旅の奇術師ランス
テオがした盛大な勘違いのせいで、シズナが魔女であることがランスにバレてしまった。自分のせいだと落ち込むテオは、朝食の席で、目の前に運ばれてきた料理にまったく手がつかなかった。
「シズナちゃん。どうするんだ、あれ?痛々しくて見てられねえよ」
『気にしなくていいとは伝えたのですが、テオくんは責任感が強いからそうもいかないんです。少しそっとしておいてください』
バレる時はバレると完全に割り切れているシズナに対して、テオには師の教えを守るという義務感があった。それが二人の態度に大きな差がある理由だった。
「ええっと、話を整理するとだな。シズナちゃんは魔女で、テオは弟子。二人で旅をしながら、シズナちゃんはテオに魔法を教えている、で、合ってる?」
『はい』
「そりゃおかしな組み合わせに見える訳だ。そんな話、どこ行ったって聞いたことねえからなあ…」
ランスは様々な国や地域を旅して回っている。そこで奇術を披露しては、金銭を得ていた。奇術は内環諸国、外環諸国問わず受けがよく。ランスはどちらの事情にも精通していた。
「それに目的は人助けだって?積極的にそんなことしようとする魔女なんか、聞いたことも見たこともなかったぜ。そもそも旅をしている魔女ってのを見たのは、俺はシズナちゃんが初めてだ。大体魔法使いや魔女ってのは特権階級に属してるもんだからな。旅なんて危険なことまずしないぜ」
『ですね。私も同じようなことをしている人は見たことがありません』
シズナが知る限り、自分と同じように何かの目的を持って旅をする魔法使いは、幼いテオを救ったという人物だけだった。
どんなに能力が低い魔法使いであっても、魔法が使えるということはマナの操作が出来るということである。ただそれだけのことで、他の人にはない強烈な個性である。仕事など自ら探すまでもない。
テオの故郷ドラン村でもそうであったが。魔法使いからどれだけ横柄な態度や無茶な要求をされても、我慢した方が得があると判断されるくらいである。心中は別として、魔法使いを求める声というのは絶対に止まない。
「胸糞悪い話だが、若い男や女、子どもを差し出してまで魔法使い様に定住してくれって頼み込むってことも聞いたことがある。まあ魔法使い側も、なるまでの道のりが大変らしいが、それだけ見返りがあるってこったな」
『…そうですね。お恥ずかしい話ですが、珍しくないことです』
「いやいや、シズナちゃんが恥ずかしがるじゃないだろ。確かに俺はそういう魔法使いは好かないが、だからといって十把一絡げにしていいってもんでもないさ。色んな奴がいるよ。魔法使いだろうがなかろうがな」
ランスの言葉にシズナは微笑んだ。そういった考え方が出来る人はとても稀で、内環諸国からよほど利益を受けていない限り、魔法使いも魔女も大概は嫌悪の対象になる。内環諸国の影響力が遠い場所では、それが顕著に現れる。
殆どの人々は、魔法使いや魔女を同じ人間扱いしない。それは逆もまた然りで。魔法使いや魔女の殆どは、魔法を使えない人間を根本的に見下していて、同列には扱わない。
世界樹とマナ。その未知のエネルギーの利用方法を完全に独占している魔法使い側は、圧倒的優位の立場にあった。この世界の力関係は、歪に内環諸国側に傾いている。関係性が健全化されるはずがなかった。
「まあ概ね事情は把握したよ。人助けのために旅する魔女とその弟子ね。本当に珍しいが、ただの旅人にしちゃ違和感があったから逆に納得した。…おいテオ!」
ランスはテオの肩を叩いた。放心状態だったテオがハッと我に返る。
「別に俺はこのことを誰かにペラペラ喋ったりしねえよ。それに俺は根無し草だ。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、そんな奴の言う事なんてな、早々信頼されるもんじゃねえさ。だからほら、元気出せって!な?」
励ましの言葉に、テオは黙ったままコクリと頷いた。そんなテオの様子を見て、シズナとランスは眉を八の字にして、苦笑いで顔を見合わせた。
徐々に元気を取り戻し始めたテオは、冷め気味の朝食をぺろりと平らげた。お腹いっぱいになるとますます元気になり、ようやく会話に入れるほどに回復した。
「あの、ランスさん。結局奇術師って何なんですか?」
「ああそれな。まあ要するに、あのコインみたいに人の目を欺く技術で人を楽しませるのが奇術師だ。テオが魔法だと勘違いしたのも無理はねえさ。実はそう見せることが狙いでもあるんだ」
「そう見せることが狙い?魔法使いじゃないのに、魔法を使ってるって思わせたいってことですか?」
「ざっくり言えばそゆことだな。だってさ、そっちの方が面白えだろ?魔法みたいに見えるけど、やろうと思えば誰でも出来るんだぜって教えてやるんだ。そうするとな、不思議だけど魔法使いだって楽しんで笑うんだ。そうじゃない人と一緒になってな。身分だって関係ないんだぜ?俺はそういう笑顔が見たくて世界中を回ってんのさ」
それからランスは語った。楽しい奇術の前では能力も身分も関係なく驚きと笑いが起こる。誰しもが技に夢中になり、どうやってやったのかと騒ぐ。
心理の隙、錯覚、思い込み、視線、あらゆる手段でランスは人の目を欺く。しかしどれだけ欺かれようとも人はそれを楽しみ、誰にとっても楽しめるエンターテインメイトを提供してきた。
「そうやって世界中の色んな人たちを笑わせてりゃさ。きっといつかは皆平和に生きていけるんじゃねえかって俺は思うんだ。内環とか外環とか関係ねえ。そんな世界にしてみてえのさ俺は」
『…それは、とても素敵ですね』
「だろ?それに良いこともあるんだ。世界中回ってると色んな人を見て、色んなことを覚える。俺が手話が分かるのも、旅先で教えてもらったからさ。だからこうして、麗しい君とも会話が出来る。な、シズナちゃん」
ランスはそう言うと、シズナの手を取って甲にキスをした。突然の出来事にテオは驚き、ランスのスマートな所作も相まって、二人の間に感じたことのない空気感を感じ取った。
テオが耳まで真っ赤に染まるのは、羞恥心からか、驚愕からか、はたまた嫉妬心からなのか、テオにはまだ分からない。しかしすぐにでも二人を引き離したいと思ったのは間違いなかった。
しかしまず、テオはシズナが嫌がってはいないかと顔色を伺った。そしてその時シズナが見せていた表情に、ふと違和感を覚えた。
その表情は、《《寂しさと懐かしさ》》が入り混じっているようテオには見えた。キスに対しての感情というよりも、郷愁の念に近いように感じた。
何故。という疑問も頭には湧いたが、それより先にテオはランスをシズナから引き離した。テオが威嚇するように歯を剥き出しにすると、ランスは笑い声を上げた。
「おいおい、可愛いなテオ!嫉妬か?師匠を取られそうになったから嫉妬してんのか?」
「うっ、そ、そんなんじゃ…」
「大丈夫だって。心配しなくても、シズナちゃんはお前だけの師匠さ。ま、男女の仲となりゃ話は別だけどな」
からかわれていると分かっていても、テオはどう反論したらいいか分からなかった。腹立たしくもあり、恥ずかしくもあり、続く言葉が出てこなかったので、とにかくランスのことを睨みつけた。
「はっはっは!ういやつういやつ。まるで小型犬みたいだなテオは」
「ば、ば、馬鹿にしないでください!」
「馬鹿になんてしてないさ。可愛いヤツだと思ってるよ」
「そ、それが何か馬鹿にしてる感じがするんですよ!」
怒るテオに対してランスは笑うばかりだった。そんな二人のやり取りを見守るシズナは、ちゃんとお礼がしたいと言ったテオの言葉はどこへやらと、呆れつつも微笑んだ。
『二人共、仲良くね』
「仲良くするする。だからさ、シズナちゃん。俺とデートしない?どんな場所でも楽しませる自信があるぜ、俺は」
「やめてくださいランスさん!お師さんには、デートなんかしてる暇はないんですよ!お師さんの旅には、崇高な目的があるんです!」
「おやおやおや?シズナちゃんのことをどうしてテオが決めるのかな?お師匠様に失礼とは思わないのかな」
「ぐ、ぐぐ、ぐぅ…」
ペースをすっかり乱されたテオのことを、シズナがなだめた。泣きつくようなテオの顔を見るのは初めてのことで、心に秘めたが、シズナにも少しランスの気持ちが分かったような気がした。




