予選
魔法決闘大会は一月をかけて開催される。過去最長の開催期間は三年という長い年月を要するものであったが、それでは学業に著しく支障をきたすということでここまで縮小された。例え一月でも、生徒にとっては長い拘束時間である。
だが過去に行われていた催しを復活させるという難事であり、一月の開催期間を確保出来たことだけでも奇跡的であった。これはローレンスが、それだけ大会に本気だということの証である。
一月の内、半月間はセレスティア魔法学園の生徒の予選に費やされる。開催校の代表を決めるための競技課題が行われ、ここで好成績を修めたものが学年を問わず代表として選ばれる。他校の生徒は今大会に限り、ローレンスとその部下たちが選抜と交渉を行って、すでに本戦への出場が決定している。
つまり、大会当日から本格的にしのぎを削るのは、開催校の生徒たちだけであった。これも過去の行事を復活させるにあたって、調整が難儀した結果だった。しかし完全とは言い難い形式だが、生徒たちはやる気に満ち溢れていた。
魔法の腕を競い合う。この事実がすでに、生徒たちの闘争心に火をつけていたのである。普段の授業では思い切り使うことが出来ない魔法も、大会中は存分に腕を振るうことが出来る。自分たちの力がどこまで通用するのか試してみたいという気持ちは、少なからず共通しているものだった。
開催の宣言に沸く会場は、苦しいほどの熱気に包まれていた。
テオはセレスティア魔法学園の特別招待枠として、一般の生徒と同じ立場で予選に参加していた。最初に与えられた課題に取り組むために、競技場へと移動した。
そこの競技の監督を務めていたのは、テオが初めて実技の授業を受けた時に難題を出した教師であった。教師は課題をあっさりと達成されて恥をかかされて以来、一方的にテオに苦手意識を持っていた。彼の顔を見て、一瞬眉を顰めたのは言うまでもない。
「あー…ごほんっ!これから競技の説明をします!よく聞いておくように!二度は説明しません、記憶する自信のないものはメモを取りなさい」
教師のあからさまな咳払いには生徒たち皆が首を傾げたが、すぐに真剣な声色になったことで見事に注目を集めた。そして生徒たちの準備を待ってから、教師は競技の説明を始めた。
「この競技であなたたちが使用可能な魔法は、穿孔の一矢のみ。属性選択や詠唱する呪文に制限は無し、各々の判断で決めて構いません。評価基準は制限時間内に、いかに穿孔の一矢の発射数を少なく出来るかです。的はこの魔道具を使います」
そう言うと教師は、呪文を唱えて杖を手のひらに向けた。そこから飛び立ったのは蝶の模型だった。黒い縁取りと光沢のある鮮やかな黄色の羽が、魔法でパタパタと羽ばたきだす。そして教師の周りを自由に飛び回った。
「これは狙い蝶という魔道具、現在はあまり使われていないものですから、見たことのない人も多いでしょう。この狙い蝶は文字通り、狙った的に魔法を当てる訓練でよく用いられていました。素早く、そして不規則に動くので、ただ魔法を当てるだけでも一苦労します。簡単にはいきません」
そして教師は、試しにといわんばかりに狙い蝶に向かって穿孔の一矢を放った。実に正確な狙いで魔法は蝶に迫ったが、それは当たる寸前でひらりと躱された。
「このように、狙い蝶は魔法に反応して避ける機能もあります。不規則な飛行、素早い動き、更に反応して避ける機能。どれをとっても当てにくさに特化したもの。だから発射数の少なさを評価基準にするのです。そして当たり前の事ですが、時間内に命中させられなかった時点で、この課題は不合格となります。ではこれから質問の受付と、作戦を考える時間を与えます。その後すぐに競技を開始するので、質問があるのなら早くするように」
教師がパンと手を叩くと、生徒たちが一斉に行動を始めた。ある者は我先にと教師の元へ駆け寄り質問をし、その答えから攻略の糸口を掴もうとした。またある者は質問する時間を惜しみ、狙い蝶を撃ち落とすための思案を始めた。
同じ競技に参加する以上、ここにいる全員がライバルである。本来ならば情報交換は利が薄いが、生徒間では盛んにそれが行われた。未知の標的に対抗する情報が、少しでも多く欲しかったのだ。
そうして生徒たちが思い思いに作戦を考える中、教師の前から生徒たちが捌けたタイミングを見計らってテオが声をかけた。
「質問していいですか?」
「勿論構いません。あなたも同じ条件の参加者ですから」
「ありがとうございます。では―」
テオから質問の言葉が出てくるまでの短い間、教師は彼の行動を意外だと感じていた。実技の授業で、テオの対応力の高さはまざまざと見せつけられていた。質問することなどないだろうというのが、教師の考えだった。
それとも流石に初見のものには対応出来ないのかと、教師はわずかながらに親しみを覚えた。しかし、それはテオからされた思いもよらない質問で裏切られることになる。
「この課題は一発で狙い蝶を撃ち落とせた場合に、最高評価がもらえるんですか?」
「は?」
質問する生徒たちの中で、評価基準について言及してきた生徒は少なかった。その中でも、テオの質問はとびきり奇妙で、誰よりも核心をついたものだった。
「えっと、ですから…」
「お待ちなさい。最高評価の基準など聞いてどうするのです?」
「やるからには一番いい評価がほしいなと思って」
「では問答無用に一発で撃ち落とせば済む話でしょう」
「本当にそんな単純な話ですか?」
質問に質問で返すとは、教師は我ながら大人げない対応だと自らを恥じた。これではあまりに不義理だと、改めてテオに言った。
「最高評価を与える基準を参加者に教えることなど出来ません。しかし、あなたの聞き方はもう答えが分かっている者の聞き方ですよ。それはあまり褒められたものではありませんね。これで回答としては充分でしょう」
「…すみませんでした。それとありがとうございます」
しっかりと頭を下げてテオは教師の元から立ち去った。教師はテオの態度を注意しつつも、すでに競技の本質を理解しているであろうテオに舌を巻いた。そのお陰で若い力が育つことの意義を、今一度思い出せた気がした。
この競技のルールを聞いている時、テオはずっと評価基準の「発射数を少なくできるか」という文言に引っかかっていた。普通に考えれば一発で撃ち落として最高得点でいいはず、しかし参加者を振り落とし本戦へと残す予選の課題が、そんなに単純な基準で評価されるとは考えにくかった。
「与えられた課題から、自分なりの最適解を。よしっ!」
やるべきことは分かった。テオは自分の番が来てそう気合いを入れ直した。杖を取り出して構えると、ひらひらと舞う狙い蝶に差し向けた。
「八属が清流。マナよ循環せよ。穿孔の一矢」
テオは早速、二発の穿孔の一矢を放った。しかしそれは狙い蝶を目がけて発射したものではなく、むしろその横を通り過ぎていった。当然ながら狙い蝶には当たらない、だがそれでよかった。それが狙いだった。
テオが最初に選択した属性は、水属性。そこに付け足したのは、魔法の効果を持続させる循環の呪文。マナによって水で形成された矢は、循環の効果で水の尾を引いてその場に留まった。
「八属が裂空。加速せよ。穿孔の一矢」
狙い蝶は魔法に反応して避ける機能がある。だからそう簡単には魔法を当てることが出来ない。そこでテオが考えた策は、水のマナを維持して空中に滞留させておくことで、狙い蝶の動きを制限する壁を作ることだった。
そして本命の一撃に選んだ属性は風。加速は速度を高めて確実に狙い蝶に当てる目的もあったが、もう一つの狙いは残留した水を風の魔法で巻き込むことだった。
テオの狙い通り、風の矢は空中に残った水を巻き込み重ね合わさり、通常より大きなものになった。通常ならば拡散の呪文付け足し効果範囲を広げるところを、最初の魔法で残したものを再利用するかたちで、詠唱の短縮につなげた。それによって素早く的確に狙いをつけて魔法を発動させることができ、狙い蝶は見事に撃ち落とされた。
合格が告げられ、テオはひとまず胸をなでおろす。後はこの結果がどう評価されたのかを待つだけだった。
「今回の課題で最高評価を得た者は…テオ、あなたです」
教師の発表に、歓声と抗議の声が同時に上がった。その中でも一人の生徒の猛抗議は凄まじいものだった。
「納得いきません!自分は一発で狙い蝶を落とした。しかし彼は三発魔法を使っている!この課題の評価基準は、発射数をいかに少なく出来るか、だったはずです!」
「その通りですね」
「ではっ!」
「しかし忘れてはならないのは、この大会が魔法の技術を競い合う大会であるということです。それにあなたの他にも一発で蝶を撃ち落とした者もいました。二発の者もいます。それが綿密に練られた計画の上で実行されたものならば、あなたが最高評価を得られたことでしょう」
「そ、それは…」
テオが使った三発より、少ない手数で狙い蝶を撃ち落とした生徒は何人かいた。しかしそのすべてが、偶然命中したという結果だった。
狙い蝶は確かに魔法を当てることが難しい的だった。だが、必ず当てられないとは事前に説明されていない上に、試行回数が増えれば、当たる時は当たるのだ。前に課題に取り組んだ生徒が闇雲に何十発も連射した後などは、狙い蝶の動きが鈍る。その性質は敢えて解消せず残されていた。
「動きが鈍ったことを幸いに思い、欲にかられて手間を惜しんだ。それがあなたたちの評価を下げた一番のものです。参加者の中でテオの次に評価が高かった生徒は、四発の魔法で狙い蝶を撃ち落としたものです。その生徒こそ、今回の結果を本当の意味で悔しく思っていることでしょう。もっと工夫をしていれば、最高評価に肩を並べていたかもしれないと。私たち審査員はきちんとあなたたちの行動を見ています。文句の声を高らかにする暇があるのなら、反省すべき点を見つけなさい」
教師がピシャリと言い放った言葉に、もう文句の声を上げるものはいなかった。これは魔法の技術を競い合う大会で、高評価の者もいれば低評価の者もいる。だからこそ感情は大いに揺れ動き、喜びと悔しさが生まれる。
「もっと出来たはずだ」
少なくとも、まぐれで当てた生徒以外は文句も言わず、こう考えていた。自分が今まで学んできた知識を活かし、どうすればよりよい結果が得られるのかを、次の競技に向けて考え始めている。この向上心を引き出すことこそが、魔法決闘大会の狙いであり、ローレンスの目指すものであった。




