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言無しの魔女  作者: ま行


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追う様

 内環諸国でもっとも世界樹に近い場所に位置しており、もっとも魔法学が発展している大国カント・レギウム。自国の名を関した四大魔法学校の一つ、カント・レギウム大魔導院を有していて、数多くの優秀な魔法使いと魔女を国力として抱えている。


 カント・レギウム大魔導院は、四大魔法学校の中でも最大の規模と派閥を持つ。その影響力は計り知れないものがあり、院長は実質的に、四大魔法学校を束ねる長の立場にあった。


 そのカント・レギウム大魔導院の院長を務めているのは、ジュリウス・ルノ・ヴェールと言う名の男であった。ジュリウスは八賢者の一人で「炎神えんじん」の二つ名を持つ魔法使いだった。


 そして、またの名をオーディス12世、それはカント・レギウムの国王が代々受け継ぐ始祖の名前である。ジュリウスは国王にして八賢者、そして魔法学校最大派閥の長と、国力に恥じない絶対的な権力を有する実力者だ。


 古きより脈々と受け継がれし王家の血筋は、カント・レギウムに安定した治世をもたらし。世界樹にもっとも近い国であるがゆえに、そこから生成される豊富なマナを活用できることから、優れた能力を持つ魔法使いが多く育つ土壌が形成されていた。


 マナを制するものが世界を制する。カント・レギウムはこの世界の支配者と言える強大な国である。オーディス12世、つまり国王ジュリウスは、その最たる地位に位置する者だった。


 ジュリウスは国王の座に就くには若い、壮年の男性である。しかし切れ長の目は眼光鋭く、漂わせる雰囲気は年齢以上の威圧感と高貴さを兼ね備えていた。立派な面立ちは偉大な風格と威厳を持ち、少々神経質そうに見えるものの、いい意味で若さを感じさせない、王の器がふさわしい人物であった。


 執務室でとある報告書に目を通すジュリウス。読み終えたそれをバサリと乱雑に机に放ると、オールバックにまとめた白銀の髪を撫でつけながらため息をついた。


 頭から顔に手を移動させ、そのまま目を覆い隠し、背もたれに寄りかかり見上げるようなかたちで天井を仰ぐ。そして控えていた従者のエヴァンを呼びつけた。


「エヴァン。余は何度同じ報告に目を通せばいい。いつもいつも同じ結果ばかりを聞かされる。余がこんなにも時間を無駄にするのは、もはや国民への背信行為だ。この責を、あの不甲斐ない調査隊に負わせるべきか?」

「陛下。それは平にご容赦を。いざとなれば私が調査隊を率い、その責を負う覚悟にございます」


 覆い隠した手を下ろすと、ジュリウスはゆっくりと目を開いた。落胆の色は隠すことができなかった。


「やめよ。お前が側にいないと、余は湯浴みの暇すらなくなってしまう。すまぬな、今のは余の当てつけだ」

「いいえ。成果が上がっていないのは事実でございます。陛下のお怒りはご尤もなこと。しかし一時の激情に身を任せ処罰を下すのは…」

「愚かしいことだと言いたいのだろう。分かっておる。しかしこうも足取りを追えぬというのが歯がゆくてな。小言も言いたくなる、許せ」


 言葉を切って立ち上がったジュリウスは、窓際に立ち外を眺めた。遠くの空を見つめるその目は険しく、ただでさえ鋭く恐ろしい眼光が更に際立っていた。


「まあよい。言無しの魔女の捜索と捕縛が容易ではないことは分かりきっている。あれでも忌々しくも八賢者の一人だ。まったく。他派閥にしてやられた。まさかアレを八賢者に据えるとはな」

「しかし私には未だに信じられません。あのお方が魔法をお使いになられるとは…」

「エヴァン」


 ただ一言、たった一言だけ自らの名前を呼ばれただけのこと。だがそれだけのことで、エヴァンは全身から冷や汗が吹き出した。ジュリウスから発せられる計り知れない威圧感が、頭のてっぺんからつま先までまとわりついた。


 死を想起させる圧倒的な威圧感。一瞬で沸点に到達した怒りを表すのに、多くの言葉は必要なかった。


「も、も、も、申し訳、ご、ござ、ございません」

「よい。余もお前に八つ当たりをした。これで手打ちとする。しかし二度と余の前でアレの魔法に関する言及は許さん。よいな」

「はい。肝に銘じます」

「では仕事に戻るぞ。近頃、外環諸国の有象無象共が小うるさく喚き立てておる。魔導兵の部隊を派遣し、演習の名目で派手に暴れさせて黙らせろ。外環の小バエ共にかまっているほど暇ではないわ」

「手配いたします。では次に―」


 先程見せた怒りが嘘のように鎮まり、ジュリウスはすっかり別の仕事へと意識が切り替わっていた。エヴァンもかいていた冷や汗を引っ込めて、冷静さを取り戻している。淡々としたやり取りが執務室で続いていた。




 魔導監察庁はカント・レギウムに本部が置かれている。その部署の一つ、執行部「鴉」に所属しているコルヴォに、同僚のジェイが声をかけた。


「コルヴォ、例のディアって魔女の取り調べ終わったぞ。これ頼まれてた調書な」

「おやジェイさん。どうでした彼女?」


 ジェイは空いている席にどかっと腰を下ろした。若干だが、眉を顰めて怒りを露わにしている。


「どうもこうもあるかよ。テメエが上げてきた奴はいっつも最初の内話にならねえんだ。時間がかかって仕方ないぜ、まったくよ」

「それはご愁傷さまです」

「他人事みたいに言ってんじゃねえよ!テメエの趣味でいたぶるのはいいけど、壊すなって言ってんだ!精神治癒の魔法は繊細でめんどくせえんだよ。せめて壊す一歩手前にできないもんかね」

「私は壊れないように気をつけているんですよ。あの程度で壊れる方が悪いんです」

「あの程度って言われてもわかんねえよ!最近じゃもう、テメエと現場に出ることもねェんだからよォ!」


 頭を抱えるジェイを、コルヴォは冷ややかな目で見ていた。まるで当事者意識がないのは、すでにコルヴォの中でディアのことは終わったことだったからだ。


 付き合いの長いジェイはそのことを分かっていた。馬耳東風は承知の上で文句を言い、それでいつも溜飲を下げていた。


 一通り文句を言い終わったジェイは、さっさとその場を立ち去ろうとした。しかし、コルヴォのいつもとは違う様子が目に入って足を止めた。


「お前、何かやけに熱心に報告書作ってんな。いつもはそんな資料なんて広げてないだろ」


 ジェイの目にとまったのは、コルヴォの机に大量の資料が積み上げられていたことだった。それがすべて開かれている。コルヴォが資料を使うこと自体が珍しいことであり、そのすべてに目を通している様子など今まで一度も見たことがなかった。


「失礼ですねえ。私がいつもは手を抜いているとでも?」

「そうじゃねえけどさ。いつもはそんなモン使ってねえだろ」


 そう指摘されたコルヴォは、今まで貫いていた無表情を崩した。眉を顰め、額にペンをトントンと押し付ける。


「私だっていつもなら自前の知識だけで十分事足りるんですよ。しかし今回の一件はどう考えてもおかしい。調査した限り、ブロウイムに発生したスライムは育ち過ぎていた。討伐するにはそれなりに腕の立つ魔法使いが必要だったはずだ」

「ああ、俺が聞いた話でもそんな感じだったな。しっかしくだらねえ事件だよなァ。不倫って、馬鹿じゃねェの」

「そこについては同意見ですが、どうでもいいことです。そんなことよりも、スライムは痕跡も残さず討伐されていて、周辺のマナの浄化まで完璧に行われていた。まるで最初からそこに何もいなかったかのようにね。それを行ったのが誰だか分からない?そんなことはあり得ない」

「はァ!?お前でも何も見つけられなかったってのか!?」


 驚きの声を上げたジェイのことを、コルヴォは思い切り睨みつけた。その迫力に思わず視線をそらし、口笛を吹いてジェイは剣呑な空気を誤魔化した。


「まァそれで合点がいったよ。そこで使われたはずの魔法について調べてたってことか」

「そういうことです。ブロウイムで聞き込みをした民間人は、どいつもこいつも何も覚えてないと言うばかり。看破の魔法もかけましたが、嘘をついているものはいなかった。何者かの関与があったのは間違いないのに、痕跡が何もない。馬鹿馬鹿しい話ですが状況だけ整理すると、正体不明の第三者が誰にも気付かれることなくブロウイムを救った。そういうことになります」

「何だァ?正義の味方ごっこか?」


 ジェイの言葉に、コルヴォは更に不快感を露わにした。


「気に入りませんねえ。実に気に入らない。どこのどいつか知りませんが、本当に気に入りません。これは本腰を入れて調べる必要がありそうだ」


 コルヴォは不敵な笑みを浮かべると立ち上がった。調査の続行を上申するためだ。それを見送るジェイは苦笑いをしながら呟く。


「おお、怖い怖い。鴉は揃いも揃って執念深いモンだが、あいつはその最たるモンだからな。どこのどいつか知らねえが、コルヴォに目を付けられるなんてご愁傷さまってやつだねえ」


 そう言って立ち去ったジェイの口元も、気付かぬ内に怪しくつり上がっていた。ジェイもまた鴉の一員である。根は同じなのだ。


 静かにゆっくりとだが、鴉が狙いを定め始めた。

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