生まれ持ったものとは
それはシズナがローレンスを手伝っていた時のことだった。最近では決闘大会に向けた調整の中心人物になっていた。シズナの指示を受けてローレンスの部下たちが動くので、大体のことは指示書などの書面で完結した。殆どコミュニケーションを取る必要がないことも彼女の負担が少なく、居心地は悪くなかった。
そうして懸命に仕事をしていると、ローレンスがシズナの肩を叩き声をかけてきた。顔を上げた彼女に、ローレンスは微笑みかける。
「シズナ殿。少しいいかな?」
『はい、何ですか?』
「一緒についてきてもらいたい場所があるのだ。書類仕事の方が一段落したら、私と出かけよう」
『分かりました。でも、どちらへ?』
「セレスティア魔法学園だ」
シズナはその名前を聞いた時に、ドキリと心臓が跳ねた。そこは現在、弟子のテオが短期留学している場所である。そして彼女は弟子と喧嘩中だった。
移動する馬車の客室で、シズナの向かいに座るローレンスが話しかけた。
「気まずいかね?」
一度は顔を上げたシズナだったが、もう一度伏し目がちになって手を動かした。
『気まずいですよ。テオくんとちゃんと話す時間を取るべきだったのに、私は逃げてしまった。テオくんの考えを理解しようともせず、私の気持ちだけ押し付けてしまった。怒って当然のことを私がしてしまったのに、拒絶されたことが悲しくて、またそうなった時のことを考えると怖くて、結局何も出来ないでいる。私は師匠失格です』
シズナは感情の高まりから、いつもより手が早く動いた。何とか彼女の手話を聞き解いたローレンスは、似たもの師弟だとため息をついた。
「私がテオ殿に短期留学を勧めた理由を覚えているかね?」
『テオくんが私に抱いている劣等感を払拭させるため、ですよね?』
「うむ。敢えて悪く言わせてもらうが、君と彼では、圧倒的に身分の差がある。別に今の君が王族と関係していなくとも、望むも望まざるも、君に流れる血がそれを否が応でも証明してしまう。それはなシズナ殿、決して消すことが出来ない事実だ」
その指摘に、シズナは何も反応を示さなかった。とうに分かりきっていたことだったからだ。父親から捨てられた事実があっても、どれだけ国から離れても、生きている限りは逃れられない現実がある。
「その反応を見るに、言われずとも分かっている、と言ったところか。高貴な血というのは時に度し難い理不尽をその者に強いる。それをすべて受け入れろというにはあまりにも残酷だが、仕方のないことでもある。生まれというのは、そういった側面も持つのだ」
シズナが望んだ訳ではない。しかしそれは重要なことではなかった。王の血を分けた子という事実が重要なのである。そこに彼女の意思は介在する余地がない。
ローレンスは落ち込むシズナの様子を見て、一度ぐっと天井を見上げて息を飲むと、もう一度彼女に向き直った。
「…時にこれは、本来ならば誰にも話してはいけないことだ。しかし、今の君に必要な話だとも思う。だから話す。少しばかりだが君と共に過ごし、君の人となりを知った私の信頼と思って聞いて欲しい。君も茶会の席で聞いただろう。我が主君、アウレリア王国の王ギルベルト様は魔法が使えない。より残酷な言い方をするならば、才能がなかった」
アウレリア王国は他の四大国と同じ魔法大国である。古く伝統と格式のある王家を守り続け、今に伝える偉大な歴史を持つ国。使い手の技量に差はあれど、歴代の君主は皆、魔法学を修めた魔法使いだった。長い歴史の中で、現在のカント・レギウムのように国王が賢者に選ばれたこともあった。
当然、ギルベルトもセレスティア魔法学園で魔法を習得し、勉学を通じて知識を深めた。しかし、肝心の魔法使いとしての実力は、他の生徒に遠く及ばないものであった。
「人には皆、マナを観ずる力もそれを操る可能性も秘められている。適切な教育を施せば、誰もが魔法使いになれるというのは間違いではない。だが、誰もがなれるということは、それだけ個人の資質に左右されるということでもある。ギルベルト様はそれを努力で埋めようとなされた。しかし、才能というものは残酷だ。ギルベルト様がどれだけ足掻いても、魔法は手に届かなかった」
『それは、簡単な魔法も使えないということですか?』
「我々からすると大したことのない魔法であっても、使う当人にとってもそうとは限らない。簡単な魔法というものが何を指すものなのか分からないが、つまりはそういうことだ」
シズナの問いに答えたローレンスの言葉には、普段にはない棘がささくれ立っていた。そこまであからさまな態度ではなかったが、彼が一瞬でも怒りを覚えたことはシズナにも伝わってきた。
初歩的な魔法でさえ、ギルベルトは使いこなすことが出来ない。その事実は、ギルベルトを敬愛するローレンスが言葉にすることは出来なかった。言わせてしまいそうになったことを恥じたシズナは、今度は自分から手を動かして話しかけた。
『ギルベルト様は、そのことをどうお考えなのでしょうか?』
「本質的には、王となるのに魔法使いの素質は必須ではない。もっとも重要なのは正当性だ。アウレリア王家を存続させ、この国の偉大な指導者、象徴であり続けることが務めなのだ。高貴なものとして生まれた責任を強く自覚されているギルベルト様は、ご自身が魔法を使えないという批判や不満を、否定せずにすべて受け入れてその座を守ることに決めた。ただし、魔法を使えないという事実と歳の若さもあって、内部に敵も多い。自らの治世を盤石のものとするために、やるべきことはとても多いのだ」
シズナは王家の血を望まなかった。その上理不尽にも父親から捨てられ、今に至る。ギルベルトは国の象徴として果たすべき責任を自覚していた。しかし、望んだ魔法の力は得られなかった。
内環の大国すべては、自然と魔法使いの閥が強くなる。その長たる自分が魔法を上手く扱えないという事実が、どれだけ重い枷となるのかは想像に難くなかった。ローレンスが言うように、生まれというものは時に残酷すぎる理不尽を勝手に押し付けるものだった。
「ギルベルト様は、シズナ殿との茶会の席をとても楽しまれていた。どうしても君と直に話がしたかったのだと、後に私も聞かされた。本来ならば魔法の力を得られるはずのない君が、その力を得た。この事実を知った時、ギルベルト様は心の底から君に嫉妬なされたそうだ。それは自分ではどれだけ望んでも得られなかったものだからだ。しかし、君との対話で自分がいかに小さなことで悩み、恵まれた環境にいたことを思い知ったと私におっしゃられていた。そして君に身勝手な嫉妬心を抱いたことを恥じて悔いておられた。自らの果たすべき責務は、自らの能力の有無に関わらず全力をもって果たすべきなのだと気付かされたと、そうおっしゃられていたよ」
ギルベルトは国王という立場上、そう簡単に心の内を晒すことは出来ない。しかし、立場は大きく違えど彼もシズナやテオと同じ人間であり、他の人と同じような普遍的な悩みや嫉妬も抱える。ただし、それらを自由に発散することは許されない。
シズナと席を同じくした時、ギルベルトは嫌味の一つでも言ってやろうかと考えていた。しかし、彼女の身に起きた出来事や、想像を絶する努力の果てに得た魔法の力について聞き、また、言葉を発することが出来ないという不利を抱えながらも、表情豊かに自己表現をする彼女の姿に心を打たれていた。
『ギルベルト様は、私のことをそのようにおっしゃってくださったのですね』
「ああ。立場も状況もまったく異なるが、ギルベルト様にしか分からぬ、君への共感というものがあったのだろう。大切なことは共感だ。何一つまったく違わぬ同じ考えを持つ人間がいないことは当たり前のこと。だから人は人に寄り添い、理解より先に共感せねばならないと私は思う。そこで最初の話に戻るが、テオ殿はまだ本当の意味でシズナ殿と共感出来ていない。何故か分かるかね?」
『劣等感ではないのですか?』
「確かにそれは理由の一つ。しかしそれだけではないな。彼は自らシズナ殿に対して、気付かぬ内に壁を作っているんだ。君の隣に堂々と胸を張って立ちたいと願っていても、君のことを思うがゆえに、自分ではふさわしくないと考えてしまう。彼の才能を思えばそんなことを気にする必要もないのだが、それはあくまでも外野の意見だからね。この壁は、自ら壊して突破せねばならないだろう」
テオがシズナのことを、自分とは住む世界が違う人間だという意識を強く持っていることに、ローレンスは気がついていた。そしてその壁を打ち破るために必要なものが何かを彼は知っていて、だからテオに学園へ留学することを勧めた。
「シズナ殿。一度君の弟子を一歩引いた目で見てみるといい。恐らくそれで私が言いたいことのすべてが分かるだろう。本当に師匠失格かどうかは、その後で決めても遅くないはずだ」
馬車は二人の賢者を乗せてセレスティア魔法学園へと向かっていく。車窓から学び舎を眺めるシズナは、そこで今まさに魔法を学んでいる最中であろう弟子のことを想っていた。




