テオと杖
セレスティア魔法学園の廊下を、テオとフィリップの二人は並んで歩いていた。二人が向かう先は、暫く連絡のなかったルナリアの元である。二人は彼女から手紙で呼び出しを受けていた。
「とにかく来てくれって。ルナ、何かあったのかな?」
「うーん、どうなんだろう。ルナって昔からこういうことが多いんだ。ずーっと部屋に籠りきりかと思っていたら、突然出てきて一緒に山に行こうとか言い出したりね」
「じゃあこれもその一環ってこと?」
「流石にそれは分からないな。でもテオの杖のことがあるから、そんなに突拍子もないことを言い出したりはしないはず…だと思いたい」
「そういえばクウガイ様ともずっと一緒なんだった。自分で提案しておいてだけど、ルナは大丈夫かなあ…」
テオとフィリップはそんな会話をしながら、ジェットクラスの棟を訪れた。すると何やら、生徒寮の方が騒がしいことに気がついた。
フィリップの「嫌な予感がする」の一言で、二人は騒ぎが起こっている場所に駆けつけた。そこはルナリアの部屋の前で、ジェットクラスの教師と生徒たちが集まっていた。フィリップはそこにいた教師の一人に声をかけた。
「すみません、何かあったんですか?」
「ん?ああ、フィリップじゃないか。丁度良かったよ、君からもルナリア君に言ってやってくれ」
「また何かやらかしてしまいましたか?」
「それはいつものことだから気にしないが、今回はちょっと違うんだ。ルナリア君、どれだけ呼びかけても部屋からまったく出てこないんだ。もうずっと姿を見ていないし、返事もない。無理やり開けようにも、信じられないほど強力な結界魔法が施されていて私たちでも手が出せない。とにかく頼むよ」
テオとフィリップは顔を見合わせた。想像以上にまずいことになっていそうだと、人混みをかき分けて扉に張り付いた。
二人で一緒にドンドンと扉を叩いて開けることを試みた。しかし、教師が言った通り扉はびくともしない。もしかして音も届いていないのではと、テオとフィリップは焦って声を張り上げた。
「ルナ!聞こえてるか!フィリップだ!テオも一緒だぞ!」
「手紙で呼び出されたから来たんだ!それなら少なくとも動けはするはずだ!もし動けなくても返事だけしてくれ!」
その声が聞こえたからなのか、部屋の中からカタンと音が聞こえてきた。それを聞いてテオとフィリップは、部屋の中にルナリアが居ることを確信した。声を張り上げるのを止め、周りにいる人たちにも静かにしてもらって扉に耳を近づけていると、中からあまり覇気のない細い声が聞こえてきた。
「…プップ君とテオテーオちゃんの二人だけ入ってきて、他は邪魔だから帰って」
ルナリアを心配して駆けつけてきた教師や生徒たちを追い返すのは心苦しかったが、テオとフィリップはその指示に従うことにした。そうしないとルナリアは部屋を解放しないだろうと、幼馴染のフィリップが経験から判断した。彼女に何があったのかを、後ですべて説明することを条件に、何とかその場は引いてもらえた。
そうしてようやくルナリアの部屋の扉を開けた瞬間、中から強烈なツンとした匂いが漂ってきた。そこにいたルナリアはやつれた姿で、長い髪はぼさぼさになって全身にまとわりついていた。一見しただけでは彼女だと判別出来ず、まるで毛むくじゃらの化物のようであった。
「やっほ~おかえり~二人共~えへへへ」
「ゔがっ!ル、ルナ、お風呂に入ったのはいつだ?」
「え~わかんな~い」
フィリップはとても険しい表情で鼻をつまんでいた。テオも同様に鼻をつまみながら、ごちゃごちゃと様々な物で溢れた部屋の中から、なんとか通信盤を探し出した。
呼びかけに応じて映し出されたクウガイの姿も、ルナリアと同じように酷いものだった。クウガイはテオの姿を見ると「やるべきことはやった」と言い放ち「寝るから当分起こすな」と言って一方的に消えてしまった。
部屋の悲惨な様子を見たテオとフィリップは、覚悟を決めてルナリアのことを抱きかかえると、学園の医務室へ彼女を運んだ。校医はその姿と強烈な匂いに負けず彼女を引き取ったが、運んできた二人には体を洗ってきなさいと指示した。
体を清潔にし、水分と栄養を補給し、ようやく人間らしい姿に戻ったルナリアは、ベッドの上でテオとフィリップにお礼を言った。
「いや~二人ともありがと~生き返った~」
「まったく呆れるよ。殆ど飲まず食わずな上に、睡眠もろくに取ってなかったなんて。あの先生の怒りよう、反省してるのか?ルナ」
「反省?ん~やらなきゃいけないことだったからやったのに~?反省?」
「僕はやりすぎだって話をしてるんだ」
怒るフィリップとのらりくらりと躱すルナリア、きっと二人は幼い頃からこんなやり取りをしてたのだろうなと想像すると、テオは思わず笑ってしまった。
だが和んで笑ってばかりもいられない。テオは頭を振って切り替えると、ベッドの脇に座ってルナリアの目を見た。
「ルナ、俺が頼んだことだけど、危険を冒してまでやってほしくはなかった。杖のことは本当にありがとう。だけど皆に心配をかけちゃ駄目だ」
「…そうかもだけど~」
「だ・め・だっ!」
「…は~い」
テオに叱りつけられたルナリアはしゅんとして縮こまった。それを見たフィリップがすかさず言った。
「おいルナ、テオの言うことは聞くのに、僕の言うことは聞けないのか?」
「そうじゃないけど~、なーんか今のテオテーオちゃんの言い方がルナのママみたいで~つい~」
「確かに今のはそうだったけど」
「そ、そうだったの?いやお母さんって、何か複雑だな…」
「そんなことないよ~、テオテーオちゃんには絶対にママみがある!ルナのお墨付き~」
「悪いけど、それはいらないや」
他愛のない話で笑い合っていた三人は、校医の咳払いで注意を受けた。そこでフィリップは校医には秘密で消音魔法を使用し、注意されることなく会話が出来るようにした。
「で?ずっと部屋に籠もって何をやってたんだ?」
「それは当然、テオテーオちゃんの杖をクウガイ様と一緒に調べてたんだよ~」
「授業にも出ずにずっと?」
「だってさ~、クウガイ様とおしゃべりしてた方がずっと杖作りの勉強になるし、大切なことだったんだも~ん」
「…呆れた。卒業出来なくても、僕は知らないからな」
フィリップはそう言って肩を落とした。それを見て、原因を作ってしまったテオは申し訳なさでいっぱいになった。
「ごめんフィリップ。クウガイ様がついていれば心配ないかと思ったんだけど…」
「え~?クウガイ様もノリノリだったよ~?ずーっとルナと一緒に夢中で作業してたよ~」
「ごめんフィリップ。そういえばクウガイ様も作業中は周りが見えなくなる人だった…」
謝るテオの肩を、フィリップは優しく叩いた。
「テオが謝ることじゃないよ。職人気質ってこういうことなんだ。僕はずっとルナを見てきたからよく知ってる」
「そうだよ~ルナが好きでやったことなんだから~テオテーオちゃんが気にする必要なんてないな~い」
「僕は責任をもってルナにキツく説教しておくから、テオはクウガイ様の方をお願い」
「任せて」
「えー!ヤダー!プップ君のお説教長いんだもん!」
「それでもだ!」
駄々をこねるルナリアは、問答無用とフィリップに額を指で軽く弾かれた。それでもまだぶつぶつと文句を言うルナリアに、テオはいよいよと本題に入った。
「ルナ、杖の方はどうだった?」
それまでの和やかだった空気がぴしっと引き締まった。ルナリアは真剣な眼差しでテオを見た。
「クウガイ様と一緒に、あらゆる方法でテオテーオちゃんの杖を調べてみた。結論から言うと、杖にまったく異常はなし。それどころか、いい意味でクウガイ様は驚いてた」
「いい意味で?」
「自分が完成させた時よりも杖がずっと育っているって。これはルナがクウガイ様と一緒に推測したことなんだけど、多分、杖の素材の魔蓄樹と、芯材に使ったセラドナの血琥珀の相性が想定よりも良かったんだと思うの。テオテーオちゃんが魔法を使うほど、魔蓄樹の持つマナを貯めるっていう性質が変化して、瞬時に大量のマナを吸収して適切に調整して放出するようになったの。この杖は魔法の触媒として使用するのに、これ以上ないってくらい優秀だね。それも魔法を使えば使うほど、杖はどんどんマナと影響し合ってテオテーオちゃんに適応していくはずだよ」
魔蓄樹はマナを貯めて留め置ける性質がある。だが貯めるだけでは魔法にならず、魔法に応じて適した属性などに変化させなければならない。
それらは本来、魔法使いによって行われることだった。しかし、テオの杖に使用した血琥珀は、元はセラドナというドラゴンの体の一部である。
テオはマールリアでリヴァイアサンというドラゴンと出会った。リヴァイアサンは水流ブレスという強力無比な魔法を、何の負担もなく連発することが出来た。ドラゴンはマナを自由自在に操り魔法に変える力に優れていた。
「魔蓄樹が貯めようとして吸収したマナを、セラドナの血琥珀が自然と消費する。杖は呼吸のようにその循環を常に行っていたみたいだね。そこにテオテーオちゃんの魔法、つまりマナ操作が加わって更に変化が起こった。ただ留めるのではなく、吸収して放出するって性質に変化した。と、これがクウガイ様とルナの結論だよ。二度と同じような杖は作れないかもしれないって、クウガイ様はちょっと悲しそうだった」
杖に問題がないことは一安心だった。しかし、実際にテオはありえない体験をしている。今度はそのことが気になった。
「じゃあ杖に問題がないとなると、何に原因があるんだ?」
フィリップの質問に対して、ルナリアは一度「多分」と呟いた。しかしすぐに頭を振って、今度は迷いなく考えを口にした。
「杖は使っても問題なし、それはクウガイ様とルナのお墨付き。何かあるとしたら、原因はテオテーオちゃんにあるとしか思えない。それが何かまでは分からないけど、きっと自分でも気が付かない何かがテオテーオちゃんにはあるんだと、ルナはそう思うよ」
ルナリアから突きつけられた事実に、テオは動揺が隠せなかった。出自から育ちまで、自分に特別なものは何もない。それは間違いなかった。
しかし、自分の中にありえない現象を引き起こす何かがあると分かった。それとどう向き合うべきなのか、今のテオには答えが出なかった。




