サンメド村
ニカンニの街にて、ランスは自らが催した奇術ショーでとある村の情報を聞きつけた。シズナとテオの二人を馬車に乗せ、件のサンメド村に到着した。
サンメド村は街道沿いに近いこともあり、発展度合いは村としては中規模なものであった。テオの故郷のドラン村は山間部にあったため、人の多さなど様子の違いをテオは肌で感じていた。
街のものと比べると小さいが、馬小屋付きの宿屋も数軒あった。商売をするには中途半端な場所に位置しているものの、休息を挟むのには丁度いい立地であった。客は行商だけでなく、様々な旅人がサンメド村で休息を取ることが多かった。
しかし現在のサンメド村は、まったくといっていいほど活気づいていなかった。訪れている旅人が、テオたち三人だけという事実がそれを裏付けていた。村人たちから奇異の目を向けられながら、三人は一軒の宿屋へ入った。
宿屋の受付には誰も人がいなかった。入ってきた時のドアベルが来客を知らせているにも関わらずにだ。ランスがカウンターに置いてある卓上ベルを鳴らして、ようやく宿屋の主人が顔をのぞかせた。
「こんにちは。閉店って札は出てなかったから、やってるってことでいいんだよな?」
気さくに挨拶をするランスを見て、宿屋の主人は大層驚いた顔をした。
「申し訳ございません。まさか宿泊客がいらっしゃるとは思いもしませんでした。すぐに対応させていただきます」
宿屋の主人は慌てて受付をすると、テオたちを部屋に通した。三人はすぐに一部屋に集まると、互いに顔を見合わせた。
「やはり人が寄り付かなくなった村って話は本当のようですね」
テオの言葉に、シズナとランスの二人が頷いた。
ランスが観客から聞きつけた話は、サンメド村に起こったある異変についてだった。丁度村に親戚が住んでいるという人が、そのことを教えてくれた。
「街からはそこそこ離れた場所にあるんだが、サンメド村は活気ある村だったよ。しかし最近になってめっきり人足が減ったそうだ。どうも村の近くに魔法使いが住み着いてからの話らしいよ」
魔法使いが住み着いた。この情報を聞き、三人はサンメド村へやってきた。そして村の様子を見て、人の往来が減ったどころか、皆無に近い状態であることが見て取れた。
「まだ村で全部の宿屋の様子を見れた訳じゃあないが、閑古鳥が鳴いてるのは間違いなさそうだったな」
テオはランスの意見に頷くと同時に、ブロウイムの街のことを思い出していた。あの時は街の門が封鎖されていた。しかし、サンメド村にその様子はない。
往来が減少した原因が、封鎖などの人為的なものではないことは間違いなさそうだとテオは考えた。情報の隠匿などは行われていない様子だった。
「お師さん。魔観で何か見えましたか?」
「魔観?」
「そういう説明は後にさせてください」
「何だよ~。冷てえなテオは」
「ちょっ!引っ付かないでくださいよ!」
じゃれついてくるランスをテオは無理やり引き剥がそうとした。二人のそんな様子を無視して、シズナは考え込んでいる。
『逆に質問して悪いんだけど、テオくんは何も感じない?』
シズナからそう問われたテオは、残念そうに頭を振った。
「俺なりにやってみたんですけど、特に何も。俺がまだまだ魔観を使いこなせていないからだと思うのですが…」
『それは違うよ。目に見えて何かが起こっているのに、私にも異常なマナの様子は感じ取れない。テオくんの話を聞いて確信できた。これは恐らく、巧妙に痕跡を消されているか、隠されているね』
サンメド村に、マナに関する異常は無かった。シズナの目線でも、住み着いたという魔法使いが不正を働いている様子はなかった。だからこそ不気味だと、シズナはそう感じた。
『その魔法使いの仕業かまだ分からないけど、もし私が考えている通りなら、相当手練れの魔法使いだと思う。探りを入れたいけど、ちょっと情報が足りないかも。だから二人にお願いがあるんだけど…』
シズナから頼み事と伝えられ、テオとランスは互いの顔を見合わせてから首を傾げた。そして先にランスが口を開く。
「そりゃあ勿論構わないけど、テオはともかく、俺は魔法について全く知識がないぜ?手伝えることなんてあるのかな」
「いえ、それを言うなら俺もまだまだですよ。俺の魔観だって役に立たなそうだし、これで力になれますか?」
心配する二人をよそに、そんなことないとシズナは頭を振った。
『大丈夫。むしろこれは、私よりも二人の方がよっぽど適任だよ。二人にお願いしたいことはね―』
シズナの指示を受け、テオとランスは頷いた。そしてすぐに、二手に分かれて行動に移った。
テオはサンメド村で農家を営む人の元を訪れていた。そこで働いていた老夫婦の、近くにいた老婦人の方に声をかける。
「こんにちは!お忙しいところすみません」
声をかけられた老婦人は畑に腰を下ろしながら顔だけを上げた。テオを見て、少々驚いた様子を見せる。
「あんた。見ない顔だね」
「はい。旅の者ですから」
「旅人だって?今のこの村にかい?」
「ええ。珍しいんですか?」
老婦人は立ち上がりながら土埃を手で払った。そしてテオに言った。
「ちょっと前は珍しくなかった。だが、今は珍しいってもんじゃないね。はっきり言って異常さ。旅をしているくせに、この村のことを何も聞かなかったのかい?」
そう語る老婦人の口調は、少々自棄気味で乱暴だった。それでもどこか寂しい様子の顔色も伺わせる。老婦人が収穫物が沢山入ったかごを持ち上げようとした時、先にテオの手がかごの取手を掴んだ。
「手伝います。俺こう見えて、結構力持ちなんですよ」
その言葉通り、テオはかごを軽々と持ち上げた。面食らう老婦人に、テオは優しく微笑みかけながら言った。
「代わりと言うといやらしく聞こえるかも知れませんが、後で村の事情について聞かせてください。俺、全然知らずに来たから本当に何も分からないんですよ」
それからテオは宣言通り、老夫婦の畑仕事を手伝った。元々ドラン村でも同じようなことをしてきたので、何をすればいいのか勝手が分かっている。なおかつここの畑は老夫婦が二人で切り盛りしていたので、若者の手で力仕事がどんどん片付いていくことが大層喜ばれた。
テキパキと働く姿勢も評価されて、テオは老夫婦とあっという間に打ち解けた。テオが土塗れになった手や顔を洗っていると、老夫が手ぬぐいを手渡した。
「ありがとうございます」
「いや、お礼を言うのはこっちの方だ。長年この仕事をやってきたが、年を取るにつれて段々しんどいと感じることが多くなった。だがお前さんが楽しそうに働いてる姿を見て思い出したよ。俺も昔はあんなふうに働いていたなってな」
「そんな、力仕事なんだから無理ないですよ。それでもお二人が野菜を作り続けてくれていることに、村の人たちは皆感謝してると思いますよ」
テオが屈託なくそう言うと、老夫は照れくさそうにそっぽを向いた。そんな二人に、老婦人が声をかけた。
「二人とも休憩しましょうよ。テオちゃんもおいで、お茶淹れたから」
「そうしろそうしろ。うちのかあさん、茶を淹れるのが上手いんだ。それにお前さん、この村の話も聞きたいんだろ?」
「ではお言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
老夫妻の家は素朴で、質素ながらも広さは十分にあった。元は子どもと住んでいたであろう痕跡が、そこかしこで見受けられる。テオはお茶をいただくと、そもそもの目的に戻った。
「それで、この村で何かあったんですか?」
働きっぷりで老夫婦の心をがっちり掴んでいたテオは、二人から詳しい事情を聞き出すことができた。それこそが、シズナからされていたお願いだった。




