ランスのショー
宿屋に戻ったテオは、すっかり憤慨しきっていた。散々ランスにからかわれ、殆どおもちゃ扱いされていたからである。
これからの方針を相談するために、シズナの部屋に呼び出されたテオだったが、まだまだ腹の虫はおさまっていなかった。
「お師さん。早くこの街を出ませんか?というか俺、さっさとランスさんから離れたいです」
シズナの旅の方針に口を出さないテオが、はっきりとそう言った。シズナとしては、それだけ自分と打ち解けてきてくれたと感じ、それを嬉しく思った。しかし、残念そうに頭を振った。
『ごめんねテオくん。まだ聞き込みが終わってないから』
ニカンニの街だけではなく、その周辺一帯で何か魔法絡みの困りごとがあれば、シズナはそれを見逃すわけにはいかなかった。そうでないと、シズナの旅の目的がぶれてしまう。
「そう…ですよね…。ごめんなさい、わがままなことを言って」
シズナは気にするなというようにテオの肩を優しく叩いた。そんな時、シズナの部屋の扉がノックされた。
「シズナちゃん、居る?俺だ。ランスだ」
扉の向こうにいる人物がランスだと分かると、シズナより先にテオが立ち上がった。そしてずんずんと肩を怒らせながら扉に近づき、乱暴に開いた。
「うおっ!?ととっ。何だよ、テオか。おいおい、扉はゆっくりと開けなきゃ駄目だろ?」
てっきりシズナが出てくると思っていたランスは、勢いよく開かれた扉と、そこにものすごい形相で睨みつけてくるテオがいて驚いた。ジトっと睨みつけたままの眼差しでテオが聞いた。
「なんですかランスさん」
「そりゃ勿論。シズナちゃんをデートに誘いに来たんだ」
冗談めかしてそう言うランスに、テオは更に眉を顰めた。それを見てたじろいだランスは「分かった分かった」と軽く両手を上げた。
「冗談冗談、からかって悪かったよ。本当は、シズナちゃんにちょっと提案しに来たんだ。…言っとくがこれはマジな話だぜ?テオ」
『ランスさん。提案って何ですか?』
話を先に進めるために、シズナがテオの前に出て聞いた。助け舟が出たことにホッとしたランスは、持ち込んできた話をした。
「これから街の広場で奇術のショーを開くんだ。よかったら二人で見に来ないか?人が集まりゃ情報も集まる。シズナちゃんが聞きたいことも聞けるかもしれないぜ」
そう言うとランスは、左手の手のひらを二人に見せて握り込んだ。その拳の隙間を右手の人差し指と親指でつまみ、何かを引き抜くような仕草を見せた。すると左手の拳の中から、とても手のひらには収まりきらないサイズのスカーフが、つままれてスルスルと出てきた。
テオが奇術を見たのはこれで二回目だったが、やはり魔法にしか見えなかった。あんぐりと口を開けて驚いている。シズナも目を見開いて固まり、かろうじて動いた手でパチパチと拍手を送った。
ランスはショーを催す広場に馬車で乗り付けた。車の中には奇術で使う道具などが積み込まれていて、同時にステージとしても使えるようになっていた。観客が座るための長椅子なども用意してあり、テオはその設営を手伝った。
あっちにこっちにとランスは指示を出し、テオはそれを忠実にテキパキとこなした。テオはランスに苦手意識があるものの、仕事となれば話は別だった。混同はしない。そう黙々と働く姿を見たランスは感心して言った。
「働き者な上に力持ち。まったく助かるぜ。どうだテオ、丁度アシスタントがほしいと思ってたんだ。俺が教えてやるから、魔法使いだけじゃなくて奇術師も目指してみないか?付いてこいよ、面倒見てやるぜ?」
「笑えない冗談はやめてください。俺はお師さんの弟子です。お師さんでなく、ランスさんに付いて行くなんて絶対にありえません」
「まあまあ、シズナちゃんも馬車に乗ってもらえばいいじゃないか。徒歩の旅よりずっと楽だぞ」
「そ、それはそうかも知れませんが。…やっぱ嫌です」
ぷいっとそっぽを向いて会場設営に戻ったテオに、ランスは眉尻を下げて苦笑いを浮かべた。設営が終わると、シズナとテオの二人は一番前の席に座らされた。
「シズナちゃんを特等席に招待するよ。テオも手伝いを頑張ったからご褒美だ」
「例え離れろって言われてたとしても、俺はお師さんの隣に座りますからね」
『はいはい。喧嘩しない喧嘩しない』
相変わらずの二人をシズナがたしなめた。楽しそうに笑うランスを、悔しそうに見上げるテオ。それはどこか、兄弟のようにも見えた。
人通りが増え始めた頃を見計らうと、ランスは二人に「始めるぞ」と告げた。
道行く人々は、設営された会場を気にして横目で見ていくが、足を止める者はいない。そんな人々の感心を引くためにどうするのか。ランスはすぅっと深く息を吸い込んだ。
「さあさあ皆々様お立ち会い!お急ぎでなければ足を止めて、ご興味あれば寄っていってくださいませ!これより手前がご覧に入れますは、奇妙奇天烈、奇術の世界にございます!」
大きな掛け声で周囲の気を引くと、ランスは色とりどりの紙吹雪を投げた。舞い散るその中に手を伸ばすと、紙吹雪の色使いと同じ模様が入ったスカーフを取り出した。それはあたかも、空間を切り取ったかのように見えた。その奇術から、ランスのショーは始まった。
散々ランスにからかわれたテオは、いかにショーの内容がすごいものだったとしても、絶対に楽しむものかと心の中で思っていた。しかし、いざショーが始まると、テオの心はあっという間に掴まれてしまった。
「ああっ!?お師さんお師さん!スカーフから鳩が出てきましたよ!!どうしてですか!?どこからですか!?沢山出てきます!!飛んでる飛んでる!生きてますよ!本物です!!」
「こ、今度は口からカードを出してます!!た、食べたんですか?予め食べておいたんですかあれって!?カードって食べられるんですか!?調理法次第ですか!?」
「うわあああッ!!け、剣ですよ!剣を飲んでます!!あの剣ちゃんと斬れてましたよね!?斬れる剣でしたよねあれ!?出せるだけじゃなくて飲めもするんですか!?お、お腹に穴でも空いてるんでしょうか?」
「き、き、き、消えたッ!!またコインが消えました!!まさか移動するんですか?どこかに移動するんですか?やっぱりそうだ!ポケットだ!ポケットにあったんだ!!」
騒ぐテオにぐらぐらと体を揺らされるシズナ。ランスの奇術の腕前の高さも確かにあったのだが、何を見ても過剰に驚くテオに釣られて、一人、また一人と足を止める人が続出した。
いつの間にかショーには大観衆が集まっていた。そこにいる皆がランスの奇術に見入っていた。しかしやはり一番リアクションが大きかったのはテオであり、その驚きに合わすように歓声が響いた。
ショーが終わると盛大な拍手が鳴り響いた。口笛や称賛の声に応えて、ランスは被っていた帽子を脱いで丁寧にお辞儀をした。そして脱いだ帽子の中から花束を取り出すと、それをシズナに手渡した。
「最後までご覧いただきまして、誠にありがとうございます。ささやかではありますが、麗しのあなたにこの花束を」
ランスは最後の最後まで、会場を沸かす演出を欠かさない。その様子を見ていた観衆からは、伊達男を囃し立てる声に、花束を受け取った麗人羨む声と、もう一騒ぎ歓声が起こった。
「皆様、お楽しみいただけたでしょうか。ほんの少しで構いません、そのお気持ちを私にお分けいただけると幸いでございます」
観客たちはぞろぞろとランスの元に集まり、次々に帽子の中にお金を入れていった。そのまま立ち去る人はごく少数で、帽子はてっぺんが抜けて落ちてしまいそうなほどパンパンに膨らんだ。
本来ならばここで、集まった人たちからテオが情報の聞き込みを行うはずだった。しかし、ショーの熱気に当てられて、テオはすっかり放心状態になってしまっていた。
『ごめんなさい。テオくんの代わりに聞いてもらえますか?』
すかさずシズナは、ランスに手話でそう頼んだ。そしてランスが頷くのを確認すると、シズナは放心しているテオの頭を自らの膝に乗せ、体を横たえさせ休ませた。




