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言無しの魔女  作者: ま行


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三者三様

 ルナリアは部屋に籠もっていた。一人ではなく、通信盤に投影されたクウガイも一緒である。憧れの存在でもあり、世界一の杖職人を前にして、ルナリアは今まで感じたことのない緊張感に体をこわばらせていた。


「小娘、杖職人になるためには?」

「…削りで十年、研ぎに五年、目利きに芯材一生涯」

「そうだ。しかし、その通りにしたからと言って一人前になれる訳じゃあねえ。こいつはな、杖職人が常に心に刻んでなきゃならねえ言葉だ、当たり前の心構えだ。いいな?」

「はいっ!」


 削りで十年、研ぎに五年、目利きに芯材一生涯。杖職人に伝わる格言で、当然ルナリアは授業で習った。しかし、世界一の杖職人から改めてその本質を説かれると、より一層身が引き締まる思いだった。


「見させてもらった小娘の杖、まだまだ荒削りだが悪くはねえ。魂の込められた良い杖だ。特に芯材選びの目利きは大したもんだ。お前がどれだけ杖に本気なのかは杖を見りゃ分かる。俺の目と手の代わりに使ってやっていい。気合い入れろよ」

「…はいっ!」

「よし。まず確認するのは芯材の状態だ、多少乱暴でもいい、大量にマナを注入して反応を見せろ。俺の作った杖だヤワじゃねえ、手を抜くんじゃねえぞ。ぶっ壊れるとか余計な心配はするな」

「ルナ、マジでやっちゃいますよ!」


 クウガイから暫定的に腕を認められたルナリアは、ここに居ない彼の代わりとなって、テオの杖に何か異常が起こっていないか原因を特定する作業を任されることになった。


 それは杖職人になることを志しているルナリアにはとても貴重な経験だった。彼女はクウガイが作ってきた杖のことをずっと勉強をしてきた。彼の技法や理念も、形に残されているものはすべて目を通した。


 信じられないことに、今はその憧れの存在の代理を務めさせてもらっている。人の杖を預かるということ、ましてそれがクウガイが作った杖を扱わせてもらえるということ、とてつもない緊張感がルナリアのことを襲ったが、それ以上に彼女は胸がときめいていた。


「小娘!まだ甘い!作業に集中せんか!」

「はいっ!」


 クウガイは久しぶりに、自らの情熱の温度が上がったことを感じていた。杖作りに生涯を捧げた者として、自分とルナリアの精神に近しいものを見ていたのだ。


 有望な若者が育つことは何よりも大切なことだが、クウガイ自身はそのことに興味を持たなかった。しかし、少々風変わりであるが杖作りに並々ならぬ情熱を持ち、心血を注ぐ才能のあるルナリアに刺激を受けて、自然と声に力が入っていた。




 案内役を引き受けた縁でテオと友人になったフィリップ。彼の目指している進路は魔導監察庁執行部である。そこで役立つ実践的な魔法を学ぶため、彼は座学よりも実技の授業を多く選択していた。


 テオもまた実技の授業を主に選択することに決めたため、必然的にフィリップとは授業が被ることが多かった。学園で一緒に過ごす時間は自然と増えていたが、その日は偶然にも、テオとまったく授業が被らなかった。


 久しぶりにテオ以外の学友と過ごすフィリップ。テオはテオで、すでに学園生活にすっかり馴染んでおり、フィリップ以外の友人も多くいた。孤立する心配がないと安心すると同時に、どこか落ち着かなさも感じていた。


「…おい!…ィリップ!…なあ!…おいフィリップ!」


 突然ガっと肩を掴まれたフィリップが我に返ると、眼前に大きな柱があった。上の空になっていた彼を、衝突する寸前で友人が引き止めてくれたのだ。


「危ないだろ!なにぼーっとしてんだよ、お前らしくもない」

「ごめん、ちょっと考え事してて」

「悩みでもあるのか?」

「そういう訳じゃあないんだけど…」

「あっ!分かったぞ!魔法決闘大会の開催が近づいてるから緊張してるんだろ?心配かもしれないけど、フィリップなら予選通過出来るんじゃないか?本戦がどうなるかは分からないけどな」


 友人の指摘は、フィリップが今考えていたこととは違っていたが、確かに気にしていないと言えば嘘であった。


 八賢者でもあり、宮廷魔法使いローレンスの主導で、一度は廃れてしまった魔法の技術を本気で競い合う大会が復活する。当日はセレスティア魔法学園の生徒だけではなく、カント・レギウム大魔導院、エルシルヴァ樹学校、黒曜の尖塔と、他の魔法学校から選出された代表も訪れる。より優れた魔法使いを育てている学校がどこなのか、それを測ることにもなる重要な行事であった。


「それにしても決闘ってのはなあ、今更そんな古い儀礼が必要なのかな?」

「流石にそれは僕にも分からないよ。だけど、ローレンス様が意味もなく大会を復活させたとは到底思えない。大会にはきっと何か意義があるはずだ」

「それはまあ、そうだよな」


 フィリップは決闘大会の話題が出たことで、一時的に考えが移った。誰が一番魔法を上手く扱えるのかを競う大会のため、基本的に実技で競い合う形式となる。そもそも魔法の実技を競い合う上では、座学も好成績を修めていなければ話にならない。正しい知識があってこそ、魔法は充分な効力を発揮する。


 実技。それが今一番フィリップの頭に引っかかる言葉だった。セレスティア魔法学園は巨大な学校で生徒数も多く、フィリップも全生徒の実力を直に見た訳ではない。だが今まで受けた授業の中では、テオより優れた魔法の技術を持つものはいなかった。少なくとも、フィリップの目にはそう見えた。


「…テオは大会に出られないのかな?」

「テオ?そりゃ無理だろ。短期留学生って立場なんだから」

「そう、だよね…」

「でも気持ちは分かる。テオって実技だと信じられないくらい優秀だもんな。座学は質問が多いから苦労してるみたいだけど、出ないともったいないって思うよな」


 一度でもテオと実技の授業を共にしたことのある生徒は、彼の非凡さに気がついていた。なので妬みや嫉妬心からテオのことを嫌っている生徒以外は、彼が大会に出場出来ないことは「もったいない」という認識だった。


 しかし、フィリップはまた違う感情を抱いていた。テオが出場できないことに対する安堵と、そんなことを考えてしまう自分の情けなさ。そして、出来ることならばテオも出場して、自分が勝負したいという気持ちがあった。


「おっと、急ごうぜ。授業に遅れる」

「ああ」


 フィリップはこの気持ちを誰にも明かすことはなく、心の奥底に留めておいた。




 テオは選択したい授業がなく、丁度ぽっかりと空き時間が出来てしまった。話せる生徒たちは皆授業へ行ってしまったので、一人ぽつんと自習をしていた。


 そんな彼の元に、一羽のカモメが飛んできた。それが見えた瞬間、待ってましたと全身で言わんばかりにバッと立ち上がると、テオはカモメを迎え入れた。


 カモメはシェルからの手紙だった。テオの腕に降り立つと、元の手紙の形に戻る。彼はうきうきとしながら手紙に目を落とした。


「テオ、元気でいるかしら。あなたがセレスティア魔法学園に短期留学するって手紙で知らされた時は本当に驚いたわ。本当にそんなこと出来るの?ってね。でも、賢者様の力添えがあったなら納得ね。よほどの事情がない限り、どの魔法学校に所属したことのないあなたの留学が認められるのは異例よ。魔法学校ってあなたが考えているよりずっと排他的だから、やっかまれるかもしれない」


 手紙の内容は、テオのことを心配するものから始まっていた。あまり直接的に心配しているとは書かないところが彼女らしいと、友人の気づかいにテオは目を細めた。


「私の方はまだリハビリ中よ。でも相当動けるようになってきた。海に戻れる日は遠いけれど、あなたのお陰で陸にやるべきことが出来たからね、それをしっかりと果たすつもり。そうだ。テオが言っていたタテベさんとヤチヨさんがお見舞いに来てくれたわ。あなたの言う通り、とてもいい人たちね。でもタテベさんは、ヤチヨさんがしなきゃいけないのはお見舞いじゃなくて、自分の病気を治すことだろうってぼやいていた。そうしたらヤチヨさん、お父さんは心配性ねって嬉しそうに笑ってた。そんな二人の姿を見てね、何だか漠然といいなって思ったわ。私のお父さんとお母さんもこんな感じだったのかな?そうだったらいいな」


 相変わらずタテベとヤチヨ夫妻は仲が良さそうだと、テオは安堵した。ヤチヨの病気のことは気がかりだったが、自分が心配するのは烏滸がましいほど、彼女はしっかりと前向きに自らの病気と向き合っていた。きっと心配はない、テオにはそう思えた。


「それと、あなたとシズナ様の喧嘩の件だけど、あなたの気持ち私はよく分かる。根本のところで、自分は憧れの人と並び立ってもいい人間なのかって、きっとそんな迷いがあるんじゃないかしら。でもねテオ、私はブリジット号でお父さんと同じ存在にはなれないし、ルグルさんだって私にそんなことを求めてはいないわ。私は誰の代わりじゃない、私としてルグルさんの隣に居たいの。テオだって、それでいいと思うな。事情が特殊すぎて単純に言えないのは分かるけど、私はシズナ様の側にはテオが必要だと思う。つべこべ言わず、シズナ様のすべてをあなたが受け入れてあげなさい!そうしたいって思ってるんだから、そうすればいいの。それでどんなことがあっても、私は絶対にあなたの味方よ。だから自信を持ちなさい。仲直りはさっさとする!以上!」


 テオは手紙から顔を上げて天を仰いだ。シェルにはかなわない、彼女の言う通りだと、テオは反省した。


 最後にちょこんと小さく書かれた「またね」の文字が、テオの背中を強く押した。シズナとすぐにでも話がしたい。テオは強くそう思った。

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