新しいお友だち
シズナが王城でローレンスやギルベルトと親交を深める中、テオはセレスティア魔法学園で、生まれて初めての授業を体験していた。
が、しかし。授業はテオが想像していたものとは、大分違うものだった。口にするのは絶対に憚られることだったが、自身の胸中を端的に表現するならば「つまらない」という一言であった。
確かに専門の訓練を受けた教師の指導は、丁寧かつ分かりやすい。だがシズナのように特殊で型破りなことは教えてもらえず、アルベールのように実用に即した魔法の運用方法も教えてもらえなかった。
教えてもらえる内容も、すでに二人の賢者からみっちり仕込まれたものばかりで、テオが学べることは精々、他の人たちが魔法使いになるために受ける正式な授業がどういったものなのかという知識だけだった。
「疲れた~」
昼食時、テーブルの上で溶けるように身を投げ出してうつ伏せになるテオ。その様子を同席していたフィリップが見て苦笑いをした。
「魔法学校には通ったことがないんだっけ、なら覚えることが沢山あるから大変だろ?」
「…うん」
テオは嘘をついた。しかし、まるきり嘘という訳でもない。授業の度に教室や用意するものが変わったり、教師への返答方法などの礼儀作法は、初めて知ることばかりで慣れなかった。
「もし分からないことがあったら僕が教えようか?それとも先生に聞きに行く?それなら案内するけど」
「それは大丈夫、かな。何とかついていけてると思う」
返答に困ったテオは、そう言って話を誤魔化した。誠実に対応してくれているフィリップに対して申し訳ない気持ちで一杯であったが、すべて正直に話すことも出来なかった。
「そうだフィリップ、ジェットクラスの知り合いを紹介してもらえるって話は問題なさそう?」
「ああ、うん。ただ…」
「相手が嫌がってるなら、無理やりお願いはしなくていいよ」
「いや違うんだ。なんというか、えっと、ちょっと変わってる奴でさ、多分会ったらびっくりすると思うんだよね。だからどっちかと言うと、心配なのはテオの方なんだ」
変わり者という言葉だけでは、テオはあまりピンとこなかった。しかしフィリップの方はすこぶる心配そうな様子を隠さなかった。
ジェットクラスの生徒たちが生活を送っているのは、他クラスの生徒たちが生活を送る教室棟とは別の場所にある。テオが事前に受けた説明の通り、生徒同士の交流はあるが、やっている授業はまったく異なっていて、知り合いがいるフィリップでさえもその内容を殆ど知らなかった。
外観が白色の建築物が多いアウレリア王国。それはセレスティア魔法学園も例外ではなかった。しかしその棟だけは見た目が真っ黒で、見るからに他とは違うと主張していた。フィリップに連れられて中に入り、とある教室の前で二人は立ち止まった。
「ああ、いたいた。おーいルナ!…おいルナリア!おいっ!おーいっ!!」
フィリップが懸命に声をかけても、女子生徒は気がつく様子がなかった。何やら手を動かし続けて、何かの作業に没頭している。
「ったく。あれは多少強引にいかないと駄目な場合だな。ついてきてくれテオ」
ルナリアと呼ばれた女子生徒は、アメシストのように透き通った薄紫色をしたとても長い髪を三つ編みに束ねている。それは後ろから見ると、まるで何か動物の尾のようにも見えた。手や体が動くのと一緒にゆさゆさと揺れるので、作業に熱中しているのだと、まるでルナリアの気持ちを語らずとも代弁しているかのように動いていた。
「目を覚ませッ!」
フィリップはスコンとルナリアの頭めがけて手刀を落とした。突然の出来事に「あ゙い゙だっ!」と声を上げるルナリアと、多少どころか強引な行動で気を引いたフィリップにテオは驚いた。振り向いた彼女は色白で品のある美しい顔をしていて、よほど痛かったのか、たれ目がちな大きな目に涙がたまっていた。
「なになになに~?なんなの一体?ってプップ君じゃ~ん!どしたの?どしたの?こんなところで」
「どしたの?じゃないよまったく。前もって話しておいただろ、友だちを紹介したいって」
「あれ~そうだっけ~」
「僕はちゃんと了承を取ったぞ。何だったら、ルナから一筆ももらってある。これが証拠だ、見ろ」
懐から一枚の紙を取り出すと、フィリップはそれをルナリアの顔に押し付けた。受け取ってどれどれと文面を眺めた彼女は、うんうんと大仰に頷きながら顔を上げた。
「あはは本当だ~。これマジでルナの字じゃ~ん。おっかしいな~、全然覚えてないや~」
「はぁ、まったくもう。テオ、紹介するよ。彼女はルナリア・ミストリス。僕の幼馴染でジェットクラスの生徒。まだ生徒だけど杖のことに限って言うなら、彼女は教師にも引けを取らない知識と技術を持っているよ。ルナならもしかしたら君の知りたいことを知っているかもしれない」
「初めまして、俺は…」
「んんっ?おお?ん~?」
フィリップからルナリアを紹介されたテオは、自分も自己紹介をしようとした。しかし彼女はテオの自己紹介を無視して、首を左右に傾げながら鼻をくんくんと鳴らして、テオに急接近してきた。
「キミキミキミィ~。なんだかと~ってもいい匂いがするねえ。どこからかな?どこからかな?気になるなあ?気になるなあ?調べていい?いいよね」
「あの、ちょ、ちょっと!」
ルナリアは唐突にテオの服の裾を掴むと、ぐいっとめくりあげて彼の腹の辺りを公衆の面前で露出させた。何もかもが突然のことで体が固まったテオの代わりに、フィリップがもう一度、彼女の頭を目がけて手刀を振り下ろした。
学び舎にあるまじき不適切極まりない行為に、ルナリアは教師から散々叱られた。しかし、叱られている時でさえ彼女の態度はどこ吹く風という感じで、傍目に見ているとまったく通じていないように見えた。
「いや~叱られちゃった~。う~ん何が悪かったんだろ~、個室で二人きりの時にやればよかったのかなあ」
勘弁してほしいと、テオはぶんぶんと激しく頭を振った。フィリップは呆れながら「そういうことじゃないだろ」と言って肩を落とした。
「それでそれで~?ルナに会いたいって言う、い~い匂いの君はだあれ?」
「…ごめんなテオ。僕はこれでも、前もって精一杯説明したんだ」
「いいよフィリップ。それはもう、痛いほど分かった。初めましてルナリアさん、俺はテオ、理由があって今はセレスティア魔法学園に短期留学中なんだ」
「なるほどお、テオテーオちゃんね。うん、ルナ覚えた。よろしくね」
「テ、テオテーオ?それって俺のこと?」
「そうだよ~。ルナは~、お友だちになりたい、仲良くなりたいなって思った子にはあだ名をつけたいんだ~。だからテオテーオちゃん!よろしく~」
話し方に独特な間延びがあり、いかにもマイペースという姿勢を崩さず、我の強さをどこまでも貫き通すルナリアの性格は、確かに変わり者と呼ぶに相応しいものだった。
「それにしてもほんと~に、い~い匂いがするんだよねえテオテーオちゃんは。やっぱり気になるなあ」
「だからって突然引っ付いたり、服を脱がそうとしたら駄目だろ!」
「あはは…、俺は怒ってないからフィリップもそれくらいにしてあげて。えっと…」
「ルナでいいよ~。テオテーオちゃんはプップ君と一緒、ルナの特別~」
初対面でどうしてそこまで気に入られたのかは気になったが、取り敢えずテオはルナリアのペースに乗ることにした。
「じゃ、じゃあルナ。いい匂いってどんな匂い?俺は特に匂いのするようなものは身に着けてないはずだけど」
「ええっとねえ~優しくて甘~いとっても安らぐ木の香りがする~。でもルナが嗅いだことない匂い~」
「へえ、それは珍しいな」
フィリップは意外そうに言った。どういうことかとテオが視線で質問をすると、彼は意図を汲んで頷いてから答えた。
「ルナは木材の香りや手触り、時には舐めた時の味だけで、木の種類や産地を百発百中で当てるんだ。どんなにマイナーなものでも知らないものはないってくらい。そのルナが、木の匂いで嗅いだことがないって断言するってことは本当に珍しいんだよ」
「でも木の匂いって言われても、俺は何も思いつかないよ。木こりをやっていたから、体に染み付いてるのかな。でも一度も指摘されたことないけどなあ」
「多分違うと思う。なあルナ、テオのいい匂いがどこから香るのか気になってたってことは、全身とかじゃなくて、特定の場所からする匂いなんじゃないか?」
「お~!プップ君だいせいか~い!」
幼馴染という理由もあるが、フィリップはルナリアの言葉をよく聞いていて逃さなかった。だからこの発想に思い至り、それでテオもようやく心当たりがあるものを思いつけた。
「もしかして、いい匂いってこれのことかな?」
テオが取り出したのは、ドラン村を旅立つ時に、村の老婆ヒルダからもらった香木のお守りだった。もらってからずっとお守りとして肌身離さず身につけていたので、これが香木であることはすっかり忘れてしまっていた。
「これこれこれ!これだよテオテーオちゃん!うひょあー!!触らせて触らせて触らせて!!」
「う、うん。でも、大切なものだから丁寧に…」
「もちもち!!もちろんだよ!!ルナが木を雑に扱うなんてありえないんだから!!」
テオがフィリップに目配せすると、彼は頷いた。そしてお守りをルナリアに手渡すと、まるでお預けをされていた犬のように、彼女はそれに飛びついて、ぶんぶんと髪が揺れた。
フィリップが紹介を躊躇するほどの性格のルナリアに、テオは驚きっぱなしであった。だが、自身の心が授業よりもわくわくと躍りだしていることを感じていた。それはルナリアの強烈な個性と非凡さに対する期待感の現れであった。




