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言無しの魔女  作者: ま行


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シズナが知らない王の姿

 テオがセレスティア魔法学園で生活を送ることになり、日中のシズナは一人になってしまった。喧嘩をしてしまったこともあって二人の間の会話は極端に少なくなり、関係修復までこれ以上なく時間がかかりそうであった。


 そこでシズナが行動を共にしたのは、同じ八賢者の一人ローレンスであった。今回の査察相手だったが、彼が取り組む魔法決闘大会が与える影響を判断するのには時間がかかる。


 というのも魔法決闘大会は一月以上先のことで、その開催までシズナは国に留まる必要があった。そしてローレンスは開催に向けた準備に忙しくしており、通常の公務も行いながらそちらの仕事も進めなければならなかった。


 ローレンスの補佐をする人は何人居ても足りないほどで、仕事は腐るほどあった。それは決して腐らせてはならないので、休み無く手を動かす必要がある。シズナの協力はローレンスにとって渡りに船であった。


 シズナに割り振られた仕事は主に、魔法決闘大会の準備のことだった。国のことに関わる仕事はシズナに触れさせる訳にはいかなかった。そこに丁度よく、魔法決闘大会の仕事が山程あった。思いがけずこの仕事はシズナに適していて、ローレンスの部下の中に、魔法の知識の豊富さで彼女に敵うものはいなかった。


 ローレンスはシズナを手伝わせることに対して礼などは言わなかった。この行為に一番謝意を抱いているのがシズナであると分かっていたからだ。テオとの関係がギクシャクとしている今、何をするという目標が彼女からは失われていた。お陰で空虚になりかけた日々に張り合いが戻った。


「シズナ殿、こちらに。この競技の勝敗の決め方だが―」

『そちらは競技規則の見直しも含めて再検討を―』


 賢者が二人もいると、魔法に関する仕事の進捗は凄まじく迅速で円滑に進んだ。特にシズナは仕事に没頭していて、時には声をかけられても気が付かないほど集中していた。




 シズナがあまりにも休憩を取らずに仕事をするので、ローレンスは息抜きにと、彼女をお茶会へと誘った。シズナとしてはあまり気は乗らなかったが断る理由もなかったので、お茶会の席につくことにした。


 純白のテーブルクロスの上には、美しく鮮やかな彩りで目を楽しませる上品なティーセットが並べられ。スタンドにはサンドイッチにキッシュ、香ばしい香りのスコーンとそれに添えるジャムにクリーム、みずみずしいフルーツをふんだんにあしらったケーキが乗っていた。


 一目見ただけでご機嫌になる豪華な装いだったが、同席する相手のせいで、シズナは紅茶の香りすら楽しむことが出来なかった。用意されたカップは三つ、お茶会に誘ったローレンス、招かれたシズナ、そしてニコニコと満面の笑みを浮かべるギルベルト王が席についていた。


「相変わらずローレンスは趣味がいいなあ。これ全部私物なんだろ?」

「恐れ入ります。この時間だけは限界まで趣向を凝らすことが、私の唯一の趣味でして」

「軽食に焼き菓子、デザートまで手作りとはこちらこそ恐れ入る。そうは思いませんか?シズナ様」


 急に話を振られたシズナは慌てふためく、手話か筆談か、迷っている姿を見てギルベルトが笑い声を上げた。


「はははっ!そうかしこまらないでください。これは私用。私の数少ない楽しみは、友人とこうしてお茶を楽しむ時間くらいなのです。王であっても人は人。息抜きするならば全力で、これがストレスを溜め込まない秘訣です」


 ギルベルトの雰囲気は、公の場でシズナたちに見せたものとは大分異なっていた。一人称も我から私になり、物腰もずいぶんと柔らかい。公私の分別はきっちりと分けることが、ギルベルトの主義であった。


『本当にこのテーブルのすべてを、ローレンス様がご用意なされたのですか?』


 通訳させるのも悪いと思い、シズナは筆談でギルベルトに話しかけた。それを見て、彼は満足そうに頷いた。


「そうです。すごいでしょう?私は非才の身なので羨ましい限りです」

「何をおっしゃられますかギルベルト様。非才などとおやめください」

「本当のことだから仕方がないだろう。シズナ様、実は私は魔法が使えないのです。教育は受けていて知識だけはあるのですが、どうもそちらの才能には乏しかったみたいで―」

「っ!ギルベルト様!」


 出会って以来、初めてローレンスが慌てた姿を見せた。シズナはギルベルトの話にも驚いたが、ローレンスが慌てて声を荒らげたことにも驚きが隠せなかった。


「うるさいぞローレンス。もういい。元よりこの席は、私がシズナ様と対話するために設けさせたもの。準備には感謝するが、これ以上口を挟むのなら下がっていろ。話したいことは私が決める」

「…出過ぎた真似をお許しください」

「ああ、許す。しかし席は外せ、いいな?」

「はっ!」


 返事をすると、ローレンスは本当に席を立って、少し離れた場所から見守ることに徹してしまった。何が何だか分からないと困惑するシズナに、ギルベルトはお茶を勧めた。




 息抜きのはずだったお茶会が、いつの間にかアウレリア王国国王ギルベルトとの会談の席に変わっていた。最初は緊張して何を口にしても味がしなかったシズナだったが、意外にも二人は、それからほどなくして打ち解けていた。


「…なるほど。シズナ様はそういった経緯で旅をなさっていたのですか」

『はい。様々な場所や国々を自分の足で歩いて渡り、自分の目で見てきました。理不尽に虐げられた人たちに、勝手ながらも寄り添える人になりたかったんです』


 シズナはギルベルトに対しては、自らの過去について打ち明けることに何のためらいがなかった。それによってカント・レギウム内部の事情がどれだけアウレリア王国側へ漏れ出ようとも、まったく心が痛まないからである。


 それどころか、このことが少しでもジュリウスにとって不利益になれば、これほど痛快なことはないと思うほどであった。それだけ両者の溝は深く、底がない。


「それにしても各地での魔法使いの狼藉の話は耳が痛い。私たちにも責任がある話ですから」

『失礼は承知の上ですが、正直にその通りだと思います。しかし、これはどこか一つの国の問題ではなく、内環諸国全体が抱える問題であると、私はそう考えています』

「そうですね。我々内環の人間は、マナという万能なエネルギーを安定的に得られて活用が出来る。そのせいで、自分たちでも無自覚に格差を広げてしまった。意識や立場、魔法使いと非魔法使い、大国と小国、課題は山積みです」


 こうしたシズナが抱えていた問題意識を、四大国の国王が真摯に耳を傾けてくれることは、とても喜ばしいことであった。父親相手には一つも期待することが出来ないからだ。


「しかし、シズナ様のお話にあったジュリウス王の動向は私も気になりますね。どうして一度は手放したシズナ様を、もう一度手元に戻そうとしているのか。カント・レギウムの後継者は盤石のはずです」

『やはりそういった事情は把握していらっしゃるのですね』

「勿論。各国の内情を出来るだけ正確に把握することは基本的なことです。だけど失礼ながら私たちが掴んでいた情報だと、シズナ様のことはカント・レギウム国内で情報が秘匿されているというよりも、重要視されていないように見受けられました。こうして直接に話をお聞き出来なかったら、今もその評価は変わっていなかったことでしょう」


 ギルベルトはシズナに対して、胸襟を開いて踏み込んだ話もしていた。だからこそ彼女の信頼を勝ち得ていた。失礼な物言いをしたとギルベルトは謝罪したが、シズナは頭を振った。


『私も同じ考えでした。望まない再会の時にも、あの人は私のことを欠陥品と呼んでいた。私も今更あの人に何を期待されているのか、さっぱり分からないのです。それに、あの人が自分の思惑に私が手を貸すと思っている理由も不明です』

「確かにそうですね。話を聞いただけの印象ですが、ジュリウス王はシズナ様が自らの元に戻って然るべきだと考えているように思えました。…少し探りを入れてみましょうか。何か分かったことがあれば、またこうしてお話をしましょう」

『よろしいのですか?』

「当然です。カント・レギウムの国内情報は実に固い守りで、崩せるきっかけすらつかみにくいのです。そのきっかけを与えてくださっただけでも僥倖でした。恩義に報いるは王の務めです」


 シズナはずいぶんと親身になってくれるギルベルトに強く感謝の念を抱いたが、同時にどうしてそこまでという懸念も抱いた。そのことを率直に問うと、ギルベルトはやはり率直に答えた。


「私はこの国の王ですから、国益にかなう働きをすることが義務です。でも王になりたかったかと問われると、素直にそうだとは言い切れない。これは内緒ですよ?本当は私、シズナ様と同じようにこの身一つで、広い世界を見て回ってみたかった。王族というしがらみを無視して自由にね。だから似たようなことをしていると聞いたシズナ様に興味がありました。そして想像していた通り、とても素敵な方だと話していて分かりました。私の優先するべきことは国益ですが、個人的にお礼がしたいと思ったのです。今日は有意義で楽しい時間をありがとうございました。よろしければシズナ様、我が国に滞在中はここのことを故郷だと思ってお過ごしください」


 ギルベルトはそれからすぐに、私用から公務へと戻っていった。まとう雰囲気が即座に謁見の時のようなものに変わったのを見て、シズナは本物の王族の姿を彼に見た気がした。


 テオとのわだかまりが解けない以上、シズナはこの国に出来ることを精一杯やろうと心に決めた。それがギルベルトへの恩返しにもなると思った。

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