出会い別れ
シズナの手によって倒されるガレムの姿を見て、テオは絶句していた。先程までガレムの死を強く望んでいたはずなのに、いざ目の前でその様子を目の当たりにして、激しく動揺していた。
それはテオがある言葉に引っかかっていたからだった。ガレムが言った《《シズナは魔法使いを殺害する私刑を行っている》》というものだった。
それが事実だったとすると、ガレムがやってきた殺人と、シズナが行っている私刑がどう違うのか。混乱しているテオは、一瞬であってもそう考えてしまった。その疑念が胸の奥に鋭く刺さり、さらなる混乱を招いた。
「おい、本当にやっちまったのか?」
テオより先にそう口にしたのはランスだった。しかしその問いにシズナは、頭を振って否定した。
『いいえ、ガレムは死んでいません。ただ気絶させただけです。生け捕りにしなければ、この所業を詳しく説明できる人がいなくなってしまいますから』
ランスはそれを受けて、急いでガレムの元に駆け寄った。そしてシズナの言う通り、ただ気絶しているだけだということを確認した。
「はあ、びっくりした。怒りのままにやっちまったのかと思ったぜ。で、こいつどうすりゃいい?」
『一応、拘束は念入りにしておいてください。魔法の使用を封じるのは私がやります。村の人でまだ無事な方は最優先で救出を、残念ながらそうでない人も、早く外に出してあげましょう』
「ああ。こんなところに置いていくつもりはないよ。よっしゃ!テオ、手伝ってくれ!…テオ?」
反応がなく、ランスはテオの名を何度か呼んだ。それでも無反応のまま地に突っ伏しているのを見て、ランスは少々強めにテオの背を叩いた。
「しっかりしろ。力仕事はお前の領分だろ?それとも《《まだシズナちゃんにやらせる気か》》?」
「あっ…うぅ…」
今回の件でテオとランスが果たした役割は、情報収集だけだった。だからこそガレムまでたどり着けたのだが、その後の対応はすべてシズナ任せだった。
自分とテオも多大なショックを受けた。しかし、それはシズナも同じはずだ。そうランスは言外にテオに伝えていた。シズナには魔女としての立場もある。同じく魔法使いガレムの悪逆無道な行為を目の当たりにしたこと。そして弟子であるテオに見せたことの心理的ダメージは、計り知れないものがあった。
それでもシズナは態度を崩すことなく、冷静に振る舞おうとしていた。本当は、誰よりも怒りに身を任せてしまいたいのはシズナだった。それを表に出さず、懸命に耐えていた。
テオは自らの不甲斐なさを噛み締めると、両頬を叩いて気合いを入れた。そして立ち上がると、黙々と作業を始めるのだった。
地下から村人たちを運び上げる作業は難航した。無事だった人は楽に運び出せたが、問題はゴーレムに作り変えられた人たちであった。
どの人も見た目以上、体格以上の重量があった。それもそのはずで、体の中には土と岩がぎっしりと詰め込まれていた。ガレムは地属性の魔法でゴーレムを作成していた。それを操るために、中身を抜き取る必要があったのだ。
現状ガレムは気絶しているだけだった。ガレムが施した魔法を利用すれば、自ら動いて外に出てもらうことも出来た。しかし、シズナはテオにその提案をしなかった。断られる以上に、嫌がられると理解していたからだ。
テオも話すことはなく、ひたすら運び出す作業を続けた。頭を切り替えたとはいえ、心中はまったく穏やかでいられなかった。何も考えず、ただただ作業を続けていた方が、よほど心の負担が軽かった。
無事だった村人を救出して、すべての遺体を運び出し終わった。始めた時間は真夜中だったが、終わった時には日が傾いて空は赤く染まっていた。
三人共に、疲労困憊であった。だがシズナはそれでも立ち上がった。そしてテオに向き直る。
『テオくん。疲れていると思うけど、私たちが出来るのはここまで。すぐにここを発つよ』
あまりにも急なことと、過酷な肉体労働で疲労していたテオには、疑問を呈する余裕もなかった。その代わりをランスが務めた。
「すぐにって、シズナちゃんどうしてそんな急に?」
『ごめんなさいランスさん。私がこの件に関わっていた証拠をできるだけ残したくないんです。でもガレムがやっていたことは規模が大きすぎる。どれだけ念入りに私の痕跡を消しても、恐らくそのうちには気取られてしまうでしょう。だから、できるだけ離れておきたいんです』
「気取られるって一体誰に…」
その質問に、シズナは沈黙を貫いた。ランスは軽くため息をつくと、今できる最大限の笑みを浮かべた。
「そうだな。誰にだって探られたくない秘密の一つや二つはあるよな。で?俺にまだ何か頼みたいこと、あるんだろ?」
『…本当にごめんなさい。ガレムの身柄の引き渡しと、サンメド村で起こったことの通報をお願いします』
「分かった。こっちは引き受けるぜ。ただ時間稼ぎは出来ないぞ?無事な村人たちの救助をすぐに呼ばなきゃいけないからな。そればっかりは俺も譲れない一線だ」
『構いません。むしろそちらは最優先でお願いします。ガレムの無力化は私が責任をもって行います』
「頼んだ。じゃあ俺も準備するよ」
行動を始めた二人とは違い、テオはすぐには動くことが出来なかった。ここまでの作業で積み重なった疲労が、テオの気力と思考力を完全に奪い去っていた。テオはふらふらと立ち上がると、いきなり手で地面を掘り始めた。
急な行動に驚いたランスが止めようと腕を掴んだ。しかし、テオはそれでも止まらない。爪が剥がれてしまいそうな勢いで、一心不乱に土を掘り続けた。
「おい!何してんだよテオ!」
「…お墓を…皆のためにお墓を…」
「馬鹿!んなことしてる時間なんてねえだろ!少しでも遠くに行けよ!!」
「…でも…でも…見捨ててはいけない…」
せめて弔わなければと、テオはその一念で動いていた。やらなければならないことを完全に見失っていた。しかし、気持ちが分かるだけにランスには無理やり止めることが出来なかった。
その時、シズナがテオの前にしゃがみ込んだ。そして肩を掴んで顔を上げさせると、そのまま頬を叩いた。乾いた衝撃音が、込められた力の強さを示していた。
『テオくん。あなたがここに留まるなら、私はあなたを置いて行く。師匠として不義理を働いたとしても、その状態のあなたを連れていく方がよほど危険だから。私の言う事が聞けないなら、今すぐ魔法使いの夢を捨てて村に帰りなさい。私は止めない。あなたが決めるの』
シズナはまっすぐにテオの目を見つめた。今一度覚悟を問うために、厳しい言葉を投げかけ、それでもついて来るかどうかを決めさせるためだった。
テオは叩かれた頬を手で抑えながら、ドラン村の村長サンチョの言葉を思い返していた。綺麗事が通用しない時、思い通りにならない時、自分の理想とかけ離れた現実に直面する、旅の中で必ずそれが来るとサンチョは言明していた。
シズナは最初はテオを旅に連れていくことに反対をしていた。いずれこうなると分かっていたからだ。それでもついていくとテオは宣言して村を出た。夢を追うと決意した。村人たちもテオの夢を信じて送り出した。
「…うぅ…うああああああッッ!!!!」
テオは叫び声を上げ、やるせない怒りを込めた拳で地面を思い切り殴りつけた。その強い衝撃で皮膚が裂け、少なくない血が滴り落ちた。軽くはない怪我だった。それでようやく自分を取り戻すことが出来た。
「お師さん、何をすればいいかを指示してください。今の俺は自分で考えて動けない。だからお師さんが、俺のやるべきことを示してください」
シズナはその言葉に頷いた。多大なショックを受けたテオにとって、これが今出来る最大限の譲歩だった。頭は動かないが体は動く。それで精一杯だった。
「おいテオ!」
そんなテオにランスが声をかけた。もう別れを惜しむ時間がない。言葉をかけられる最後のタイミングだった。
「お前、どんな魔法使いになりたい?」
「…少なくとも、こうはなりません」
「それだけ聞けりゃ十分だ。シズナちゃんと一緒に真っ直ぐ進め、折れるなよ。旅をしてりゃまた会うこともあるだろ、さよならは言わねえぜ」
テオは頷いた後、ランスに深く頭を下げた。感謝の意を示し「また会いましょう」と告げて別れた。




