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言無しの魔女  作者: ま行


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21/115

親切

 話は少し遡る。ニカンニの街で気絶したテオを、シズナ一人ではとても運べない。精々倒れないように支えるのが精一杯だった。そうして街の入口付近で立ち往生している時、シズナはランスに出会った。


 馬車に乗っていたランスはテオを抱えて立ち往生しているシズナを見つけると、馬車を道端に寄せて停めるとシズナに駆け寄った。馬も荷も無防備な状態で、いつ盗まれてもおかしくない。それでもランスは助けることを優先した。


「こんにちはお嬢さん。重そうだな、代わるぜ」


 ランスは返事を待たずテオの体を抱えるのを肩代わりした。驚くシズナを落ち着けるように「大丈夫」と繰り返し言った。


「俺のこと怪しく思うかもしれないけど、ひとまずこの坊主を何とかしようぜ。どうすりゃいい?」


 シズナは焦った。突然話しかけられたことにも焦っていたのに、親切にされることにも慣れていなかったからだ。そこで思わず、先に手話が出てしまった。


『少し休めば意識が戻るはずです。だから…』


 そこでようやくこれでは伝わらないと気がついて、筆談に切り替えようとした。しかし、その必要はなかった。


「了解。じゃ、どっか座って落ち着ける場所がいいな」


 シズナにとって一連の出来事は驚きの連続だったが、そのランスの発言に一番驚いた。シズナは目を丸くして、確かめるように手を動かす。


『もしかして、手話、分かるんですか?』

「おう分かる分かる。あー、事情が気になるかもだけど、そういう話は後な。どこがいい?運ぶぜ」

『ではこちらにお願いします』

「よっしゃ!しかし見た目の割りに重てえ坊主だな…」


 そんな経緯でテオは噴水のある公園に運ばれ、そこでシズナの介抱を受けていたのだった。




 一連の流れをランスから説明されたテオは、改めて礼を述べた。そして、一番気になったことに言及した。


「ランスさん。馬車は大丈夫だったんですか?」


 荷が何か知らなくとも、馬と車がそう簡単に変えが効かないものだということはテオにも分かっていた。それがもし盗まれでもしていたらと考えると、テオの罪悪感は更に増すことになる。


「変なこと心配する奴だな。大丈夫だよ。リッキーは賢いし、金目のものを荷の中から探し出すのは相当困難だからな。まとめて売っぱらうって手もなくはないが。ま、そん時はそん時だな」


 ランスはあっけらかんと笑ってそう言いのけた。それは盗まれても構わないと言っているようなもので、テオにはとても信じられない行為だった。


『ランスさん、リッキーって?』

「俺の相棒で旅の仲間の馬さ。力も強いし、賢くてよく働く。優しい奴だが怒ると怖いんだ。泥棒が安易に近づいたら良くて大怪我だろうな」

『悪ければ?』

「蹴りで頭をかち割られる。泥棒にはふさわしい末路ってやつさ」


 その様子を想像してゾッとするシズナに、ランスは笑って続けた。


「だけどそんなリッキーにも弱点があるんだ。シズナちゃん、何だか分かる?」

『馬の弱点ですか?…足とか?』

「あらら、真面目な回答。残念、正解は俺に似て美人に弱いってところさ。だからリッキーは、シズナちゃんにうんと優しくしてくれるぜ」


 軽快な語り口と、息をするように吐かれる口説き文句。ランスにすっかり心を開いている様子のシズナを見て、テオは胸の奥にもやっとした今まで感じたことのない感情が湧いていた。


「それじゃあ行こうぜ。坊主…いや、テオも目は覚ましたようだけど、ぶっ倒れたことに違いはないんだ。休んだ方がいい。宿屋に話は付けておいたぜ」


 テオが目を覚ました時にランスが近くにいなかった理由は、テオのために休める場所を確保しにいっていたからだった。要領の良さに感謝するべきと思っているのに、テオのもやもやとした気持ちは更に強まっていた。




 シズナとテオの二人を宿屋まで送り届けると、ランスは馬車を取りに行くと言って出ていった。宿は二部屋をきっちり取ってあった。だがシズナはテオを心配して、自分の部屋に荷物だけ置くと、テオと一緒にいることにした。


「お師さん、俺はもう大丈夫ですよ。旅の買い出しに情報収集、やることが沢山あるでしょう?」


 だから看病はいらないと、ベッドに寝かされるテオはそう主張した。しかしシズナは眉を顰めて頭を振った。


『駄目だよ。テオくんが倒れた直接の原因はマナ酔いだけど、旅の疲れも溜まってたんだと思う。私たち、ブロウイムを逃げるように立ち去ってから、しっかり休息も取れなかったでしょ?だから少し休もう。ね?』


 師からそう諭されてはテオにも反論の余地はなかった。それにテオは、心配させまいとシズナには黙っていたのだが、徐々に体に疲労を残すようになっていた。旅慣れていないことがじわじわと効きだしていたのだ。


「薪割りや山の登り降りで体力には自信があったのに、情けないです」

『そんなことないよ。テオくんは本当に頑張ってる。だからちょっと疲れちゃったんだよ。良い機会だと思って休もうね。元気になったら魔法の授業をしてあげるから』


 そう言うとシズナは、慈愛に満ちた眼差しで横になるテオの頭を優しく撫でた。その眼差しとその手つきに、テオは亡き母の面影を見た。


 強烈な寂寥感に、じわりと涙が滲んできた。こんな顔をシズナには見られたくないと、テオは涙をぐっとこらえようとした。しかし一度溢れ出た感情は、中々堰き止められなかった。


 そのまま撫で続けていてほしいという甘えたい気持ちと、早く離れてほしいという恥ずかしい気持ちがせめぎ合う。そんな時、テオの部屋の扉が突然に開かれた。


「おっ、やっぱこっちにいたか。悪いな、返事も待たずに入っちまって」

「ランスさん?」


 上体を起こしたテオは、ランスの唐突な入室に腹を立てるどころか、涙を誤魔化す絶好のタイミングだったと、密かに胸を撫で下ろしていた。


「これ、見舞いな。市場行って買ってきた」


 どさっと置かれた袋の中には、数種類の果物が入っていた。それを見てテオは、自分が酷い風邪で高熱を出した時、父がすりおろして飲み込みやすくしたりんごを食べさせてくれたことを思い出した。


「食って寝りゃ大抵の病気はよくなるもんさ。じゃ、俺が出来そうなことはここまでだな。ああ、そうそう。俺も同じ宿に泊まることにした。お二人さんがここにいつまで滞在するのか知らないけど、何かあれば相談してくれ。できる限りは力になるぜ」


 そう言って見舞いの品だけ置いて立ち去ろうとするランス。その背中に、思わずテオは声をかけて引き止めた。


「あ、あのっ!待ってください!」

「うん?どうした。まだ何かあんのか?」

「いえ、その、どうしてここまで親切にしてくれるのかなって思って…」


 テオは自分でも珍しいと思ったが、あまりはっきりとした口調で聞くことが出来なかった。しどろもどろに口ごもる自分に驚いた。


「うーんどうしてって言われてもなぁ…。まあ、あれだな。旅は道連れ世は情け、袖振り合うも多生の縁って言うだろ?広い世界で偶然にもこうして巡り合ったわけだから、親切にした方が俺の気分がいいのさ。俺はさ、人が幸せそうに笑ってる顔が好きなんだ。ま、そういうことだ。じゃあな」


 今度こそ出ていってしまったランスを、テオはぽかんと口を開けて見送った。そんな風に考えるだけではなく、行動まで出来る人がいることが信じられなかった。しかし、実際にランスはそれを体現していた。そしてテオはその親切を受けた。それが現実だった。


「…お師さん」

『うん』

「俺、休んで元気になったら、ランスさんにちゃんとお礼がしたいです」


 テオの言葉に、シズナは優しく微笑んだ。


『そうだね。取り敢えず、どれが食べたい?』

「…りんご。すりおろしたやつがいいです」


 それを聞いてシズナは、いつも以上に楽しそうな笑顔を見せた。


『そっか、うん、分かった』

「おかしかったですか?」

『ううん、違うの。私が体調を悪くした時、母がすりおろしたりんごを食べさせてくれたのを思い出したんだ。用意するから、ちょっと待っててね』


 奇しくも二人は同じ考えをして、在りし日の面影を見ていた。それを互いに語ることはなかったが、胸の奥がじんわりと暖かくなったのを感じていた。

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