友好を深める
セレスティア魔法学園に短期留学することになったテオ。学園の案内人はテオが一時的に所属するクラスの生徒、フィリップ・サージュリングが務めることになった。
「改めてよろしく。僕のことはフィリップって呼んでくれ」
「じゃあフィリップも、俺のことはテオって呼んでよ」
「分かった。じゃあテオ、どこから案内しようかな」
フィリップは物腰が実に落ち着いていて品のある人柄で、それでいて気さくで親しみやすさも兼ね備えた好人物であった。そして人を魅了する甘い顔の美男子。人気者にならない理由がなかった。
「この学園は入学と同時に、生徒たちは四つのクラスに分けられることになっていてね、卒業するまでずっと同じクラスに所属することになるんだ。それぞれルベウス、サフィラス、ベリルス、アウルムという名前で、僕たちのクラスはアウルムだよ。見分け方はネクタイピンについている魔石の色で、赤、青、緑、黃で分かれてる。結構単純だろ?」
「これってそういう意味があったのか」
テオはそう言われてみてネクタイとネクタイピンに触れてみた。どちらもテオにとっては馴染みのないもので、身につけていてどうにも違和感を感じていた。しかし、その意味を知ると不可欠なものだと理解出来て、違和感も途端に払拭されて体に馴染んだ気がした。
「…テオは確か、ドラン村の出身って言ってたよね?それってどこにあるの?」
「うん?えっとそうだな、大分山奥の方にあるよ」
「そういうことじゃあなくって、地図で言うとって話」
「ああ、なるほど。確かオルラン領の隅の方で、もっと広く言うならカント・レギウムの領地?だって教えてもらったっけ。ごめん、細かいことは俺もよく知らないんだ」
「オルラン領…。そっか思い出した!魔蓄樹が発見された村だったね。うんうん、ずっと名前を聞いたことがあったような気がしてたけど、これでようやくスッキリしたよ」
「フィリップは魔蓄樹のことを知ってるんだ。俺は元々その村で、魔蓄樹の伐採や管理をしていた木こりだったんだ」
「へ!?テオって、も、元は木こりだったの?…何だか案内しているどころじゃない気がしてきたな。ちょっと詳しく話を聞かせてもらってもいい?」
フィリップは学園の中庭にテオを連れてくると、ベンチに腰掛けて色々と質問をし始めた。そのすべてにテオが答えていくほど、信じられないという表情を見せるようになった。
テオが話すことの中で、フィリップが特に聞きたがったのは村での暮らしのことであった。そこでの生活の様子や、住んでいる人々の仕事、魔物被害の対策に、魔法使いとの関わり合い方など、実に興味深げに何度も質問を重ねた。
「そうか、聞かされたことは本当の話だったんだな…。色々と聞いてしまってすまない。気を悪くさせてしまわなかったかな?」
「いや、全然。むしろこんな話聞いてて楽しかった?」
「うん。でもそれ以上にとても興味深かった。村人の殆どが家名を持たないとか、僕やテオと同じ歳頃の子は皆働いているとか、僕には知らないことばかりだったから」
テオにとって当たり前のことが、フィリップにとっては珍しいことで、その逆もまた然りであった。二人の会話が弾むのは自然の流れだったが、もう一つ大きな理由もあった。
「しかし話に聞く限りだったが、地方に派遣された魔法使いが非道な行いをしているのはやはり真実か。ドラン村の利益を不当に隠匿していたことだって、許されることじゃない」
表情に怒りの色を見せるフィリップに、テオは少々困惑して首を傾げた。
「フィリップはそのことが気に入らないの?」
「まったくもって気に入らないね。魔法使いという立場を笠に着て、私腹を肥やそうとする奴なんて魔法使いと呼びたくもない。僕たちが魔法を学んでいるのは、人々の役に立つためなのに」
フィリップのその言葉は、テオにはとても意外なものだった。魔法学校出身の魔法使いがどんなことを志して魔法を学んでいるのか、今まで未知のものであったからだ。だから散々自分が投げかけられたこの質問も、自然と口をついて出てきた。
「フィリップはどんな魔法使いになりたいの?」
それは自分が旅に出る前に問われたことで、旅の途中に出会ったランスから去り際にも問われたこと、杖を作る際にクウガイからも問われた。そしてテオが常に、自分自身に問い続けていることでもあった。
「僕は将来学園を卒業したら、魔導監察庁に所属したいと思っているよ」
「うぇっ!?」
「どうかした?」
「あ、いや。ええっと…」
魔導監察庁の名を聞いて、テオはいいイメージを持つことが出来ない。一度自分たちが襲われたこともあり、自分は人質に利用され、師匠のシズナはその内の一人から命を狙われた。
しかし、その事実はフィリップの進路とは何ら関係がない。そもそも彼がそこでどんな仕事をしたいのかをテオは聞いていない。無用な発言でイメージを悪化させることだけは避けるべきだと言葉を濁した。
「ごめん、ちょっと色々あって。気にしないでもらえる?」
「そう?なら分かった。それで続きになるけど、僕は魔導監察庁で、魔法使いの不正を取り締まる役職に就きたいと思ってるんだ。そのためには時として、同じ魔法使いと戦う知識が必要になる。楽な道じゃない」
「魔法の力で対抗してくるから、だよね?」
「そう。大人しく罪を認めてくれる人だったらいいけど、悪いことしてるって意識が少しでもあれば、まあ殆どの場合で抵抗してくるはずだ」
フィリップの受け答えに異論はなかった。だがテオは同時に矛盾も感じていた。それはテオが今までずっと心の奥底で抱えていたものでもあった。
「そういう人たちがいるのは知ってる。不正を働く魔法使いも、それを取り締まる魔法使いがいるのも。魔法って本来は人のためにあるはずなのに、どうして人は人のためにあり続けることができないんだろう…」
テオが吐露した心情に、フィリップは答えることが出来なかった。善悪で単純に分けて考えられることでもなくて、その是非について論ずるには二人はまだ幼い。しかし、この無言は決して思考停止ではなく、理不尽を子どもなりに自覚しているからこそのものであった。
会話が途切れたことをきっかけに、フィリップは学園案内を再開した。テオも一度頭を切り替えて、学園生活で覚えておくべきことをしっかりと聞いて覚えていった。
「一通り教えたつもりだけど、分からないことがあったら都度聞いてくれよ。案内を任されたってだけじゃなくて、折角こうして知り合えたんだから、友だちになりたいからさ」
「友だち…うん、ありがとうフィリップ。俺も友だちになりたい。嬉しいな、この旅で友だちがどんどん増えていくよ」
「僕だけじゃなくて他にも生徒は沢山いるし、テオならもっと友だちが増えるはずだよ。僕もそうだったけど、皆もテオに興味津々のはずだ」
「そうだったらいいな。そうなれば、マールリアにいる友だちに自慢が出来る」
シェルへの手紙に書ける内容が増えることを喜んだテオは、それをきっかけにマールリアでの出来事が次々と脳裏に浮かんできた。そしてその中に、セレスティア魔法学園に来た重要な目的の一つがあったことを思い出した。
「そうだフィリップ、この学園って杖職人の教育過程があるって聞いたんだけど」
「うん、あるよ」
「それって俺でも授業を受けられる?」
「杖職人の?それは無理だよ。だって…」
セレスティア魔法学園は確かに生徒が自由に学びを選択することが出来る。しかし、例外もあった。それが杖職人を育成する特別クラスである。そのクラスの名をジェットと言った。
「ジェットは他四クラスとは独立したクラスで、学ぶ内容が僕らの教育過程とはまったく異なるんだ。生徒間での交流はあるんだけど、授業が一緒になることはないんだよ」
「そうなのかあ…。授業に出られたら、この杖のことを何か聞けるかと思ったのに」
「その杖、どこか調子悪いの?全然そんな感じには見えないけど。むしろすごくいい杖に見えるよ」
テオが取り出した杖をフィリップはしげしげと眺めた。実際、テオ自身杖に不調があるとは考えていない。魔法は問題なく使えるどころか、杖は以前より体に、手に馴染んできたことを実感していて、使う魔法の精度も高まっていた。
「調子は悪くないんだ。ただ少し気になることがあって、話が聞けないかなって思ったんだけど…」
「そっか。…うーん、役に立つかどうか分からないけど、僕の知り合いがジェットに所属してるから紹介しようか?」
「本当!?ぜひ!!」
「と、取り敢えず、今日は案内だけだから、紹介は明日だけどね」
ずいっと顔を寄せてきたテオにたじろぐフィリップにたしなめられ、学園生活初日は終わった。些細な会話をきっかけに初日からフィリップと仲を深められ、テオの学園生活は上々の滑り出しとなった。




