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転校生 ― 十代の衝動 ―  作者: 村松康弘
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翌日の朝、教室に入ってきた百瀬女史はいつもの微笑を見せなかった。

あまり見たこともない憂鬱そうな表情で、「みなさんに少し残念なお知らせがあります。田中君のことなのですが・・・」と切り出した。

俺はドキッと心臓の鼓動が早くなる、生死すらまだ解っていない状況で「残念な」という言葉は、良い響きではない。

「体調を悪くしたそうで、しばらくの間、学校には来れないそうです。・・・早く元気な顔で戻ってきてほしいですね」と、心配顔で話した。

『体調不良』との言葉に少し安堵したが、俺の頭には理解不能の疑問が渦巻く。(・・・園部からの連絡がない現在、カズオの容態など知っている者はどこにもいないはずだ。いったい誰がそんな連絡をしてきたのだろう・・・)

授業が終わり、女史が廊下に出て行くのを追いかけた。廊下で呼び止める。「カズ・・・田中のことだけど、体調不良で休むって誰からの連絡なんですか?」

女史は少し怪訝そうな顔をして言った。「今朝の早い時間、まだ用務員さんしか来ていない時に、田中君の家族から電話が来たのよ。残念ね。・・・でもそれがどうかしたの?」女史はいつもの麗しい顔に戻って、俺に聞き返した。

俺はやたらなことが言えず、「いや、別に。・・・残念ですね」そう言って引き返した。

(カズオはあの通り、町営団地でひとり暮らしだ。家族のことは俺は何も知らないが、今回関わった人間ですら、まだその後のことを知らない。・・・家族が知ってるはずはないと思うが。・・・いったいどういうことだろう)


俺は家に帰ってから電話帳で『玉井給油所』の番号を調べる。該当する名前はひとつしかなかった。ダイヤルを回すと、「はい、玉井給油所」と玉井の声が出た。

俺は口早に今日の出来事を伝える。聞き終えた玉井は少し沈黙すると、「・・・そいつは妙な話だな。カズオは今も『西さん』とこで寝ているはずだし、こっちにもその後の連絡もねえのに・・・」玉井は声を落して言う。

「考えられるとすれば、俺たちの知らない誰かが俺たちの知らないところで、カズオの動向を察知しているということだ。・・・しかし考えられねえな」

電話の向こうで「ありがとうございましたー、またよろしく」と、園部の声が聞こえた。

俺が沈黙していると、「とにかくカズオのことは何か判りしだい連絡するから、お前は心配するな」と電話は切れた。


それから3日間、園部からも玉井からも何の連絡もなかった。俺はジリジリしながら時間が経過していくのを見送った。

何事もただじっと『待つ』ことが大嫌いな性格の俺は、この時ほど『待ちぼうけ』の辛さを感じたことがなかった。・・・しかし何の連絡がないということは、『死』を回避できたということだろうと考えるようにした。

4日目の夜、自宅に電話が入った。離れ部屋にいると姉貴が滑り戸を開けて、「コウジ、電話だ。園部ってヤツから」と言って出ていった。

・・・待ちに待った電話といえた。あわててサンダルをつっかけて母屋の黒電話に出る。「よう、コウジ」園部の明るい声に、俺は心底安堵する。電話の向こうに人の声がした。店内だろう。

「で、どうですか?カズオの容態は」俺は単刀直入に聞き返す。

・・・ジャンキーの助手というか看護士のようだったヨウコから電話があったという。ヨウコはあのあと、つきっきりでカズオの面倒を診ていてくれたそうだ。

カズオは今日の午前中に意識を取り戻したので、ジャンキードクターに診せたところ、頭部や内臓には異常はないだろうということだった。

激しい損傷を受けたが、身体中の刃物傷の縫合は完全にふさがり、肋骨4本と左手の薬指と小指の骨折以外の打撲も、だいぶ回復に向かっているようだ。

そして異常なまでの回復力をみせているとも言っていた。・・・ヨウコは余計なサービス看護もしたらしい。俺は自分のこと以上に嬉しくなり、園部に感謝の言葉を言い続けていた。

「それじゃカズオは、今も地下室にいるんですね」園部に言うと、「いや、それが今日カズオの関係者と名乗る人間が来て、引き取っていったと言うんだ」

「カズオの関係者?・・・どんな人だったんですか?」俺はまた嫌な胸騒ぎを覚えて、一気に不安な気分に襲われる。

「いや、俺もヨウコさんに聞いてみたんだけど、代理人って男が来たんで本人の素性はわからねえって言うんだ」園部の口調はなぜか申し訳なさそうだった。

「じゃカズオの行き先はどこだかわからないってことですか?」俺はつい声を荒げる。「・・・どうやらそうらしい」

・・・予想しなかったことが起きた。こんなことになるなら何らか釘をさしておけば良かった。後悔したがもう遅い。

俺は一刻も早く、生き返ったカズオに会いたかった。だが、カズオを引き取っていった『関係者』なる人物から連絡がないかぎり、コンタクトをとるすべがないことを知る。


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