謎を呼ぶ証言
テオが村の老夫婦と農作業に励み、その対価として話を聞いている時。ランスは別の村人たちに、別の方法で情報を聞き出そうとしていた。それは奇術師ランスにしかできない方法だった。
「そこ行くお嬢さん、ちょいとお待ちを」
「え?」
「このハンカチを落とされたのではありませんか?」
無論、女性はハンカチなど落としていない。ランスはただ会話のきっかけが欲しかった。しかもとびきり相手の気を引くことができる、インパクトのあるきっかけであるほど良かった。
振り返った女性にハンカチを渡す素振りをして、目の前で勢いよくバッとハンカチを振った。するとランスが持っていたはずのハンカチが、一瞬のうちに一輪の花に変わっていた。
「おっと失礼、落とされたのはハンカチではなく花だったようです。しかしこの愛らしい花、お美しいあなたによくお似合いだ。よろしければ受け取っていただけますか?」
ランスのみかけの良さと、日頃のショーで磨かれたスマートな仕草で、唐突に話しかけられるという胡散臭さは見事に誤魔化されていた。それにはっきりまっすぐに美しいと言われて、女性も悪い気はしなかった。
そしてランスはこの一連のやり取りを、わざわざ人目の付きやすい場所を選んで仕掛けた。奇術を見慣れていない村人が、物珍しさに集まってくる。ランスはランスで、テオとは違う人心の掴み方を心得ている人物であった。
人を集めて奇術を披露しながら情報を集める。最後には大きな歓声と拍手をもらって、ランスは満足げにその場を離れた。
再び宿屋に戻ったテオとランスの二人は、自分たちがどのようにして情報を集めてきたのかを語った。一部始終を聞いたテオは、呆れたようにランスに言った。
「ランスさん、もしかしてただ奇術を披露したかっただけでは?」
「まさか。一番効率のいい方法を取ったまでだよ。お陰で沢山の情報が手に入ったぜ。あれれ?テオくんの方はそのおじいさんとおばあさんからしか話を聞いてないのかな?」
「そっちが量なら、こっちは質で勝負してるんです!村のご老人は、誰よりも村の事情に詳しいんですよ!」
ランスの挑発に乗せられたテオのことをシズナがたしなめた。そして話を本筋に戻す。
『じゃあ二人とも、分かったことを教えて。まずはランスさんからお願いします』
「分かった。じゃあ頼まれてた通り、聞いてきたままのことを話すよ」
興奮気味のテオは一度落ち着く時間を与えて、シズナはランスから先に話を聞くことにした。
「俺が主に話を聞いてきたのは、村の若者や子どもたちだ。最近、村で何か事件や問題が起こってないかと聞いてみると、全員口を揃えて《《そういうことはない》》って言ってたぜ」
『旅人が一切立ち寄らなくなってしまったのにですか?』
「ああ。どうしてそうなったのかは分からないが、村は平和そのものだと言ってたな。個人的には結構な大事だと思うんだが、村人はそのことを大きな問題と捉えてる様子は感じられなかった。俺たちが急に村を尋ねてきたことは珍しいと思ってたらしいな。ただ、驚いたってくらいだったみたいだ」
ランスが聞いてきた情報をまとめると。サンメド村の若い村人たちは、自分たちの村の生活環境に変化があったという意識も実感はないが、急激に人足が途絶えたという事実だけを認識している。といったものだった。
『大した危機感は覚えていない。そういうことですか?』
「俺が聞いた限りでは、そんな印象だったよ。まあ、サンメド村は街道に近いし、旅の宿泊客は確かに主だった収入源のはずだが、村の経済に致命傷を与えるとまではいかないって感じなんじゃないか?確実に立ち止まってくれる保証はないからな」
『しかしこの急激に減少した人足について、少しも問題意識を抱いていないのは変ですね。ランスさんが話を聞いた人は、誰も何も疑ってなかったんですよね?』
「ああ。そこは俺も気になったな。特に宿屋を経営してる人は、もっと大騒ぎしなきゃ食いっぱぐれると思うんだがなあ…」
ランスの情報を聞いたシズナは、考え込みながら繰り返しこくこくと頷いた。そして次に、テオに顔を向けた。
『次はテオくん。聞いてきたことを聞かせて』
「はい。俺が話を聞いたのは、サンメド村で生まれてからずっとここに住み続けて、農耕で生計を立ててきた老夫婦です」
テオが老夫婦に目を付けた理由は、農具を保管する小屋に年季が入っていて、他の畑より作物の生育状態や質が目に見えて良かったからであった。
小屋は使い古されているが、何度も修繕が重ねられ、大切に使われているのが見て取れた。作物の生育状態の良さも。マナの恩恵だけではなく、長年積み重ねた経験と技術に裏打ちされたものであった。
テオの予想通り、老夫婦は村に長く住んでいる古顔だった。そしてテオが聞いてきた話は、ランスのものとは大分違ったものだった。
「俺が聞いてきたのは魔法使いについてです。新しく派遣されてきた魔法使いの仕事ぶりは上々だったそうで、村人に対して横柄な態度を取ることもなく、追加の報酬なども要求してこない。物腰も柔らかくて村内の評判は良かったらしいです」
「そりゃちょっと変な話だな。サンメド村は、街道近くってことでそれなりに発展しちゃいるが僻地だ。こういうところに飛ばされる魔法使いで、そんな人格者を俺は見たことがないぞ」
ランスの言葉にテオも頷いた。
「あんまり認めたくないけど、ランスさんの言う通りだと思います。現に、以前サンメド村に派遣されていた魔女は金銭の要求の他に、村の男を選んで自分の元の寄こさせ、夜になると虐待をして憂さ晴らしをしていたそうです」
老夫婦の息子がその魔女の被害に遭い、村を出ていってしまったとテオは聞いた。偶然聞けた話ではあったが、話していたテオは不条理と悔しさに拳を握りしめた。
『テオくんごめんね、続けてもらえる?』
テオの気持ちを察したシズナの面持ちは、実に沈痛なものだった。しかし、話はまだ終わっていなかった。続きを促され、テオはハッと我に返った。
「いえ、こちらこそすみません。…それで魔女の横暴に耐えかねた村人たちは、執念で虐待の証拠をかき集めて、何とか魔女を罷免させることに成功しました。そして次に派遣されてきたのが件の魔法使い。名はガレムというそうです」
『先程の話を聞く限りでは、仕事ぶりに問題はなさそうだったけど。何かあるんだよね?』
「はい。老夫婦の話では、ガレムは魔法使いとしては珍しく、村に駐在することを希望したそうです。働きに文句はなかったし、そのまま村に居着いてもらえたら、村にとって大きな利益になります。だから村人は要求を二つ返事で了承しました」
それからガレムは村の外れに居を構え、そこでひっそりと暮らし始めた。村人との交流こそないものの、前任の魔女のこともあり、実害を与えない魔法使いというだけで村人は喜んだ。
ただし。ガレムが村に駐在するようになってから、間違いなくサンメド村を訪れる人足は減少した。それだけではなく、村に長く住んでいる老夫婦は強烈な違和感を覚えるようになっていた。
テオはそのことを説明した上で、老夫婦から聞かされたままの言葉を二人に告げた。
「老夫婦は朝に目が覚めると必ず。《《ここが本当に自分たちが長年暮らしてきたサンメド村なのか》》。そんな奇妙な疑念に苛まれるようになったそうです」
「何だそりゃ?どういう意味だよ?」
「それは俺にも分かりませんよ。ただそれと関連しているか分かりませんが、まだ旅人が村を訪れていた頃。不思議なことに朝になると必ず、忽然と姿を消していたそうです。泊まっていた痕跡すら感じさせず、まるで夜逃げのようだったと。だから老夫婦は、夜逃げした旅人から村の悪評が、他の旅人に広まっていたと思っていたようですね。実際、人が来なくなったのは事実ですから」
長年村で暮らす老夫婦が感じる奇妙な感覚。村の若者との認識のズレ。村で確実に何かが起こっているのにも関わらず、大事にはならないという共通項。
集めてきた情報は謎を呼ぶばかりであったが、シズナは力強く頷いた。ここまで材料が揃っていれば十分だと、そう自信を持てたからだった。
『サンメド村で何が起こっているのか、暴きに行こう』
これからシズナが何をしようとしているのか、テオとランスには分からなかった。だが、シズナの自信に満ちた表情はとても頼もしく感じられた。




