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言無しの魔女  作者: ま行


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魔法決闘大会の意義

 シズナはテオと仲直りできたことと、それによって更に絆が深まったことで殊更上機嫌になっていて、ローレンスの手伝いも実に捗っていた。魔法決闘大会が始まるということは、テオの短期留学が終わるということでもある。そのこともシズナの機嫌を良くさせていた。


 そんなシズナであったが、他校から選抜された本戦出場の魔法使い名簿の中に、見逃すことの出来ない名前を見つけてしまった。そこに書かれていた名前はシリウス・ルノ・ヴェール。彼はカント・レギウム国王ジュリウスの嫡子で第一王子、そして腹違いの兄であった。


 異母兄弟であるシリウスにシズナは面識がない。だが、流石に名前だけは知っていた。どんな人物か想像もつかなかったが、ジュリウスの関係者と思うだけで彼女は一気に気分が悪くなった。そもそもカント・レギウム大魔導院の首席とはいえ、大国の第一王子を参加させるのかと、不満は積もり積もっていった。


「どうしたのかねシズナ殿、先程からずっと同じ資料を睨みつけているようだが」


 シズナが鬼の形相でいることは黙っておいて、ローレンスは彼女のことを気遣った。そして手渡された資料を見て「ああ」と納得の声を上げた。


「すまないな、これは君に見せるべきではなかった」


 ローレンスはそう謝罪したが、シズナは頭を振った。


『いえ、私は見ておくべきだったと思います。むしろこうなることは予想出来たはずなのに、取り乱して恥ずかしい限りです』


 カント・レギウム、アウレリア王国、森域連合、ノクディシアの四大魔法大国は友好的でも敵対的でもない、意図的に中立を保っている。よって各国間の交流も常識の範囲内で行われていて、魔法学校の交流も然りであった。


『魔法決闘大会の目的が一番優秀な魔法使いを決めるための催しならば、他校の生徒も当然呼ぶべきです。私はどこかで、その事実を見て見ぬふりをしていたのかもしれません』

「…そうだな。私が君の立場だったとしても、同じような心持ちになっただろう」


 ローレンスの言葉は精一杯シズナに配慮したものだった。その事実だけでずいぶん心は救われた。そして丁度良い機会だからと、ローレンスはシズナに自分が復活させようとしている魔法決闘大会について話すことにした。




 説明するにあたってローレンスが取り出したのは、とりわけ古い一冊の書物だった。装丁も紙も劣化具合いが激しく、内容に使われている言語も古いもので、アルベールの教育を受けていたシズナでも、判読不可能な箇所が多々あった。


「これは当時の魔法決闘大会について記された古い本だ。どれだけ探してもこの一冊しか見つけられなかった貴重な資料で、探すのにはアルベールの協力も仰いだ」

『師匠の?』

「ああ。奴と協力してこの一冊しか見つけられなかったということは、殆どが歴史の中に埋もれ、やがて失われてしまったのだろう。それと同じように、魔法決闘大会の伝統も失われた。いつ、かまでは定かではないが、形に残る記録が殆ど残っていないということは、あまりいい想像は出来ないな」


 確かにそうだと、シズナは頷いて同意した。伝統は積み上げていくことが困難でも、崩れる時は一瞬にして崩れる。むしろ記録が残っていただけでも奇跡かもしれない、シズナがそう思ったことは、ローレンスも同様に思っていることだった。


「古い言語ゆえ翻訳にも時間がかかったが、重要な部分は抜き出せた。どうやらこの魔法決闘大会は、四大魔法学校が創立された当時から、四校合同で毎年行われていたらしい。毎回会場は持ち回りで、国を上げて大規模に開催されていて、国民を巻き込んだ盛大なお祭り騒ぎだったと記録されている」

『国を上げてとなると、ただの学校間や国同士の交流だけが目的ではなさそうですね』

「その通り、明確な目的があった。それはひとえに、魔法技術向上のためだった。魔法使いたちはマナの操作技術を確立したことで、内環諸国だけでなく、全世界において圧倒的強者となった。エネルギー源の世界樹には誰も手が出せず、世界からマナが失われることはない。この内環が優位な状況で、シズナ殿ならば何を恐れる?」


 問われたシズナは暫し考え込んだ。そして色々と浮かんできた理由の中で、これといったものを一つ上げた。


『油断です。慢心とも言えるでしょうか』

「私も同意見だ。どんなに優れた技術であっても、成熟する過程で必ず停滞する時が訪れる。どうも過去の内環諸国と魔法学校が一番恐れていたのが、この停滞だったみたいだな」

『それもこの本に?』

「ああ」

『しかし恐れるのは理解出来ますが、避けられないものでもあるのでは?』

「それも正しい。だが過去の魔法使いたちはこの停滞を過度に嫌った。だから魔法使い同士の決闘という場を設け、技術を高め合うための土台を作った。この決闘に勝利するためだけに、新たな魔法も数多く生み出されたそうだ。しかし―」

『しかし?』

「この本で分かるのはここまでだ」


 思い切り肩透かしをくらったシズナは、ガクッと肩を落とした。ローレンスがあまりにも真剣な表情で引きを作るもので、自分でも知らぬ内に前のめりになっていたのだ。


 そんな様子を見てローレンスは楽しそうに笑った。しかしムッと眉を顰めたシズナに対して、ごほんと一つ咳払いをして誤魔化した。


「これはまあ私の予想だが、恐らく現在使われている主だった魔法の術式の完成と同時に、技術の競り合いが魔法の発展に寄与しなくなったのだと考えている。加えて内環諸国には長過ぎる平和の時代が今もまだ続いている。わざわざ新たな魔法を生み出さなくとも事足りると判断したのかもしれないな」

『確かにそれは一理あると思います。新たな魔法を生み出す存在は、今や賢者だけ。必要とされなくなったから廃れた。一番納得出来る理由です』

「その賢者でさえ、もはや魔法使いたちが高みを目指す指針という役割を失いつつある。シズナ殿はやむにやまれぬ事情があって、それが結果的に手印を用いる新たな魔法を生み出すことになった。アルベールが賢者になった経緯も、事故という側面が大きい。…そして私も、こう言っては何だが、別に進んで賢者になりたかった訳ではない。誰よりも優れた魔法使いになりたいと願ってはいたが、賢者など自分とは無縁のものだと思っていた。ただがむしゃらにやってきて、偶然にも幸運が重なっただけのこと。名誉には感じているが、同時にそれでよいのかとも思っているよ」


 選ばれたからには、責任と誇りを持って賢者という称号に見合う魔法使いであり続けるという目標を、ローレンスは自分に厳しく課していた。


 しかし、シズナはまた違った心持ちであった。ローレンスのような自負がない、とまでは言い切れなかったが、そこまで強い信念を持っているという訳でもなかった。


 シズナは本来使用が不可能であったはずの魔法を実現させた理由は、自分にとって必要だったから、これに尽きる。血の滲むような努力も自分のためという理由が一番の原動力で、それが賢者として相応しいかどうかは甚だ疑問であった。


「私はね、魔法使いたちが不正行為に手を染めたのは、必然的でさえあると思っている。それは間違ったことで、絶対に許してはいけないことではある。だが今の魔法界が彼らに対して負うべき責任がないかと自問すると、それは明確に否定する。熟しきった果実はすでに腐り始めているのだ。早急に手を打たねばならないだろう」

『そこでローレンスさんが選んだものが、魔法決闘大会である、ということですね』


 ローレンスは深く頷いて同意すると、話を続けた。


「腐って地に落ちた果実が種の養分となって新たな芽吹きを助けるように、私たちも新しき力を育てていかねばならない。そこで私が最初に伝えたいと思ったものが、魔法使いの誇りだ。自らの力を誇りに思えぬものが、どうして高みを目指せようか。私たちは今一度、切磋琢磨する意義を知るべきだと、私はそう考えているよ」


 力の限りを尽くしても、頂点に到達できるのは一人だけ。しかし、そこに至るまでの道のりで得られるものは多く、かけがえのないものである。そうローレンスは話を締めくくった。


 シズナはローレンスの取り組みが、過去から学んで未来へ繋げることと、積み重ねた努力が昇華される場所を作ることだと知った。それが魔法使いたちに良い影響をもたらすかどうかは分からない。しかし、何事もやってみなければ分からないのである。少なくとも自分はそうしてきたと、シズナは思った。


 ならば上手くいくように努力を惜しまない。それが査察役に選ばれた自らの使命であると、シズナは改めて奮起した。魔法決闘大会を無事に開催し、結果を見届ける。そこに誰が絡んでこようとも、やるべきことは変わらなかった。

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