変わり始める
テオがクウガイに提案したことは至ってシンプルだった。通信盤を使ってルナリアと面会させる。これだけだった。
しかし、行為そのものはシンプルであっても、ルナリアにとっては非常に大きな意味を持つものである。《《それ》》が起こるのはもはや必然であった。
「キャーッ!!キャーッ!!クウガイ様ーッ!!こっち向いてーッ!!アァーッ!!」
「………」
ルナリアから猛烈な歓声を浴びているクウガイは、非常に憮然とした表情で、そっぽを向いて固まっていた。それを見守るテオは、この状況に困惑したフィリップから耳打ちで質問される。
「なあテオ」
「ん?」
「あれ、大丈夫なのか?めちゃくちゃ怒ってるように見えるけど」
「いやあ、俺も止めたいとは思ってるんだけど。ああなったルナって、俺でも止められる手段あるの?」
フィリップは残念そうに頭を振った。それを見てテオは、後でクウガイからどれだけ怒られるのかを想像して身震いした。
「で?話を聞く気になったか、小娘」
「…はい」
先程の喧騒とは打って変わってルナリアは大人しくなっていた。というのも、直前までクウガイから鬼のように説教を食らっていたからだ。
「俺は手前の仕事に自信と誇りを持っている。今まで作ってきた一本一本の杖は、全部残らず頭ん中にある。どれもこれも魂込めて作ってきたモンだ。そいつに不具合があるってんなら、手前で直すのが杖職人の筋ってモンだ」
「はい」
「だがな、俺はトギノネを離れるつもりもねえ。この場所は俺が自身に課した枷だ。以前、俺の作った杖を所有者を巡って、下らねえ争いが起こったこともある。陳腐な政治のいざこざに巻き込まれたことも、馬鹿が杖の使い方を誤って、大勢の人を殺めたり、無様に死んだことだってあらあ。だから俺は世を捨てた。杖一本のために人の運命が翻弄されるのは実に愚かだからだ。分かるか?」
「はい、すべて存じております」
クウガイが身の上話をするのは初めてのことで、今度はテオがフィリップに耳打ちで質問をした。
「ねえ、本当にそんなことがあったの?」
「僕もそこまで詳しくはないけど、クウガイ様の杖を巡る事件が過去に何度もあったことはルナから聞いたことがある。あそこまで言うってことは多分、公に出来ないようなことも沢山あったんじゃないかな」
トギノネはともかく。世界一の杖職人が住む場所としては、クウガイの家はとても貧相で、生活も質素が過ぎたものであった。生活にとって必要最低限の物も十分にあるとは言えず、いつの間にか野垂れ死にしていてもおかしくない環境であった。
もしかしたらクウガイは、そうなってもいいと思っていたのかも知れないと、今の話を聞いていたテオはそう思った。彼が無口なのは元来の性格もあるが、余計な発言をしないように気をつけているのかもと、テオはクウガイが抱える苦悩の一端を見た気がした。
「ただしこいつは俺だけの理屈だ、テオには関係がねえ。テオの杖は俺が作った。だから俺が最初から最後まで見てやるのが筋ってもんだ。しかし、テオにはテオの事情がある。こっちに来いと簡単には言えねえ。そこで俺はテオから提案を持ちかけられた。自分の知り合いに優秀な杖職人見習いがいるから、そいつの目を通じて杖を見てみるのはどうかってな。それが小娘、お前のことだ」
「はいっ!はいはいはいっ!はいはいっ!!ルナは杖にかける情熱だけは誰にも負けません!!テオテーオちゃんが言ってくれたような優秀な杖職人見習いとはまだまだ口が裂けても言えないけど、いつか誰よりもすごい杖を作れる職人になります!!クウガイ様よりも、もっともっとすごーい職人にです!!」
「ちょっ!?ル、ルナ…」
クウガイよりもすごい杖職人になるという宣言をクウガイ本人にしたルナのことを、フィリップは慌ててたしなめようとした。
しかし、テオはフィリップのことを止めた。クウガイはその程度のことで怒りはしないし、むしろ面白がると分かっていたからだ。
「威勢よく吠えたな小娘。ならお前が今まで作った杖を見せてみろ。見習いならまだ手元に残ってるはずだ」
「はい!嬉しいです~!ルナの杖をクウガイ様に見てもらえるなんて夢みたい~!!」
ルナリアは立ち上がると、ものすごい勢いで走って杖を取りに行った。通信盤上に投影されたクウガイは、取り残されたテオとフィリップの方に向き直った。
「テオ、俺はあの小娘が使い物になるかどうかを見極める。お前さんは授業があるんだろ?さっさとそっちに行け。だが俺の作った杖は使うなよ」
「はい。俺の杖はもうルナに渡してあります。その時に替えの杖も借りました」
「よし。俺が使えると判断したら、お前の提案通りあの小娘を使う。そうならなかったら、お前はトギノネに戻るまで自分の杖は使うな。いいか?」
「分かりました。でも、そうはならないと思いますよ」
「…ふんっ」
クウガイはそれきりそっぽを向いて話すことを止めた。テオは心配そうにするフィリップを連れてその場を立ち去った。
授業の時間になっても、フィリップまだ不安そうにしていた。演習場で実技の授業の説明を聞いている時も上の空だった。テオは肘で軽く小脇を突いてフィリップの気を引いた。
「フィリップ、ぼーっとしてると怒られるかもよ」
「ん、ああ、ごめん。いや、ありがとうテオ」
「ルナが心配?」
「…ルナの杖に関する知識や技術、情熱のことは心配してない。誰にも負けないって信じてる。だけど、あの性格がクウガイ様の失礼にならないかが心配で仕方ないよ」
フィリップは幼馴染の持つ稀有な才能に対して全幅の信頼を寄せていた。しかしルナの本来の実力が、奔放な性格のせいで発揮させてもらえないのではないかと心配していたのだ。
だがテオは、フィリップとは逆でまったく心配していなかった。
「大丈夫。ルナのことはまだ俺もよく分かってないかもしれないけど、クウガイ様のことなら少し分かる。才能がある人はどんなことがあっても見捨てない人だ。きっとルナの良いところを見抜いてくれると思う」
ロックスの顔を思い浮かべて、ちょっと横暴だけど、という言葉は飲み込んだ。借金のことと合わせて考えると、彼にはいいように使われるだけの理由があるのだろうと、テオは自分に言い聞かせた。
「そこッ!!私語は慎みなさいッ!!」
そんな話をしていると、案の定二人は教師から叱られた。特にテオは、ローレンスの特別な図らいで短期留学を認められた事実もあり、特例を嫌うその教師に目をつけられた。
「いいですか。これから行うのは攻撃魔法の実技演習です。攻撃魔法とは文字通り、対象を攻撃するための魔法です。どんな目的であれ、最終的には相手を害するもの。充分、いいえそれ以上に扱いを気をつけねば、逆に自らを傷つけかねないものなのです。こちらへ来なさい」
呼びつけられ立ち上がると、大勢の生徒たちの前で晒し者のように一人注目を集めるテオ。自分のせいでとフィリップは慌てていたが、テオは冷静だった。
「あなたの適性は?」
「火属性です」
「攻撃魔法はどれほど習得していますか?」
「一通りすべて」
「それはとても優秀なようですね。口だけでなければいいのですが。斬伐の閃刃は使えますね?」
「はい」
「よろしい!ではもう一歩前へ進みなさい」
テオの目の前には、演習に使われる的の石像が立ち並んでいた。人や魔物の姿かたちをしたそれらに教師が呪文を唱えて魔法をかけると、手足や首、胴などの特定の部位に、赤い線の印が浮かび上がった。
「斬伐の閃刃はマナで形成した刃によって敵を斬り裂く魔法です。高威力な魔法ですが、それだけにマナ操作を誤ると非常に危険です。この魔法は接近して相手を斬りつけることも出来ますが、今回は斬撃を飛ばすことが目的です。留学生、制限時間は三十秒です。火属性の斬伐の閃刃を飛ばし、印に沿って的を切断してみせなさい」
フィリップはなんて意地が悪いと唇を噛み締めた。火属性の斬伐の閃刃は飛ばすことと相性が悪く、飛距離が短く狙いがつけにくい。しかしその代わりに他属性よりも高威力で、接近した状態では実に有効な攻撃手段となる。
状況に応じて相性が悪い場合は、使う属性の変更や、細かな詠唱の付け足しが必要になる。的は三十体あって、制限時間が三十秒。しかも印付けられた狙う場所が一体一体異なっている。とてもではないが火属性の斬伐の閃刃では、制限時間内にすべての箇所を切断するのは不可能だと、フィリップにはそう思えた。
罰を受けるのなら上の空だった自分だ。そうフィリップは名乗りを上げようとした。しかしテオはすでに杖を構えて準備をしていた。教師の「始めッ」という号令に、フィリップは間に合わなかった。
しかし次の瞬間。間に合わなくてもよかったのだと理解した。
「八属が焦熱。拡散、加速し、飛び断て。斬伐の閃刃」
テオの前面に展開された炎の刃、数は丁度三十あった。それらが一斉に的を目がけて飛び、すべて印の線に沿って直撃した。テオの放った魔法は、つけられた印の線上を寸分違わず正確に斬り裂いていた。
拡散での多重展開と、素早く目標を断つための加速を付与した斬伐の閃刃。どの呪文も基本的なものだが、火属性の斬伐の閃刃とは相性が悪い。だがテオは、それを平然とやってのけた。それを見た周囲の生徒たちは、ただ呆然として言葉を失っていた。
制限時間の三十秒どころか、三秒でことが済んでしまった。テオは杖を仕舞うと「これでいいですか?」と教師に聞いた。文句のつけようがない結果に、教師はただただ頷くしかなかった。




