5 姉の決意
結局、夏休みに二人の関係が進むことはなかった。
改めて考えると、付き合いだして一ヵ月半なら、手をつないだデートくらいが普通なんだと思える。
自分が性急すぎたんだと考え直した。
たぶん、自分が初めてじゃないからいろいろハードルが下がっているんだと思えた。
初めてだったら求められても不安ですすめないときもあるよなと思った。
そして自分は欲求不満じゃないと言い聞かせた。
九月になり二学期が始まれば文化祭一色になる。
三年生は自由参加だ。
サトルのクラスは黒板アートだそうだ。手間いらずなんだって。
文化祭の当日、サトルが当番だ言う時間にひとりで覗きに行った。
教室に入るとサトルを含めた男女二組が楽しそうにしていた。
私を見つけたサトルは来てくれたんだと言って、ほかの三人に自分の姉だと紹介した。
その後は教室をぐるっと一回りして、サトルに声をかけて教室から立ち去った。
今自分が苛立っていることを実感している。
男子がサトルだけじゃなかったけど、それでもサトルが女の子と楽しそうに話をしているところは初めて見た。
嫉妬だってわかってる。
でも、わざわざ当番のところに来るってことは好意があるって透けて見える。私のように。
そして姉だって紹介されたのも原因の一つだとわかっている。
本当は彼女なのに彼女だって言ってもらえないことが嫌だった。
そして自分はなんて強欲なんだろうとも思った。
やっぱり気になっていたからその夜に、打ち上げから帰ってきたサトルに直接に聞いてみたら、ただのクラスメイトだと言われた。
絶対にそんなことはないはず。
こんな優良物件が放っておかれる訳がない。
ん?もしかして……「サトルって今まで告白されたことある?」って尋ねてみた。
ちょっと嫌そうな顔をしたなと思ったら「ひとりくらいかな?」と歯切れの悪い返事をした。
かな?はい。ダウト!
だから「ほんと?」って聞き返したら、「いつから」とさらに聞き返された。
いつからって、そんな前から告白されてるの?「じゃぁ、中学から」と聞き直すと「四人だと思う」と言う返事が帰ってきた。
絶句した。
私より先にこの優良物件に気が付いた女が四人もいたんだという事実に。
もしかしたらほかにもまだいるのかもしれない。いや絶対にいるはず。
怒りが湧いてきた。
もう寝ると伝えて、自分の部屋に引きこもった。
追いかけてきてドアをノックされたが返事もしなかった。
一晩中悔しい思いをした。
月曜日は文化祭の後片付けだけで、学校は午前中で終わった。
だから家には姉弟がそろっているが、それぞれの部屋で過ごしていた。
ドアがノックされた。相手はサトルしかいない。
一晩たって怒りも落ち着いていたので部屋に招き入れた。
サトルは部屋に入るや否や「ごめん」って言ってきた。
それを聞いて毒気が抜けた。サトルが謝ることじゃないのにって。
でも謝罪の言葉には続きがあった。
「嫌いにならないで」
悲しそうな顔をしていた。
嫌いになるなんてことはない。大好きだ。
でも私が怒り狂っていた間、サトルは不安だったんだってわかった。
だから「こっちこそごめん。私の方こそ嫌いにならで」と口にする。
すると「姉ちゃんのことを嫌いなるなんてことはないよ。絶対に」と言われた。
さらに「俺、姉ちゃんに嫌われたと思って、もうどうしていいかわかんなかったよ」とも言われた。
勝手に怒っていた私のことをまだ好きでいてくれるんだとわかると、心に刺さったとげが取れて楽になり、素直に胸の内を明かした。
サトルが女の子と仲良くしているところを見て嫉妬した。そしてモテていることに我慢がならなかったと。
話を聞き終えたサトルは、「そんなことでよかった」と言ったので、そんなことじゃすまない話だって言い返したら、
「俺が好きなのは姉ちゃんだけだよ。今まで告白されたけど全部好きな人がいるからって、ちゃんと断ってきたよ」
と言われた。
サトルは卑怯だと思った。そんなこと言われたら、もう何も言えなくなる。
それでも「じゃぁ証明して」と伝えて、目を閉じて顎を少し持ち上げて待つ。
そして二人の関係が一歩進んだ。
結局は雨降って地固まるって感じでお互いの絆を確かめあった。
一度キスをしてしまえば、もう止まれない。
毎晩するようになった。キスを。
それも私からねだってだ。
変な話だけど、キスをするようになって恋をしてるって実感した。
キスをする前も恋をしてる、付き合っているって思えていたけど、なんてか質が違う気がする。
浮かれすぎているのかもしれない。受験生なのに。
それでもやっぱりサトルの周りが気になる。
彼女だっていい張れないところが後ろめたい。
もしかしたら独占欲からキスをねだっているのかもと自己分析してみた。
私って、案外重い女なんだなと思った。
二学期の中間テストの時に最近帰りがちょっと早くなっていることに気が付いたから、一学期の夕方はどこにいたのか聞いてみた。あのころは家にいづらくて部活が終わったら学校の近くのフードコートで時間を潰していたらしい。
その話を聞いてあのころはちゃんと受けとめてあげられなくて辛い思いをさせてしまったんだなと後悔した。
十一月。二学期の期末テストの前にサトルの誕生日を迎えた。
恒例の誕生日って感じで、プレゼントもあげなかった。
でも夜寝る前には、おめでとうってキスをした。
期末テストが終われば、もう受験だ。
しかしその前にクリスマスがある。恋人の一大イベントだ。
でもさすがにサトルもわかっていて、今年は受験に専念して来年はデートしようって言ってくれた。
その気遣いがうれしかった。
うれしかったが、イブにはサッカー部でクリスマスパーティをするんだそうだ。
本当は参加してほしくなかった。どんなハプニング起きるかわからないから。それも私がいないところで。
夜になって帰ってきても、女子がいたのか気になっていたが聞くに聞けなかった。
そしてクリスマス当日の午後、弟の部屋にいる。
もう我慢ができなくなっていた。
弟がほかの女に取られてしまうんじゃないかと不安で怖くなっていた。
もし私たちの間にほかの女が入ってきたら必ず取られてしまう。
今は私を好きでいてくれるが、他人には知られてはいけない関係だ。
もしほかの女と付き合うようになったら、普通の恋が楽しめるだろう。
今は私と一緒にいるのことがうれしいと言うが、無理をしていることもあると思う。
もしほかの女と一緒にいることが楽しいと思うようになったら、絶対に勝てない。
今はまだ私のそばにいる。今なら……今しかないんだ。
私は弟をひとり占めしたいと思ってしまった。
だから恋人っぽいことがしたいとねだってしまった。小さい箱を渡しながら。
箱を受け取ったサトルが中身を確認すると、私を見た。
箱の中身は避妊具で、私の覚悟が伝わったんだと思った。
そしていつも弟が寝ているベッドの上に身体を横たえた。
目を閉じて待っていると「いいの?」と聞いてきたので「いいよ」答える。
心をときめかせていたら弟が思いがけない言葉を発した。
「こんなことをしなくてもいいよ」
断られた。
閉じていた目を開けて弟を見る。いつも通りだった。いつも通りだったから、余計に怖くなった。
すぐにベッドから起きだして床に座っている弟の左横にしがみついた。
弟は「今は大事な時だから試験が終わってからでもいいよ」と続けた。
いつもと同じで優しい気づかい……でも今はそんなにうれしくない。
もう今しかないんだ。
弟にしがみつて顔が隠れたままで「今日がいいの」と伝えた。
弟はクリスマスだから?と聞いてきたが答えられられなかった。確かに大きなイベントに重なったけどそうじゃない。
私の態度で何かを察したのか、何かあったか問われたけど、それにも答えられなかった。
ほかの女に嫉妬して身体を使って縛り付けようとしていることなんて口にはできなかった。
黙っていると私が抱き着いていた弟の左腕が解かれ、改めて抱きしめられた。そして「どうしたの」尋ねられた。
抱きしめられているせいか少し心が軽くなっていて、「愛してほしいの」と言葉を選んだ。
すると「わかったと」と聞こえたので、顔を上げると唇が重なり合った。
私はうれしくなって弟に抱き着き直してキスを続けた。
そしてひとつになった。
すべて終えた後、二人並んで弟のベッドの中にいる。いつもとは違って私の左側にいる弟と手をつないで。
私はこれからの弟とのことを考えていたら感謝の言葉があった。そして弟の独白が始まった。
「今こうして姉ちゃんと一緒にいられてすごく幸せだ。
昔姉ちゃんを好きなって悪いことだ、ダメなことだって思って何度も諦めようとした。でもやっぱり諦められなかった。
だから俺の想いは姉ちゃんにも誰にも話さず一生姉ちゃんを思ったまま生きていこうって思ってた。
それで半年前に姉ちゃんに告白して、振られたときは、もうダメだと思った。
もうどうしていいかわからなくなった。
死んだ方が楽なのかとも思った。
それから、ひとり暮らしをしようと考え始めた。
高校はどうにもならないけど、大学は奨学金借りてどこか遠くに行って、そして一生ひとりで生きていこうと思った。
でも今こうやって姉ちゃんと一緒いられる。
半年前の自分に伝えたいよ。
もうちょっとがんばったら幸せになれるって。
ずっと好きだった姉ちゃんと恋人になれるって。
あのころは本当に辛かったから。
俺の初恋は姉ちゃんだしデートもキスも初めては姉ちゃんだった。
そして今も初めてエッチしたのも姉ちゃんだった。
今まで絶対にかなわないだろうって思ってた夢が全部かなったよ。
だから今すごく幸せなんだよ。
姉ちゃんありがとう」
感極まっていたのだろう、ところどころ涙声だった。
その話を聞き終えてから「こっちこそありがとう、私も幸せだよ」と口にしたものの心中は穏やかじゃなかった。
小さいころの葛藤は聞いていた。
当然告白も覚えている。
でもその後そんなに苦しんでいるとは思わなかった。まさか弟の口から死の言葉を聞くとは想像も及ばなかった。
そして本当に離れ離れになってしまう道もあったんだと思うと恐ろしくなった。
今はこうして一緒にいるが、あの時はどうして受け入れてあげなかったんだろうと後悔した。
さらには弟が口にした夢にも心が抉られた。
以前にも付き合うことが夢だったと伝えられたことは覚えている。
でもそれだけではなかった。弟は自分の初めてがすべて私で、そのことがとてもうれしかったと言う。
初めてに特別感があるのはわかる。わかるからこそ、弟の言葉を聞いた今、後悔の念が、怒りの念が湧き上がる。
どうしてあんな男たちと付き合ってしまったんだろう。どうして弟の気持ちに気が付かなかったんだろう。
もっと早く弟の気持ちを知っていたら、お互いの初めては共有しあえてもっと幸せになれたはずなのにと思った。
きっと今の私は怖い顔をしてるんだろうなと思いながら、寝息を立て始めた弟の顔を眺める。
そして、絶対に弟を不幸にしない、二人で幸せになると、心の中で誓った。
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