ニカンニの街で
シズナが言った通りに、二人は暫くして大きめの規模の街にたどり着いた。街の名はニカンニ。その道中でテオはずっと、シズナに出された問題について考えを巡らせていた。
地図を持たないシズナが、どうして街があると分かるのか、そして規模の大きさまで探知できる理由は何か。それらのことに魔法は使われていないという。ただ旅慣れているからでは説明がつかないと、テオは思った。
ひとまずテオは、整備された道や交通量の痕跡ではないかと答えた。シズナは頭を振ってその答えを否定し、もっと魔法使いらしい方法だとヒントを出した。
魔法を使っていないのに、魔法使いらしい方法だと言われ、それは矛盾しているだろうとテオは更に頭を抱えた。
結局、テオが思いついた答えはすべて外れだった。街に着いたことは喜ばしいことだったが、答えられなかった悔しさで、すっかりと肩を落としていた。
ニカンニの街に入る時、テオは少々気持ち悪さを覚えた。体調を崩している訳ではない。しかし何故か目の前がくらくらと眩んだ。
街の規模が大きいということは、それだけ人々の営みの規模も大きくなる。そして人々の営みに欠かせないマナも、当然街に集中する。
テオが気持ち悪くなった理由は、身につけた魔観にあった。まだまだ制御に慣れていないテオの魔観は、不必要なまでにマナを感じ取ってしまっていた。特にテオはキラキラした光という視覚情報でマナを感じ取ってるため、様々な色の輝きが一気に視界を覆っていた。
しかし、そのおかげでテオはシズナの問いの答えに気がついた。テオの声は思わず弾む。
「お師さんっ!答えが分かり…わかり…わかっ…わ…」
だが軽快に声が弾んだのは最初までだった。急速に具合いが悪くなったテオは、体から力が抜けて今にも倒れそうになった。シズナはそんなテオに肩を貸して体を支えると、どこか休めそうな場所はないかと辺りを懸命に見回した。意識を手放すまいと歯を食いしばっていたテオだったが、限界はすぐにきて気を失ってしまった。
近くから水の音が聞こえていた。後頭部に柔らかな感触があった。テオが徐々に意識を取り戻して目を覚ますと、目の前にシズナの顔があった。テオの頭を膝に乗せ、心配そうな表情で覗き込んでいた。
パッと目に入ったシズナの美しい顔。その距離がとても近かったことで、テオは頭よりも先に心臓が跳ね起きた。状況確認が出来ないまま、体だけをバッと起こした。
『目を覚まして良かった。テオくん、大丈夫?まだ横になっていていいんだよ?』
シズナはぽんぽんと自らの太ももを叩いた。やはり膝枕をしてもらっていたのかと再確認したテオは、顔を耳まで赤くしてブンブンと頭を振った。
「だ、大丈夫です。あ、あの、ごめんなさい、俺っ…」
慌てるテオに対して、シズナの方は冷静だった。
『大丈夫。だから落ち着いて。ほら、まずは深呼吸』
シズナに指示されるがまま、テオは何度か深呼吸を繰り返した。動作を繰り返すことで、段々と息も気も整ってきた。
『ごめんねテオくん。これは私のせいだ。君の身に起こったのは、マナ酔いっていう症状。魔観を身につけて暫く経過した魔法使いが陥りやすいものなんだ。気をつけて見ていたのに、気がつけなくてごめんなさい』
「マナ酔い?」
『魔観は体に馴染むほど、より多くのマナを感じ取ってしまうようになるの、自分の意思とは無関係にね。だから魔法使いは、必要な時にだけその力が使えるように制御方法を覚えていくんだけど。私が思っていたより、テオくんの魔観の能力は成長していたみたい』
テオの魔観がシズナの想定を超えて成長していたことには理由がある。それはブロウイムでのスライム討伐が関係していた。
スライムを退治した際、シズナはテオの潜在的な火属性の適性を利用して魔法を発動させた。あの戦いでテオは魔法を使っていない。ただ自動的に魔法が発動するように、シズナが準備しただけだ。
しかし、テオはその身で魔法発動の過程を経験した。これは魔観の力を呼び起こす状況と似たものであった。似て非なる状況とはいえ、偶然二回もそれを経験したテオは、シズナの魔女としての実力の高さも相まって、魔観の能力が想定外に発達したのだった。
シズナの考察を受けて、テオは頷いた。
「そうか。だから以前よりはっきりと、キラキラのマナが見えるようになってたのか」
『私の思慮が足りなかった。考えれば想定できたはずなのに、テオくんに負担をかけてしまった。本当にごめんね』
「待ってくださいお師さん、全然謝ることじゃないですよ。むしろお陰で答えが分かったんです」
申し訳なさげに謝罪をするシズナとは打って変わって、テオは目をランランと輝かせていた。そのまま興奮気味に見つけた答えをシズナに語った。
「ずばり!お師さんが旅で道に迷うことがないのは、人の持つマナを魔観で感じ取っていたからです!そして人の密集している度合いを見れば、街の規模も分かる!答えはこれですよね?」
そう言ってテオは自慢げに胸を張って見せた。魔観で具合いが悪くなったことよりも、問題の答えを見つけられたことの方がよほど嬉しかったのだ。
テオの様子を見てシズナはぽかんとしていたが、やがて笑みを浮かべると、パチパチと手を叩いてから『正解』と伝えた。両手を上げて喜ぶテオに、シズナは更に優しく微笑んだ。
問題に正解したことを喜んだテオだったが、改めて自分が先程まで気絶していたことを思い出した。休んでいた場所は噴水のある公園で、辺りを見ると、街に入ってすぐのところにある場所ではないことが分かった。
シズナが一人でここまで運んできたのかと、テオは訝しんだ。シズナとテオは体格差に開きがある。その上テオは筋肉質で、見た目よりも重かった。気絶した男をシズナが運べるかと考えると疑問が残った。
魔法を使えば簡単かもしれないが、シズナはそうやすやすと魔法を使わない。特に人が多くいる場所ではなおさらその傾向が強かった。ならばやはり自力で、ということになる。
シズナが魔法を使ったのなら、自分が迷惑をかけたのではとテオは思った。そのことについて聞こうとした時、一人の男が手を振って二人のもとに駆け寄ってきた。
「よお!目が覚めたんだな坊主!いや、良かった良かった!」
男はテオの背を軽く叩いて笑った。突然現れた謎の人物に、テオは混乱するばかりであった。
男はテオやシズナよりも少し歳が上で、中折れ帽と整えられた髭が似合う、二枚目の伊達男だ。格好こそ旅慣れた様子だったが、どこか普通の旅人のような雰囲気とは違ったものをテオは感じていた。
『ありがとうございますランスさん。本当に助かりました』
シズナが男相手に筆談ではなく手話を使ったので、テオは驚いた。慌てて通訳しようとしたテオだったが、そこでもっと驚くことが起こった。
「なあに気にすんなって。困ってる女の子を見捨てるような、野暮な男になりたかねえのさ俺は。シズナちゃんの助けになれたなら、むしろこっちから感謝したいくらいだぜ」
シズナがランスと呼んだ男は、テオの通訳なしでシズナと会話をした。つまり、ランスは手話を解することができるということだった。
村育ちのテオが、両親以外で手話を理解できる人を見るのは初めてのことだった。テオが驚いて呆然とランスのことを見つめていると、その視線に気がついたランスが多少困惑しながらも、テオにパチっとウインクをしてみせた。
「熱い視線をどうも。でもな坊主、言いたいことがあんなら言ってくれると助かるぜ。俺は野郎の気持ちを察するのは苦手でね」
テオは状況が上手く飲み込めなかった。しかし頭を振って切り替えると、ランスに向かってすっと右手を差し出した。
「テオです。俺の名前、坊主じゃなくてテオ。お世話になったようでありがとうございます」
「おうテオな、覚えたぜ。俺はランスだ。お世話してやったからありがたく思っていいぜ」
ランスは軽口を叩きながらテオの手を握った。ニカンニの街を訪れてから何が起こったのか。表情こそ笑顔を保っていたが、テオの心中はあまり穏やかではなかった。




