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言無しの魔女  作者: ま行


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22/115

魔法使い?のランス

 シズナの言いつけを守り、テオは数日しっかりと休息を取った。それと並行して、シズナから魔観の使い方も少しずつ教わっていた。制御はまだまだ未熟だったが、必要以上にマナを感じ取ってしまうことはなくなった。


 指導のお陰で、テオのマナ酔いの危険はほぼ無くなった。休息も十分に取れて、テオの体調は万全に回復していた。早朝。すっかり元気になったテオは、宿屋の庭先でストレッチをしていた。すると廊下の窓から、ある人物に声をかけられた。


「よおテオ。朝っぱらから元気だねえ」

「ランスさん!おはようございます」

「はい、おはようさん。その様子じゃ、もう大丈夫そうだな」

「ええ!お陰様で助かりました。ありがとうございます」


 深々と頭を下げるテオに、ランスは気まずそうに頬を掻いた。


「いいよそんな、礼なんてさ。前にも言ったけど、親切にした方が俺の気分がいいってだけのことだから。これはお前のためじゃない、俺のためなの」


 それはランスの照れ隠しだった。口調こそぶっきらぼうでも、隠しきれない照れが伝わってきた。テオはランスに気付かれないように小さく笑った。


「しっかしお前さん、起きるの早えな。まだ日の出前だぞ」

「早起きが習慣づいているんです。でも村にいた頃はもっと早く起きてたから、これでも遅いくらいですよ」

「ほー、村から出て旅人に?そりゃ珍しい。そういやシズナちゃんもただの旅人って感じじゃないと感じたが、一体二人はどういう関係なんだ?」


 その質問にテオはぎくりとして体が固まった。自分の素性はともかく、シズナの素性を明かすことは絶対に出来ない。だからテオは、適当な作り話をして誤魔化そうとした。


 しかしそれが出来なかった。上手い話が思いつかなかったのだ。それとランスに対しては、何故か安易に嘘をつきたくないと思う気持ちもあった。


「えっと、そのぉ、つまりですね…」

「うん。つまり?」

「お、俺はっ!お師さんの元で修行の旅に励んでるんです!」


 やっと出てきた言葉は誤魔化しでも何でもなかった。テオの背筋を冷や汗が伝った。しかしランスは特に疑問を抱くこともなく「へえ」と相槌を打った。


「修行って何の修行?」

「つ、強くなるためです!目指すは世界最強です!」

「ははっ、何じゃそりゃ。面白い理由だな」

「そ、そういうランスさんだって、一体どんな理由で旅してるってんですか!?」


 もはやテオには、今している話を別の方向へ持っていく他なかった。焦るテオにランスはにやりと笑った。


「そうかそうか、俺の旅の理由が気になるってか。ならば教えてやろうじゃあないか。こっち来いよテオ」


 ランスはそう言うと、手招きをして窓から離れた。テオは見失わないよう、急いで宿の中に戻っていった。




 ロビーに備えてある椅子に座って、ランスはテオのことを待っていた。対面に座るように促され、テオは腰を下ろす。


 ランスは深呼吸をして、懐から一枚のコインを取り出した。そして不敵な笑みを浮かべて朗々と語りだす。


「さあさあ、お立ち会い。ここに取り出したるは何の変哲もない一枚のコイン。どうぞ、お手に取って御覧ください」


 一体何が始まったのかとテオは困惑したが、渡されたコインを受け取った。確認するとランスの言う通り、何の変哲もない普通のコインだった。テオが確認したのを見届けると、ランスはすっとテオからコインを取り上げた。


「ご確認いただけたところでご注目。今私の右手には、ちゃーんとコインがございますね?」

「え?え、ええ、あります」

「そいつは結構。ではではご笑覧」


 ランスは左手にするりとコインを落とした。それを握ってキャッチをすると、ぐぐっと力を込めてみせた。そして左手を開いて見せた時、テオは「えっ!?」と驚きの声をあげた。


 確かに左手に落ちたはずのコインが消えて無くなっていた。何度も何度もテオはランスの左手を確認したが、コインは消えていた。次に右手も確認したが、やはりコインは消えていた。


「えっ?えっ?どうして?コインはどこ?」

「うーん、さてはてこりゃまた摩訶不思議。ではでは次に、私がコインの行く先を当ててご覧に入れましょう」


 額に手を置き、仰々しい様子でランスは考え込む姿を見せた。そして何かを思いついたかのようにパチンと指を弾くと、テオのポケットを指さした。テオは指さされたポケットの中を探ると、固くて丸いものが指先に当たった。


「まさか…そんな…」


 ポケットの中のコインを取り出したテオは、震えながらそれを机の上に置いた。ランスは軽くお辞儀をしてみせると、顔を上げてパッと笑顔を浮かべた。


「あははっ、やっぱ初めて見る奴の反応ってのは面白いもんだな。どうだテオ?お前も面白かっただろ?…テオ?」


 驚愕したテオの震えは、手から全身へと広がっていった。そして体を震わしたままテオは勢いよく立ち上がると、ランスの腕を突然掴んだ。


「は?何…をおおおおおっ!?」


 ランスは突然腕を掴まれただけでなく、強引にテオに引っ張られていった。ランスは無言のままずんずんと進んでいくテオの後を、腕を引かれるがままについていくことしか出来なかった。


「ちょっ!?何?何?何で引っ張ってんの?どこ行くの?てかお前、マジで力強いな!!」


 そうしてランスが連れていかれた先は、シズナが泊まっている部屋の前であった。テオはランスの腕を掴んだまま、ドンドンドンと扉をノックした。


 暫し間が空いた後、眠そうに目をこすりながらシズナが扉を開けた。眠っていたところを無理やり起こされたので、髪は少し乱れていた。そして不機嫌そうに手を動かした。


『どうかしたの?』

「大変ですお師さん!耳を貸してください!」

『どうぞ』


 シズナは髪をかきあげて耳にかけるとテオに近づいた。テオはシズナの耳元に顔を寄せて手を添えるが、興奮気味で声量をあまり小さく出来ず、ランスにも筒抜けだった。


「お師さん!ランスさんも魔法使いでした!旅する魔法使いですよ!」

「はあ!?何言ってんだお前!?」


 テオの発言には勿論シズナも驚いたが、何より先に驚きの声を上げたのはランスだった。一気に目が覚めたシズナは、これ以上騒ぎを大きくする訳にはいかないと、テオとランスの二人を部屋の中に慌てて引き入れた。




 部屋に入れられたランスは椅子に、テオはシズナの前で正座をさせられていた。寝起きということもあり、シズナは普段より機嫌が悪かった。


『それで?何があってこうなったの?』

「コインが消えたんです!」


 要領を得ないテオの発言に、シズナは深いため息をついた。


『テオくん。それじゃ何も分からないから。自分で落ち着く?それとも私が落ち着かせようか?』


 言葉こそ発することは出来ないが、シズナの手話には感情がこもっており、目つきや迫力も明らかに怒りの色が見て取れた。それを見たテオはようやく反省して、落ち着きを取り戻した。


「今さっきです。俺はランスさんに魔法を見せてもらったんです。右手から左手に落としたコインが消えて、それがいつの間にか俺のポケットの中へ移動していたんです。推測ですが、これは空間属性に関する魔法じゃないでしょうか」


 テオはつい最近、魔法の八属性を習っていた。しかし、空間属性の魔法にどんなものがあるのかは教わっていない。そのことが話をややこしくしていた。


 ランスは居ても立ってもいられず、二人の間に割って入った。テオがしている壮大な誤解を解くためだった。


「待て待てテオ。俺は魔法使いなんかじゃあない。俺は《《奇術師》》だ。さっきのことを種明かしすると、俺はコインを左手に落としたように見せかけて、実は右手でキャッチしてたんだ。元からコインは左手に落としちゃいなかったんだよ。後はお前がコインが消えたと思っている左手に気を取られている隙に、俺がお前のポケットにコインを忍ばせただけだ。あれは魔法じゃない。奇術なんだよ」

「き、奇術?なんですかそれは?」

「ああもう!本当は奇術師にとって飯の種なんだから見せねえんだぞ!でも特別に見せてやる!」


 村育ちで奇術など見たことがないテオは、奇術師だと言われても分かるはずもなかった。なのでランスは、先程見せたコインを消す奇術の手順を、ゆっくりと、分かりやすく、目で追えるくらいの早さでやってみせた。


 そこでようやくランスが魔法など使っていないと気がついたテオは、顔がさあっと青くなった。やっと事情が飲み込めたシズナは、ランスに手話を使って語りかけた。


『お騒がせして申し訳ありませんランスさん。色々と聞きたいこともあるでしょうし、朝食をご一緒にいかがですか?』

「あ、ああ。分かった。そうしようか」


 シズナもこの状況下で自分が魔女であることを誤魔化しきれるとは思っていなかった。ならば無理に隠し立てするよりも、正直に話してしまった方がいいと考えた。


 青ざめた顔で落ち込むテオの背を、シズナはぽんぽんと優しく撫でた。

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