4 初めてのデート
正直なんだかんだ言ってサトルも男だから、付き合いだしたら迫ってくるかと考えていた。
でもサトルは潔癖だった。本当に何もしてこなかった。
これで私から迫ったら、それこそ安っぽい女に認定されてしまう。
それとも私に魅力がないのか?でもしたいって言ってたし。わからん。
でも前よりは話すようになった。それも目を見て。
サトルが目の前で笑ってくれるだけで私もうれしくなる。うれしいけれどもの足らない。
これじゃ家族のまんま。カレカノじゃない。
サトルじゃないけど、そうじゃないんだよと叫びたくなる。
もっとこう、ときめきが欲しくなる。せっかく夏休みになったんだし。
でも、そう言う私も受験勉強が忙しくなってきた。
そしてサトルは夏休みでも部活がある。その上図書館通いも続けている。
ちょっと不満が溜まってきたので、サトルで発散することにした。
「せっかくの夏休みなんだけど、したいことないの?」
「姉ちゃんも勉強で忙しいだろ?」
「ちょっとくらいなら遊んでも大丈夫だよ。サトルだって遊びたくない?」
「遊びたいか遊びたくないかと言われるとやっぱり遊びたいよ」
「ならどっか遊びに行く?」
「でも勉強とかもあるし」
「まじめかよ」
「まじめって言われたらそうかもしれないけど、もっとがんばらなきゃって」
「今でも成績がいいのに?」
「うん。姉ちゃんにかっこ悪いところを見せたくいないんだ」
そんなことを言われるとキュンとしちゃう。
確かに胸がときめいた。
それでもサトルとの付き合いに変化はなかったけど、私自身は少し変わった。
それは将来を考えるようになった。
前は漠然と大学に行って就職して、お金が入ったらどこかに旅行とかしてみたい、くらいの考えだったけど。
でも今は、大学に行ったら花嫁修業だ。卒業後は共働きかな?もしかしたら同棲なんかしたりしてと。結局はどちらもお気楽な考えなのだが、サトルと一緒だというところだけが違っていた。
八月になって、これじゃマズいと思った。
恋人を通り超えて夫婦のような関係になっている。
確かにサトルの望んだ関係かもしれない。私もそうなれたらいいなとも思った。
でも途中がないのだ。
付き合いだして、はい、夫婦。恋人だった期間がないのだ。
確かに毎日の会話が増えた。この動画がすごいとか、あの投稿の炎上は酷いとか。それはそれで楽しいのだけどちょっと違う。
だからお昼の時にデートの話を振ってみる。
「サトルはデートとかしたいって思わない?」
「行きたいって思うよ」
「えっ?」
「何?」
「いや、だってそんなそぶりなかったじゃん」
「だって二人でデートしてるのがバレたらマズいじゃん。だから家の中だけでもよかったんだ」
そんな考えだったんだ。でもデートはしたいとは思っていたんだ。だったら、
「ほかにはしたいことはないの?」と聞くと、
「手をつなぎたい。手をつないでデートをするのが夢だった」と言ってきた。
そんなことでいいんだ。そんなことが夢だったんだと思った。
そして子供っぽいな、夢見がちなのかとも思った。
「だったら今つないでみる?」
「いいの!」
うれしそうな返事だったから、私までうれしくなる。
いつもの定位置で私の右隣に座っているサトルの前に、右手掌を上に向けてテーブルに置いた。
サトルは両手を自分のお腹で拭いてから左手だけを私の右手に添えてきた。
そして初めての感想が「冷たいね」だった。
「いや?」
「ううん、そうじゃない。なんとなくもっと温かいもんだと思ってた」
「想像と違ってた?」
「うん」
そして、「握ってもいい?」と聞いてきた。かわいいと思った。
「いいよ」と伝えると、私の指と指の間に自分の指を割り込ませようとしてきた。そうしたいんだと思って、右手の指を少し開いたら、サトルの指がすっと入ってきて握られた。だから私も握り返した。
それまで手を見ていたサトルが私の目を見て「夢がかなった」と言った。
胸が締め付けられた。
子供っぽいと思っていた。ただ指を絡めて握っただけだった。こんなの大したことでもないのにと思った。それでも夢がかなったとまで言われた。
今までも切ない想いを告げられて、私のことが好きなんだってことはわかっていた。わかっていたけど今の言葉で改めて実感した。サトルは本当に私のことが好きなんだって。
本当に愛しい。
そんなことを考えていると、サトルが手を動かし始めた。
テーブルの上で水平に握られていた手が、小指球を下にして立てられた。そしてサトルの拇指が動きだした。
そして「ネイルって凸凹しているんだね」とつぶやいた。
「知らなかった?」
「うん」
「そういうのもあって、作るの結構難しんだよ」
「そうなんだ」
「うん」
「だったらしなくてもいいんじゃない?」
やっぱりサトルも男だ。男ってなんでわからないんだろうって思っていると、
「姉ちゃんの指はスッとしてるから、変な色が付いてない方がいいと思うけど」と告げられた。
ドキっとした。ヤバイと思った。
変な色と言われたのはアレだったけど、手を褒められたのは素直にうれしかった。
そして「そう?」と返事をすると、
「うん。いつも姉ちゃんの手を見てつなぎたいって思ってた」
「へー、いつも見てたんだ?」ちょっとからかってみた。
「えっ、ご飯の時とか……」
「手が好きなの?」フェチ?と考えていたら、
「きれいだったから」
キュン死するかと思った。からかうつもりがしてやられた。
「もう中学のころから姉ちゃんの手はきれいだなって思ってた」
そんな前から……
「ごめんね、全然気が付かなかった」
「もういいんだって。好きだった姉ちゃんと手がつなげたから。夢がかなったから」
こんなやつだった?もう、うちの弟がやばいんですけど。
それからしばらく、私の手や指、そして心がもてあそばれ続けた。
受験生の夏休みは勉強ばかりでイベントがないかと言われたら、それなりにある。
友達から誘われて買いものやイベントに付きあったりもした。
でも漫画みたいな水着イベントは発生しなかったけど。
そして出かけるたびにサトルと来たかったなと思ってしまう。
だからチャンスは逃さない。
受験生にはオープンキャンパスがある。と言うこはおしゃれが必要で、必然とお買いものデートへと帰結する。見事な三段論法だ。
だから買いものへ誘ってみたら、予想通りに喜ばれた。
そして私だってあんたの喜ぶことくらいはわかってるんだからと思いつつ、私もうれしくなる。
午後一番に出かけることにした。それも二人そろって。
待ち合わせってシチュエーションも考えたけど、今更だって思った。
服装もほとんど普段着。
お尻まである淡い黄色の五分袖のチュニックと下は九分丈の細めの白いパンツ。そしてスニーカーを考えている。色気はほとんどないと思う。
普段通りだから嫌がらないだろうけど、がっかりされるのがちょっと心配だった。
身支度を終えてリビングに降りていくと、これまた普段着のロゴの入ったTシャツとデニムのパンツの弟が待っていた。
「お待たせ。じゃ行こっか」と促すと、弟は軽そうなリュックを背負った。
「なに持ってくの?」
「なんでもないよ」とリュックを揺さぶって軽さをアピールする。
よくはわからないけど、そうなんだとつぶやいて出かける。
外に出ると死にそうなほど暑い。
午前中にすればよかったねと話しながら駅に向かう。
そして歩きながら気なっていたこと聞いてみた。
「スカートじゃなくて残念だった?」
「えっ、そんなことないよ。姉ちゃんぽくていいよ」
私らしいって何?地味ってことって考えてると、
「ズボン姿でスラッとしてていいよ。それに二人そろっても変じゃないし」と言う。
はいそこ。今日のコーディネイトは弟に合わせてみましたってのがポイント。
普段から弟のおしゃれなとこは見たことがないから、私が浮いちゃうって思って考えました。
なんとなくだけど現状をわかってるんじゃんと思ってると、
「あと服の色がシンプルで姉ちゃんの指がきれいに見える。今日はネイルしなかったんだね?」と。
はい、いただきました。あんたの趣味に合わせたのよ。どうよ、この姉力をと自己満足していたら、
「それと、髪を上げてうなじが見えてるのが色っぽい」と一撃を入れてきた。
暑いのは嫌だなと思ってバレッタでまとめ上げたけれど、どうもお気に召したらしい。
炎天下の中でさらに顔が熱くなった。
駅に着いて電車を待っていると、リュックからタオルを取りだして渡してきた。
普通ならハンカチか何かだろうけど、汗が多い時にはタオルの方が地味にうれしい。
そして普通なら彼氏の前でタオルを使って汗を拭くなんてことはないのだろうけど、気軽にタオルが使える。
肩ひじを張らない関係が心地いいんだとわかった。そして私のことを考えてタオルを持ってきてくれたことがうれしかった。
だからサトルには言えないけれど、前の男たちと比べてしまう。
少しときめきが不足しているけど居心地がいい関係。私が大切にされてるって思える関係。改めてサトルを選んでよかったと思った。
だから私からサトルの左手を握った。手を握られたサトルは私を見つめた。私は笑顔で返してるはず。にやけてないはず。
今日はいつも行かないようなお店に来た。やっぱり人の目が気になる。姉弟だから。
でも恋人同士のように振る舞う。
ううん、本当に恋人同士だ。
男は女の買いものに付き合えないって話は嘘だってわかった。
サトルに服のことで意見を求めると、家には同じようなのがあるからこっちがいい。家にあるスカートにはこっちが合いそうだ。姉ちゃんは柄物よりシンプルの方がいいなどと専属コーディネーターのように意見を告げてくる。
さらに更衣室に入ると次から次と衣装を持ってきては品定めをされる。そして最後の方には写真を撮ればよかったなどと言いだした。
結局、ネイビーで襟の付いたシャツデザインで膝丈くらいのノースリブワンピースを買った。家にある白いカーデガンとのコーデがいい感じだと思ったから。
ただ「上げた髪も似合って、すっげーかわいい」と言った弟の意見も参考にしたけど。
今日の買いものデートは楽しかった。
でも住んでる街の駅から自宅に向かって歩いているときは手がつなげない。
人目を阻んでいる恋を実感する。今日が楽しかっただけに余計に切なくなる。
そして十七時前。母親が帰宅する前に二人そろって我が家に入った。
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