
シックルの言葉には怯えがあった。ランスはその怯えに同調するように話を進めた。
「怖いよな。そいつを言葉で言い表すなら、死体、ということになるだろう。だがな、一度ガレムの魔法で動き出せば、生きている人間とまるで区別がつかない。あの八賢者の目をもってしても見抜けなかったほどだ」
「…動くのですか?これが」
「ああ。ゴーレムというものらしい。ガレムはそれを作るために、サンメド村を支配して人を材料に研究を行っていた。一人、また一人と村人を殺してはゴーレムに作り変えると、死んだ本人になりすませて村で生活を送らせていた。これは俺の推測だが、それも含めてガレムの実験だったんだろうな」
「と、申されますと?」
「生前の記憶や習慣を保持させたままにすることで、ゴーレムが昔なじみの顔ぶれでも騙せるかどうかを試していたんだと思う。狭い社会では隣人の変化にどうしたって敏感になる。長年の友という可能性だって高い。多少の違和感があれば、そこからバレることだってあるだろ。それを観察したかったんだ」
ランスの推測は、違和感すらも抱かせない、完全に今まで通りのその人だと誤解させるほど、完成度の高い模倣品のゴーレムを作ることがガレムの目的であったというものだった。
しかし、何故それをしようとしたのかは分からない。研究と実験自体は上手くいっているように見えたものの、それもシズナたちの介入によってご破産となった。
とはいえ、シズナたちが介入しようがしまいが、遅かれ早かれガレムの凶行は露見していたはずだともランスは考えていた。そして、だからこそ利用価値があると判断した。
「俺は一度そっちに戻る。ガレムはその時まで殺すなよ、俺が直接話をつけるからな」
「承知いたしました。お気をつけてお戻りくださいませ」
ランスはそこで通信を切ろうとした。しかし、もう一つ伝え忘れていたことを思い出す。
「そうだそうだ。今回の旅で、とても面白い奴と出会ったぞ。何とだな、魔法使いになりたいって少年だ。名前はテオと言う。ドラン村という所の出身らしいぞ」
「それのどこが面白いのですか?叶うかはともかく、内環では一般的な目標でしょう」
「いやいやいや。テオはな、魔法使いになるために、言無しの魔女に弟子入りしたんだ。シックル、これでもテオの目標が一般的と言えるか?」
告げられた事実に言葉を失うシックルに対して、ランスはくくっと笑った。
にわかに信じがたい。言葉にされずとも、シックルの考えは伝わってきていた。ランスは返事のないシックルに話を続ける。
「テオは面白い奴だぞ、手話を知っているから言無しの魔女とコミュニケーションが取れるんだ。青臭くて認識が甘いところもあるが、擦れてなくて真っ直ぐな心を持ってる。世間知らずでもないのに、この歪んだ世界で真っ当なことがしたいらしい」
「なんと…それは…」
「馬鹿馬鹿しいだろ?俺もそう思った。でもな、テオを見て俺は、自分の初心ってものを思い出したんだ。柄にもなく、馬鹿みたいな理想を語ったよ。だからかな。あいつが夢や理想を捨てず、折れることなく魔法使いになる夢を叶えた暁には…」
「暁には、何ですか?」
「…いや、いい。シックル、迎えを寄こすよう手配しろ。じゃあまたな」
ランスは無理やり話を切り上げて通信を終えた。機材を地下に戻すと、蓋を閉じて鍵をかける。そして立ち上がったランスは、いいかけて止めた言葉を思い返した。
もしテオが、自らの理想とする魔法使いになったなら、その時は自分の国に迎え入れたいとランスは考えた。しかし、すでに自分は綺麗事と嘘で舗装された修羅の道を歩んでいる。そこにテオを引き込むのはどうなのかと、ためらった。
テオは今のところ、まったく取るに足らない人物であった。シズナに付き従うだけの、可能性の種である。芽吹くこともなく踏み潰される可能性の方が高いと、ランスはそう思っていた。
それでも可能性は可能性だった。テオの教育が順調に進めば、四大魔法学校の思想を受けず、八賢者であるシズナから多くの魔法の知識だけを吸収することになる。テオが魔法使いとして類まれな才覚を持っているかどうかはともかく、体系化されていない環境で育つ魔法使い、その上八賢者の弟子というのは、他の魔法使いにはない強力な個性と可能性を秘めていた。
「…理想は理想だ。そう吐き捨てることは簡単なことだ。だけどテオがもしも、理想通りの魔法使いになったのなら」
腐敗が進む魔法界の現状に風穴を開ける存在になりうるかもしれない。ランスはそう夢想した。叶わぬだろうと、頭ではそう思いながら、心の中では期待をしていた。
「さあてと!久しぶりにアイゼンハルトへ帰るかリッキー」
アイゼンハルト皇国。外環諸国で一番の国力を持つ大国である。旅の奇術師ランスは世を忍ぶ仮の姿。本来の名はランスリード・フォン・アイゼンハルト。皇国の真の皇帝であった。




