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言無しの魔女  作者: ま行


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鴉の標的

 サンメド村の惨劇に魔導監察庁が介入して、徹底的な捜査が行われた。そして詳細な事実が外部に漏れ出ぬよう、厳重に情報統制が敷かれた。ブロウイムの時のような中途半端なものではなく、魔導監察庁による徹底的に行われたものである。


 結果として、ガレムの凶事は闇に葬り去られ。地図からサンメド村の名は消えることになった。村の跡地はその面影も残さず更地となり、かろうじて生き残った少数の村人も、魔法で記憶の消去と改ざんが行われ、別の場所での新しい生活を強いられることになった。


 すべての人々からサンメド村があったという記憶は消せない。しかし、内環諸国で絶大な権力を持つ四大魔法学校が組織した魔導監察庁の仕業に、どこの誰も文句や意を唱えることなど出来なかった。


 サンメド村は存在していない。正式にそう判断が下された。




 だがしかし、何もかも魔導監察庁の思惑通りには事が進みはしなかった。現場捜査の指揮を執っていたのは、執行部特別実働部隊「鴉」に所属しているジェイであった。


「ジェイ、進捗はどうだ?」


 捜査中のジェイたちに声をかけた女性がいた。翠緑色の長い髪をシニヨンにまとめ、制服とタイトスカートをかっちりと着こなし、風格のある雰囲気をまとっていた。極めて美しい顔立ちだが、険しく冷たい氷のような視線が、常人とは一線を画した威厳を印象付けている。


 入念な捜査を行っていたこともあり、誰も女性の接近に気が付かなかった。だがその姿を見て、捜査に当たっていた全員が立ち上がり敬礼をした。


「失礼しましたセシル局長補佐官。皆、捜査に熱が入ってしまい…」

「構わん。ジェイ以外は仕事に戻ってくれ」


 セシルと呼ばれた女性は、魔導監察庁長官補佐を務めていて、組織の中でも上位に位置する存在であった。現場には出てこられない肩書と役職を持つ者たちとは違い、補佐官は調整役として現場入りすることもある。


 ジェイたちのような実働部隊所属の魔法使いにとって、長官の意思を代行する補佐官は、現場では実質的に長官と立場が同等だった。それでも滅多なことでは現場に出てくることはない。その場にいた者たちが恐縮するのは無理からぬことであった。


「いかんな、まったく。肩書ばかり偉くなって窮屈でたまらないよ」


 現場に設営されたテントの中に案内されたセシルは、真っ先にそう愚痴をこぼした。それを聞いて、ジェイは苦笑いをしながら言った。


「そうおっしゃらないでください。セシル補佐官は、我々鴉に所属している者にとって憧れの出世頭なのですから」

「…あなたは真面目で堅実な働きぶりが長所だけど、やはりお世辞を言わせると、どことなく軽薄さが浮き彫りになるところが短所ね。普段のあなたを知っているからかしら?」


 ふっと笑みを浮かべたセシルがくすくすと笑いながらそう続けた。セシルの口調が砕け、ようやく堅苦しい雰囲気が消えたと、ジェイもそれに倣って昔のような話し方に戻った。


「勘弁してくださいよ。セシルさんに仕事を教わった同期の中では、一番俺が真面目に仕事やってんですよ?後は優秀でも問題児ばっかりなんですから」

「そのようね。皆、優秀な鴉になってくれて、私としては嬉しい限りだけどね」


 セシルは補佐官に昇進する以前、鴉のトップを務めていた。手ずから新人教育も行っていて、ジェイもコルヴォもセシルの薫陶を受けて鴉の一員になっていた。


「あなたたちとは滅多に会えなくなってしまったから名残惜しいけれど、世間話はこれくらいにしておきましょう。報告書は読んだ。人間を材料に使ったゴーレムと、その制作者の魔法使いガレムが見つからないのは本当なんだな?」

「はい。何度も確認と捜索を行いましたが、やはりゴーレムの数が足りません。そしてガレムのその後の足取りも掴めていません」


 魔導監察庁はガレムが地下で秘密裏に作っていたゴーレムを回収したが、どれだけ確認をしても村人の総数と合わない行方不明のゴーレムが数体あった。


 そして魔法使いであっても、生身の人間に見紛う特殊なゴーレムの作成を行っていたガレムのことも逮捕しそこねていた。それと村の惨劇を通報した者の素性や足取りも、綺麗に消されていて判明していなかった。


「ガレムの身辺を洗うのはそう難しいことではありませんでした。ガレムは黒曜の尖塔傘下の魔法学校、その中でも相当レベルの低い学校を卒業した魔法使いです。いわゆる雑草出の奴ですね」


 雑草とは、四大魔法学校卒以外の魔法使いのことを指して使われる言葉だった。四大魔法学校の傘下とは名ばかりであり、どの学校も本質は、本校に使う資金の集金目的に作られたものであった。


 高い入学金と授業料を払わせて魔法の知識は与えても、魔法使いとしての地位は与えない。争いが起こった時には、真っ先に盤上に並べられ使い捨ての駒にされるのも、雑草出身の魔法使いだった。


 四大魔法学校出の魔法使い以外は魔法使いに非ず。四大魔法学校出エリートの魔法使いには、この思想が根を深く深く張っていた。


「しかしあのゴーレム、私もこの目で見たが、とても雑草出に作れる代物ではなかったぞ」

「そこが謎なんすよねェ…。ガレムの在籍中の成績は下の中程度で、経歴だけ見ると、どうしようもない地方に飛ばされる雑草の典型例です。どう考えても経歴とやったことの規模が比例しない。考えられるとしたら、最初から何らかの目的を持って雑草に潜り込んだ、というところでしょうか」

「鴉の追跡から逃げおおせているのも気になるところだ。魔法使用の痕跡どころか、足取りまで追えんとは」

「それは…面目次第もないです」


 責任を感じてがっくりと肩を落とすジェイを見て、セシルは励ますように肩を叩いた。


「そう落ち込むな。私がここに来たのは、鴉でも手に負えない事案であると察知した局長命令によるものだ。局長は鴉の実力を凌ぐものがいるとすれば、この件に関与した人物が何者かは限られてくると推測なされた」

「それってまさか…八賢者ですか?」

「流石に鋭いな、その通りだ。ではその内の誰かとなると、気まぐれに人助けをすることもあるが後始末を考えない嵐楽らんがくは除外出来る。嵐楽だとしたら、痕跡を綺麗に消しすぎだ。所在を誰も把握することが出来ない無辺むへんも可能性がなくはないが、滅多に動くことがない無辺にしては少々突飛にすぎる。一番可能性が高いのは言無しだ。今回の件、言無しの魔女が関与している可能性が高い。そう局長はお考えだ。そして私も同意見だ」


 言無しの魔女と聞き、ジェイは口元に手を置いて考え込んだ。魔法使いや魔女の行動調査と、時には監視を行う執行部でさえ、それは噂の域を出ない存在だった。


 より正確に言うのならば、八賢者に選ばれている以上、言無しの魔女の存在は疑いようもなかった。しかし、その行動内容が魔法使いたちにとって理解不能なものだった。だから噂のように曖昧な実感しか抱けないというのが本当のところだった。


 言無しの魔女は魔法使いに虐げられている人を助けるために各地を巡っている。これがジェイの聞いたことがある言無しの魔女にまつわる噂だった。八賢者に選ばれる力を持ち合わせながら、やっていることは無意味な正義感を振りかざす人助けだ。ジェイは言無しの魔女のことを、八賢者で一番スケールの小さい魔女だと考えていた。


「ではガレムは言無しの魔女に消されたと?」

「そのことを確認するためにも、お前たち鴉には別の任務を与える。ガレムの捜査から、言無しの魔女捜索に任務を変更だ。生け捕りにせよと局長から厳命があった。ジェイ、お前はここを引き上げて捜索隊に加われ。相手は八賢者だ。油断するなよ」

「分かりました。ただちに捜索隊に合流します」


 こうして鴉の標的は、ガレムから言無しの魔女シズナへと移った。この状況は、まさにシズナが危惧していた通りだった。しかしシズナとテオの二人は、まだこのことを知る由もなかった。

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