光と影
テオの元に杖が戻ってきた。しかし、新たに判明した事実が彼の表情を曇らせていた。
「テオ、大丈夫?」
「えっ?」
「顔色が悪いよ」
自分では気がつけないことを、フィリップが指摘した。どう答えたものかと迷ったテオは、なるべく心配させないようにと笑みを浮かべた。
「大丈夫…とは言い切れないけど、相談出来る人がいるから聞いてみる」
「それってもしかして、テオが魔法を習ったっていう師匠?」
「うん、俺はお師さんって呼んでる。すごい人なんだ。俺の憧れで目標の人!」
揚々と語るテオを見て、フィリップはテオと師匠の間に確かな絆があるのだと感じた。この様子なら自分がさほど心配することもない。そう考えた彼は気分転換のためにも話題を切り替えることにした。
「そういえばテオの留学って決闘大会までだったよね?まだ先だと思ってたけど、もうすぐだね」
「あっ、本当だ。なんだか毎日が楽しくってあっという間だったな。これもフィリップのお陰だよ。ありがとう」
「流石にお礼はまだ早いって。…なあテオ」
「うん?」
「…大会は見ていかないのか?僕も出場するつもりなんだけど」
このことを聞いた時、フィリップは信じられないほど心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。テオが大会の場にいてほしいのか、いてほしくないのか、自分でも自分の気持ちが分からなかったからだ。
しかしこの質問は、テオが大会には出場しないことを前提としたものだった。フィリップはそこまで踏み込んで聞く気にはなれなかった。もし「テオは出場しないの?」とでも聞いて、無理にでも出場したいと心変わりでもされたらと、そう考えると、どうしてもその言葉は口にすることが出来なかった。
けれどフィリップの葛藤は、テオの呆気のない一言で崩れ去った。
「実は大会には出場することになったんだ。ローレンスさんが特別な枠を用意してくれたらしくてさ、予選から参加させてもらうことになったんだ」
テオはセレスティア魔法学園の生徒代表を決める予選に出場する。短期留学生なのに、特別枠を設けてまでである。フィリップはぐちゃぐちゃになる情緒と口をついて出てきそうになった邪な言葉を飲み込み。テオに見えないところで、爪が食い込んで血がにじみ出るほどに、ギュッと拳を強く握り込んだ。
テオが城に戻ると、シズナとローレンスの二人が丁度仕事の相談で一緒にいた。そこでテオはルナリアから聞いたことをすべて打ち明けて、相談を持ちかけた。まずはシズナだけにとも思ったが、賢者が二人もいる特別な状況なのだから黙っている必要もないと考えた。
「ふむ、やはり原因はテオ殿の方にあるのか」
『想定通りでしたね』
「え?ふ、二人とも、同じことを考えていたんですか?」
同意で頷いた二人の姿を見て、テオはがくっと肩を落とした。
「それならもっと早く言ってくださいよ」
『そうかもしれない、くらいの考えだったから』
「クウガイ殿の意見がなければ確定は出来なかった。私たちは魔法の専門家であっても、杖の専門家ではないからな」
至極真っ当な意見だと、テオはもう一段階肩を落とした。だがいつまでもそうしている訳にはいかない。顔を上げると、二人を交互に見て言った。
「それで、俺は今後どうすればいいと思いますか?」
『ローレンスさん』
「大丈夫だ、皆まで言わずとも分かっているよ。テオ殿、一度精密な身体検査を受けるといい。カント・レギウムのロゴス羅針宮とまではいかずとも、我が国にも設備の整った研究施設はある。シズナ殿、話は通しておくから連れていってあげなさい」
『ありがとうございます。一緒に行ってきますね』
「いいんですか?そんなことまで」
「いいんだ、子どもが遠慮することはない。それに不安にさせたくはないが、結局は何もないことが一番いいんだ。それをハッキリとさせるためにも、必要なことはやっておきなさい」
何もない方がいい。その不安はシズナやローレンスだけではなく、テオ自身も強く自覚しているものだった。いざ本格的に調べるとなると、自分の身に想像もつかないような異変が起こっているのではないかと恐ろしくもなった。
「な、何も異常なし?…ですか?」
「ええ、はい。お話にあった杖に影響を与えそうな要素は、検査で見受けられませんでした」
検査を終え、白衣を着た研究員の前に座って報告を聞いたテオは、あまりにも拍子抜けする告知を受けて、体から一気に力が抜けた。隣で一緒に話を聞いていたシズナは、ひとまず安堵して胸をなでおろした。
「健康状態にまったく問題はなし。身体機能は極めて高く、同年代の子と比較してみても非常に高水準です。これでちゃんとした戦闘訓練などの経験が一年にも満たないとは、本当は何かやってたのでは?」
「木こりだったので、毎日斧は振ってましたけど」
「…力仕事ですからね。それを幼少の頃からずっととなると、まあ考えられるか。戦闘の経験は?」
「村の近くに出た魔物とは何度か。だけどそれも俺一人ではなくて、村人たちと協力して魔物を取り囲み、一斉に袋叩きにすることが多かったです。後は山を下りて街に行った帰り道で、どうしても避けられない戦闘はありました。でも基本的に、勝てる相手と勝てる状況でしか戦ったことはありません」
「それは実に合理的ですね。数の力で勝るのなら、それを利用しない手はない。避けられる戦闘ならば避けた方が賢い。しかし、君の身体機能の高さは目を見張るものがある。非常に興味深い」
検査結果を何度も見直しては質問をする研究員、そんなことにはまったく心当たりがないテオ。そんな二人をよそに、シズナだけはテオの身体機能の高さに検討がついていた。
それは魔守りの里で行われた修行に起因していた。アルベールは容赦のない厳しい訓練がテオに課され、それに加えて、幼少の頃より戦闘訓練を積んだ里の守り人のマーガレットと、近接戦闘の模擬戦を行うよう指示されていた。シズナが行った魔法の訓練も、どちらかというと、対魔法使いを想定して比重をおいていた自覚があった。
短期間で極めて集中的に、並の人間なら耐えきれないような修行を、テオは全部こなした。そのためには才能よりも、体力と根性が必須だった。テオはとりわけ並外れた根性があった。そうでなければ、幼き身で様々な事情を背負い込んだ自分が、生きていけなかったという切実な事情もあった。
しかしシズナは、まさか自分たちの課した過酷な訓練のせいですとは言い出せず。また、テオ自身が修行を希望したこともあって、彼女は黙した。それよりもと、テオに向かって手話を使い、自分が聞きたいことについて翻訳してもらった。
『それはともかく、マナについてはどうですか?』
「ああすみません、脱線してしまいました。しかし最初に申し上げたように、彼の検査結果から何らかの異常を示すものは見受けられません。特別に上げるとしたら、マナ感応性とマナ操作能力の数値は優秀ですね。魔法使いにとって非常に重要な項目です。結果から類推するに、先天的なものではなく、後天的に身につけたものだと思われます。が、これも彼の優秀さを示す数値になっても、異常を示すものにはなりません」
異常なし。精密な検査を受けた上でそのような結果が出た。こうなると本人も周りの人間もすべてお手上げ状態になってしまう。結局分かったことは、テオの身体機能の高さと、魔法使いとしての素質がちゃんと育っていたというものだけだった。
それはそれで喜ばしいことだったが、得体のしれない不気味さは解消されずに残されてしまった。帰り道でまた一段と肩を落とすテオ。そんな彼の背中を、シズナがぽんぽんと優しく叩いた。
『分からないなら今は仕方ないよ。魔法を使っても問題ないって言われたんだから、今のところはその判断を信じよう?』
「そう、ですね。杖の方も使っていいとお墨付きをもらっています。むしろ気にしすぎて、魔法の訓練をおろそかにしてしまう方が駄目ですよね」
『そうだよ。それに、何かあっても私が側にいる。私はテオくんの師匠だよ。どんどん頼ってくれていいんだからね』
「ありがとうございますお師さん。何よりも心強いです」
不安は残ったが、二人の信頼関係はいっそう強まった。その事実の方がよほど良い結果をもたらすと、共にそう考えていた。テオが抱えていたシズナに対する劣等感も完全に払拭され、師匠と弟子の良好な関係は更に発展していた。
『ひとまずは魔法決闘大会に向けて頑張らないとだね。予選通過、期待してるからね』
「勿論です。お師さんの顔に泥を塗るような真似はしません」
『よろしい。本戦に勝ち進めば、優秀な魔法使いたちと出会える。きっとそれは、テオくんの糧になるはずだよ』
「はい!今から楽しみで、ワクワクが止まりません!」
師匠である言無しの魔女シズナの優秀さを証明するためにも、弟子のテオは最善を尽くすと心に決めていた。魔法決闘大会開催の日は、もうすぐであった。




