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言無しの魔女  作者: ま行


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ガレムの小屋

 テオとランスに村人たちから情報を集めてもらったシズナは、二人の前にバサリと大判の紙を広げた。そこにはすでに、テオたちには見慣れぬ不思議な文様が書き込まれていた。


「お師さん、これは何ですか?」

『これは魔法陣と呼ばれるもの。これだけで魔法を発動させることは出来ないけど、魔法発動の補助と効果の向上が見込めるんだ。方法としてはちょっと原始的かな』

「何だか絵みたいにも見えるな」

『私は現物を見たことがありませんが、絵が使われていたこともあるそうです。単純に時間と労力が見合わないので廃れたと思いますが、書き記して補助をさせるという共通点はありますね』


 説明を終えたシズナは、素早く手印を結んだ。魔観が使えるようになったテオは、シズナの周囲のマナが一気に光り輝くところを見た。それは一瞬で収まり、今度は紙に書かれた魔法陣の線に光が灯り始めた。


『テオくん、マナはこの世界のすべてのものに影響を与えてるって教えたよね?』

「はい」

『そこには人の感情も含まれているんだ。目に見えないものだからイメージし難いと思うけど、そういうものだって理解はしておいてね』

「感情…怒りや悲しみとかも、マナの影響を受けるということですか?」

『ちょっと違うかな。ややこしい話だけど、感情の発露が先で、そこにマナが宿るの。感情そのものがマナに操られてる訳じゃないよ。マナの力は一方的じゃなくて、相互に影響を与え合っている。それにね…』


 シズナによる魔法の授業が始まりそうになったところに、ランスが大きくわざとらしい身振りで二人の間に入った。


「はいはい、そこまで。実に興味深い話だけど、今の目的はそっちじゃないだろ?」

「あっ、そ、そうでした。ごめんなさいお師さん。続けてください」


 テオの言葉に、シズナは反省しながら頷いた。そして改めて魔法陣に意識を向ける。テオとランスの二人にも、魔法陣を指さして注目させた。


 シズナがスッと手を動かした。すると輝きを放つ魔法陣の線は、紙からぺりぺりと剥がれていくよう宙に浮き上がり、一本の紐になってふよふよと漂った。


「ほう…こりゃ綺麗なもんだ。だけど、これがどうなるってんだ?」


 その美しさに感嘆の声を漏らしたランス。しかし魔法に疎いランスには、この紐が今後どうなるのかの予想もつかなかった。


『これは二人が集めてきてくれた情報から組み上げた道標の紐です。この道標の紐は、ガレムが行動を起こした時に反応して、彼の元に自動的に導いてくれます。ガレムは最初にサンメド村に訪れた時の印象と、二人が集めてきてくれた情報を聞く限り、やはりこの村で何かしら行動を起こし、自らの手でその痕跡を消していると思います。ということは、ガレムにとってそれは知られたくない何かなのは間違いないはず。ならばそう簡単に馬脚を現すこともないでしょう』

「ま、悪いことしてるって自覚があるなら隠すよな、誰だってそうする」

「でもお師さん。ガレムの家は聞き込みですでに判明しています。そこに乗り込んでいってガレムをどうにかすればいいのでは?」


 テオがそう考えたのは、ブロウイムでの一件があったからだった。シズナはスライム討伐でもっと直接的な手段を取った。今回は随分と回りくどいと感じたのだ。


 シズナはそんなテオの考えに、はっきりと頭を振った。そして手話で続ける。


『相手が魔物ならまだしも、手練の魔法使いならそんな簡単にいかない。そもそも私たちは、まだガレムが具体的に何をしたのかを知らないでしょ?その確認もしないと』

「あ、そっか。確かにそこについて具体的な情報はなかったですね」

「言われてみると俺たちが知ってるのは、サンメド村で何かが起こってるって事実だけだもんな。魔法使い絡みなのは間違いなさそうだが、今のところ、悪いことしてるってのもこじつけじみてる」

『そう。状況的には限りなく怪しく見えるけど、それはあくまでも私たち目線での話。この村でガレムがどんな問題を起こしているのか、解決するとしても確認は必要』


 方針を定めると、作戦決行は夜とした。深夜のサンメド村、何かが起こっているとすれば、その時間帯が一番怪しかった。




 それは星が綺麗に見える夜だった。雲もない空の下、サンメド村には急に深く濃い霧が立ち込める。近隣に同様の現象は見られない、霧に包まれているのはサンメド村だけだった。


 その異変をすぐに感じ取ったのはシズナだった。少し遅れて魔観をやっと使えるようになってきたテオが、そして二人に起こされてランスが状況の変化に気がついた。


 村を覆う霧は自然と発生したものではなかった。魔観の使えるシズナとテオには、それがよく分かる。明らかに魔法によって生み出された霧だった。霧は外だけではなく、室内にまで及びはじめていた。


 霧の濃度は高く、一寸先の様子も視認できない。はぐれないように、三人は互いの体をロープで結んだ。そして予め用意しておいた魔法の紐をシズナが取り出す。


 紐はシズナの手からするすると伸びていき、視界不良を引き起こす霧の中の道しるべとなった。紐の先導に従って三人は進んでいく。霧の影響でシズナとは会話が不可能なことと、予想通り異変が起こったことへの緊張感から、テオとランスの二人は押し黙っていた。


「一体ここで何が起こっているんだ?」


 テオは歩きながらそんな疑問を頭に浮かべていた。テオの魔観では、魔法で作られた霧の中に、見たことのない色でギラギラ輝くマナが見えていた。赤黒くておどろおどろしい色をしている。見ているだけで、マナ酔いの時のような気分の悪さを覚えていた。


 ただ事ではない、そのことはひしひしと伝わってきた。先導していた魔法の紐がシズナの手からすべて出きると、ぱさっと地面に落ちた。そして前方には簡素な小屋が見えた。それはテオとランスが聞いてきた、魔法使いガレムの住処の特徴と一致していた。


 足を止めたシズナに従って、ついてきた二人も止まる。当て所なく彷徨っていて張り詰めていた緊張感が、目的地の発見によって弛緩した。


「何だよ、やっぱりここが目的地だったのか」

「ガレムがここに居るのは間違いなさそうですね。お師さん、次はどうしますか?」


 シズナは無言のまま、自分の言葉を書き込んだ紙をテオに渡した。それを覗き込んだ二人は、内容を見てぎょっと目を丸くして驚いた。


『今からあの小屋を破壊する。だから二人は身を屈めて頭を守っていて』


 突飛すぎる行動だったが、質問をしている暇はなかった。テオとランスは顔を見合わせると、迷っている場合ではないとすぐに指示通りの行動を取った。


 シズナは右手で握った拳のうち、親指、人差し指、中指を開いた。やったことは、ただそれだけだった。その手が小屋に差し向けられただけで、屈んでいる二人の目に驚くべき光景が映った。


 小屋が爆発して、跡形もなく吹き飛んだ。バラバラになった小屋の破片が飛び散る。指を差し向ける。たったそれだけの動作一つで、何らかの攻撃魔法が放たれた。テオは当然驚きを隠せなかったが、ランスはテオよりも、今起こった出来事に内心で驚愕しきっていた。


 シズナが小屋を破壊したと同時に、村を包みこんでいた霧が嘘のように消え去った。視界を遮っていたものがなくなり、小屋の惨状が更に浮き彫りになる。


「おいおいシズナちゃん。流石に乱暴すぎやしねえか?これ、中に居たガレムは死んじまったんじゃ…」


 霧が解除されたことが、術者の死を意味していると思ったランスがそう苦言を呈した。言葉には出さなかったが、テオも同じようなことを考えていた。


 しかしシズナは、頭を振ってそれを否定した。


『いえ、ガレムは小屋の中にはいませんでした。私が壊したかったのは、先程まで村を覆っていた霧の発生源です。どうやらこの小屋は人が住むためのものではなく、あの霧を発生させるための魔道具だったようですね』

「へ!?そ、そうだったのか?」


 その事実を一瞥しただけで見破ったシズナ。規格外の実力に苦笑いをするしかないランスの横で、テオがあるものを見つけた。


 小屋の跡地に、ここまで案内を続けてきた紐が残っていた。何かを示すよう、円を描いて地面に落ちており、そのことに違和感を覚えたテオは円の中を探ってみた。


「…あっ!お師さん!ランスさん!ちょっとこっちに来てください!」


 テオが見つけたのは、地下に続く階段の扉であった。小屋の中にあったそれは、何度も使用された形跡が見られた。


「こりゃあもしかして、小屋は魔道具を兼ねた偽物だったのか。ガレムの本命はこっちか?」

「行ってみましょう。俺が先行します」


 階段を躊躇なく下りるテオに、シズナが続いた。一瞬たじろいだランスも覚悟を決めると、二人の後を追った。

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