想定外
学園生活に退屈さを抱いてしまったテオは、ローレンスの助言に従うことに決めた。心のままに、学びたいことを学ぶ。テオは型にはまったお行儀の良さを知りたかったのではない、無限にあるはずの魔法の可能性が見たかったのだ。
そこでテオが考え、積極的に選択した授業が実技であった。これならば、今まで師匠から学んできたことが充分に活かせると思った。そしてそれは現実のものとなった。
同年代はおろか上級生でさえも、実技でテオに敵うものはほぼいなかった。それもそのはずで、彼は始めから実践的な魔法の指導を受けていたからである。それはシズナとアルベール、それぞれの事情と思惑があった。
シズナはテオと出会うまで、魔法を誰かに教えるという行為をしたことがなかった。話すことが出来ない彼女は、単純に教え伝えるということが難しかったからである。教わることはあっても、教えるということがなかった。だから彼女は、自分が教わったことをそのままテオにも教えた。
アルベールのシズナに対する教育方針は、最初から魔法使いと戦える魔女に育てることだった。シズナは非常に特殊な環境に身をおいていて、自衛の手段が必須だった。本当は自分が責任をもって彼女のことを守り通すつもりでいたが、彼女は魔法が使えるようになることに固執した。だから戦闘技術を教えることに主眼をおいた。
シズナが生きていることを不都合に思う人間は、実父のジュリウスだけではない。身内すべてが敵だったと言って過言ではない。彼らから何度も刺客を差し向けられ、それをことごとく返り討ちにする必要があった。シズナが戦闘慣れしている理由は、殺伐とした殺し合いを制し生き残ってきたからである。
アルベールがテオに課した修行も、シズナの時と同じように実戦を想定したものだった。シズナが教えるならともかく、アルベールがテオに対して同じようにする必要性はない。しかし彼は、テオに対しても過酷な実戦訓練を行うことを徹底していた。
一つはシズナに強力な味方を作ることが目的だった。手話を解し、シズナに寄り添うことが出来るテオは稀有で得難い存在だった。手放すには惜しい。
もう一つの理由は、やらせればやらせるだけ、テオがそれに応えたというものだった。初めに厳しく指導を行い、どこかでつまずいた時には指導の手を緩めるつもりだった。厳しいばかりでは意味がないが、厳しくしなければ身につかないこともある。そのことをアルベールは教えようとした。
しかし、テオは持ち前の才能と並外れた根性で、厳しい訓練に食らいつき続けた。シズナのようになりたいという無謀にも思える大きすぎる目標を、彼は本気で実現しようとしたのである。
結果。二人の賢者が想定していた以上に、テオは魔法の実践的な運用に長けた魔法使いに育った。教えてもらう以上に、やってみてから学ぶ。テオにはその理念が染み付いていた。
ローレンスがシズナを伴ってセレスティア魔法学園を訪れた理由は、魔法決闘大会の細かい調整を詰めるためであった。それが終わると、ついでに授業の視察も行った。シズナとしてはそちらが本命で、授業を受けるテオの姿を見て目を輝かせていた。しかしローレンスの方は、そこで目にしたテオの姿に圧倒されていた。
「まさかこれほどとは…」
テオに遠慮せず自分の力を発揮しろと助言したのはローレンスであったが、その通りにしている姿は想像したものとは異なっていた。四大魔法学校のエリートたちを凌駕するマナ操作技術の高さはとても信じられないものだった。
「シズナ殿、これがテオ殿の本当の実力なのかね?」
『いいえ、まだ甘いです。もっと発動速度を早くできるはず。どうしてだろう、調子が悪そうには見えないけど』
まだ甘いとの指摘に驚くローレンスをよそに、シズナはテオをよくよく観察した。
『なるほど分かりました。どうも使っている杖が違うみたいです。確かクウガイ様から連絡があったんですよね?』
「あ、ああ」
『では自分の杖の使用は控えるように言われたのかもしれません。でもそれなら本来の杖はどこに?なんだか心配になってきました。こんなことなら、もっと早く話をするべきだった』
シズナはテオのことを心の底から心配していた。それはローレンスからも見て取れた。しかし、彼は別のことが気になっていた。
テオの実力は圧倒的過ぎた。下手をすると、教えている教師よりも実力は上かもしれない。覚えるべき基礎の過程をすっ飛ばして、ここまで高いマナ操作技術を持てるなんてありえない。そう思った。
「いや違う、ありえなくはないのかも知れない。しかし、これは才能だけでは説明がつかないし、納得が出来ない。確かに私から見ても、テオ殿の素質には光るものがあった。だが、これは…」
ローレンスがそう思案をしていると、トントンと軽く腕を叩かれて我に返った。突然黙り込んだことを心配したシズナが『どうかしましたか?』と聞いた。
「すまない、少し考え事をしてしまった。しかし、テオ殿の実力は想像以上だったよ。やはり師匠がいいのだろうな」
『そんなことありません。すべてテオくんの努力の賜物です』
「そう謙遜することもあるまい。そこで思いついたのだが、君からテオ殿にこんな提案をしてもらえないか?」
シズナはローレンスの提案を聞くと、一瞬目を丸くさせて驚いた。しかし次には自信に満ちた表情でしっかりと頷く。ローレンスは彼女に会話のきっかけを与えると同時に、別の思惑も巡らせていた。
イノセンシア城。そこで国王ギルベルトに猛抗議をするものがいた。アウレリア王国の政治を支える大臣の一人、名はゴツァクと言った。
「陛下!どうかお考え直しください!貴族を撤収させ領土の縮小など、国家を弱体化させるおつもりですか!」
「散々申したであろう。我が命じているのは領土の縮小ではない、主権の返上だ。広げすぎた支配域で貴族や魔法使いが結託して弱者を虐げている事実は、そなたもローレンスから聞き及んだであろう」
「ですがそれは、我々が領民を守っている事実の延長線上にあることで…」
「それは当たり前だ。我が国の領土に住む、我が国の民なのだから守るのは当然のこと。恩恵を求むる気持ちは分からないでもない、がしかし搾取は見過ごせない。守ってやっているのだから何をしてもいいという意識は、徹底的に改革せねばならん」
「しかし陛下、我が国の魔法使いがいなければ、その土地に住むものたちの生活も成り立たないのですぞ。国からの影響力を弱め、ただマナの恩恵を与えるだけでは、領民をつけあがらせ、叛意を増長させることに繋がりかねません」
「くどい!私腹を肥やすため狼藉を働き、領内の民を苦しめていた貴族と魔法使いがいたことは事実だ。その者らの取り締まりを怠れば、それこそ領民の反感を招き、いずれ取り返しのつかない事態となろう。領内から貴族を引き上げさせ、元からその土地に住む者たちの尊厳を取り戻させる。その上でもう一度誠実な協力関係を結ぶのだ。これはもう我が決めたことだ。下がれ」
国王から下がれと命ぜられれば、素直に下がらざるを得ない。まだまだ不満を腹の底に一杯ためながら、ゴツァクはギルベルトの元から立ち去った。
長い廊下を歩きながら、ゴツァクは自分の爪をかじった。そして何度も舌打ちをして、肩を怒らせる。
「まったくあの小僧が、ローレンスなぞに乗せられおって。搾取して何が悪い。我らの力無くしては、あの下賤な庶民の生活は成り立たぬのだぞ。魔法の一つも使えない愚かな王め、だから私の言っていることの意味が理解出来ぬのだ。主権の返上だと?馬鹿馬鹿しくて話にならん」
主権を返上し、貴族を引き上げさせ、領地に正統な税の取り立てを行えば、自らの息がかかった貴族を通じた利益がなくなる。ゴツァクはそれ以上に、特殊な接待も用意させて、個人的にいい思いをしていた。
それがすべてなくなるどころか、不正に調査のメスが入れば、身の破滅に繋がりかねない。証拠を残す素人のような真似はしていないが、完璧に思えてもどこから綻ぶか分かったものではない。ゴツァクの内心は戦々恐々としていた。
魔法使いという圧倒的に強い立場を利用して行っていた悪事の数々に、ゴツァクは何の罪悪感も抱いていない。むしろそれが魔法使いと非魔法使いの正しい関係性であると信じて疑っていないのだ。
「他国に目を向けてみろ、先の戯言を実行している国など皆無ではないか。マナの恩恵を与える代わりに、愚民はすべてを差し出す。それが正しいのだ。今までだってそうしてきたくせに今更何を馬鹿なことを。とにかく王に近しいローレンスが邪魔だ。あやつの閥に調子に乗らせる訳にはいかない。何か上手く失脚させる手立てを考えねば」
そんな時、ゴツァクはふと現在ローレンスが開催に力を注いでいる魔法決闘大会のことを思い出した。そしてそれを査察するために王国を訪れている言無しの魔女のことにも、同時に思い至る。
「…丁度いい、あれを利用するか。上手くいけば…くくっ」
邪悪な笑みを浮かべるゴツァクは、ゆっくりと廊下の影の中に消えていった。薄気味悪い笑い声の残響が、廊下を不気味に装飾していた。




