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言無しの魔女  作者: ま行


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おぞましい結末

 ガレムの小屋にあった地下に続く階段の扉、それを見つけたテオは、シズナとランスの前を先行して歩く。階段もその先にあった廊下も、地下であることを忘れてしまうほど明るかった。


 そのことだけでも異様ではあったが、更に異質なものが廊下では見受けられた。廊下の壁はくり抜かれ、そこに等間隔で鉄格子がはめ込まれて牢屋のようになっていた。しかしそこには誰も入っていなかった。


 無機質に並べられた無人の牢屋。その不気味さも十分気を悪くする要因になっていたが、もっとテオを苦しめているものがあった。それは霧の中を進んでいた時に感じていた、赤黒くおどろおどろしいマナがどんどん濃くなっていることだった。


 いよいよ廊下の先に扉を見つけたところで、テオはがくっと膝から崩れた。ランスが咄嗟に支えていなければ、そのまま地面に倒れ伏せていた。


「おい、大丈夫かテオ?」


 虚ろな目で頷くテオの様子は、自らの主張とはずいぶんとかけ離れていた。どう見ても大丈夫な訳がないと、ランスはテオに肩を貸して支えた。


「強がるんじゃねえよ。お前のどこをどう見たら大丈夫だって言えるんだ」

「でも…俺が…」

「シズナちゃん、悪いが後は任せた。どのみち俺たちは役に立ちそうにない。見守ってることにするよ」


 そんなことはない、役立てる、そう頭を振るテオの肩に、シズナは優しくそっと手を置いた。


『大丈夫。私に任せて』


 師匠の力強い言葉を聞き、ようやくテオは納得して頷いた。




 廊下の先にあった扉を開くと、地下とは思えないほど広い部屋があった。その部屋の中央では、来訪者に気がついているのに作業をやめないガレムの姿があった。後ろを向いたままガレムは声を上げた。


「どこの誰だか知らないけど、まさかあの霧を突破するだけじゃなく、意識を保ったままここまでたどり着く奴がいるとは思わなかった。ただの旅人ではなさそうだ」


 返答がないことに違和感を覚え、ようやくガレムは振り返る。顔についた血を拭うが、手についている血と肉によって汚れは無意味に広がるだけだった。


「誰だお前は?何故何も喋らない?」


 シズナはランスに通訳を頼んだ。それを見たガレムは何かに気が付き「ほう」と声を上げた。


「なるほど、あんた例の言無しの魔女か。噂に聞いてはいたが、本当に喋れないんだな。それでよく八賢者になれたものだ。どんなからくりがあるのか知らないが、私たち魔法使いからするとこの上なく気に食わない存在だな」

『何故村人に手を出した。お前は慕われていたのに』


 ランスはシズナの手話を言葉にして伝えた。すると視線をガレムに移したことで、あることに気がついてしまった。


 ガレムの前の作業台の上には、まだ年若い子の死体があった。体は切り開かれていたが、首は無事で汚れていない。その顔は、ランスが奇術を披露した時に見た顔だった。


「八賢者のくせに馬鹿なことを聞くんだな。この村の旅人も村人も、私がゴーレム作成に使うための研究材料だ。どう扱おうが関係ないだろ」


 その言葉を印象づけるために、ガレムはわざと内蔵の一つを無造作に掴み、それを地面に投げ捨てた。湿った音が生々しく響いた。なおも鋭く向けられるシズナの視線に、ガレムはため息をついて答えた。


「あんたが納得出来るかは別だが、私も研究の初期段階では、村人ではなく旅人を使っていた。幸いこの村は旅人たちが立ち寄りやすい立地だが、数はそう多くない。先を急ぐものは通過するだけだ。私にはとても都合がよかった」

『…お前は魔女の横暴の被害にあっていたこの村に目を付け、真面目な仕事で支持を集めた。そして魔法使いとしては珍しく、村に駐在することを選択した。村としては当然、魔法使いが駐在することには利益しかない。前任の魔女が非道を知れば、お前は適当に仕事をしているだけで評価された』

「馬鹿な奴らだよ。至極簡単なことをしているだけで、こちらを救世主かのように崇めてくる。私が本当は何をしようとしているのか知りもせずな。まあ、その一端を知り得たところで、低能には理解することも出来んがね」


 この世界で魔法使いは、圧倒的に優位の立場にある。ガレムの言う通り、魔法使いにとっては初歩的な作業をするだけで、その土地に多大な恩恵をもたらすことが出来る。しかしその簡単なことが、魔法を使えない人たちにとっては、喉から手が出るほど欲しくてたまらないものなのだ。


 それが与えられる人は限られている。それが内環諸国の支配の仕組みだった。派遣されてくる魔法使いの質がどれだけ低かろうとも、マナという命綱を一度でも握られたなら、そう簡単に魔法使いに逆らうことはできなくなる。


「それも無理からぬことだけどな。別にこの村の奴らが悪い話でもない。私としても、内環のやり口に乗っからせてもらったまでのこと。馬鹿を騙す手段として丁度よかった。実のところ、村人に思い入れはないが感謝はしているよ。私のように末端の魔法使いには、人を材料に使える機会は滅多に得られない。とても有意義な時間を堪能させてもらった」


 淡々としたガレムの語り口には、凡そ感情らしきものが感じられなかった。血まみれの手、汚れた顔、漂う死の匂いの中に居ても、ガレムはまるで平常心のままであった。


「お前ッ…お前は…一体ここで何をッ…何をやってるんだッ!!」


 ランスが支える手を振りほどくと、ふらふらとした足取りでテオが前に進み出た。燃え上がるような怒りが頭と心でバチバチと爆ぜていた。ガレムの所業を目の当たりにして、テオは初めて明確に殺意を覚えることになった。


「どうしてこの私が見ず知らずのガキに、大切な研究のことを話さねばならんのだ。身の程をわきまえろ」


 そうバッサリとテオの言葉を切り捨てたガレムであったが、攻撃する意思などを見せたりはしなかった。テオを嫌悪し、心底見下しているのは確かだったが、圧倒的な実力差があると分かっていても、手を出そうとはしない。


 敵とみなしていないのか、相手にするまでもないと考えているのかは分からないが、攻撃してはこない。ならばとランスは黙り込むシズナ通訳をやめて、自らの言葉で聞いた。


「なあ、これは質問じゃない。だから答えなくていい。ただ、そうだと言え。《《ここにある村人たちそっくりの人形はお前が作った偽物だと言え》》。それだけでいい」


 そこは広い部屋ではあった。しかし、床は倒れている大勢の人々でほぼ埋め尽くされていた。その殆どが、昼間にテオやランスが見た顔と姿形がそっくりそのまま同じものであった。


 ランスの声色は悲痛なものだった。そうであってほしくないと心から願っての言葉だった。だがそれを察したガレムが、希望を打ち砕くよう吐き捨てた。


「偽物に人形とは、まったく酷い言い草だな。これはゴーレムだと言っただろう。それに内蔵なかみは殆ど捨てたが、外側はほぼ弄らずに再利用した。命の有無という意味では偽物かもしれんが、お前たちがそれと会話をした時に、少しでも命の親しみを感じなかったかね?」


 ぷつんと糸が切れたように、ランスは地面に崩れ落ちた。ガレムは未だに村人を手にかけ続けている。だから村人全員がゴーレムに入れ替わったとは限らない。


 しかし、もうすでに村の大半の人間が殺されてゴーレムへ変えられており、テオやランスたちが遭遇した人たちは、生きていた頃の記憶通りの生活を繰り返すだけのものと化していた。


 怒りに身を任せてガレムに突撃しようとしたテオだったが、ふらつき足がもつれて転んだ。そして地面に転がされていた人の顔を見た。それは自分が声をかけて、農作業を手伝った老婦人だった。ひと目見て、すでに死していたことを悟った。


 そこでようやく、この部屋を訪れるまで感じていた奇妙なマナの正体に、テオは気がついた。それはここで殺され、ゴーレムに変えられた人々の憤怒と怨嗟の感情だった。死する際に強まった感情がこの部屋に堆積していた。あのおどろおどろしいマナは村人たちの無念の心だったとテオは知った。


「これがッ…これが人の所業であっていいはずがないッ…!!こんな…こんな外道がッ…!!」


 テオの目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。その涙の所以が怒りなのか、悲しみなのか、本人にも分からないほど感情がぐちゃぐちゃになっていた。


「…馬鹿なガキだ。無知で愚かで救いようがない。この程度のこと、魔法界に限らず世界中で当たり前に行われていることだ。魔法だって研究と実験の繰り返しの産物だ。外環諸国の武力装備だって、どれだけの犠牲の上で成り立っていると思っている。新しい技術や知見を得るために、必要な犠牲なんだよ、これはな」


 ガレムは蔑む目でテオを見下してそう言った。テオからどれだけ憤怒に満ちた目で睨みつけられても、まるで意に介さない。それが当然のことであると、心から確信しているからだった。


「さあ、もうここまででいいだろう、言無しの魔女。あんたがここに来たってことは、他の魔法使いを殺害して私刑に処しているという噂は本当だったようだ。殺るならさっさと殺ってくれよ。あんたに敵うはずがないから抵抗もしない。だが私を殺すということは、今まで作ってきたゴーレムの命をすべて奪うのと同義であることを忘れるな」


 シズナは黙ったまま、小屋を破壊した時と同じ手の形を作り、その指先をガレムへ向けた。その後ガレムの体は、べしゃりと力なく地面に倒れた。

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